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03

 あれから謎の距離感は一旦落ち着きを見せた。

 無言で見下ろしてくるのではなく普通に話しかけてくれるため、あの時よりは接しやすい。

 

「安藤、ちょっとどいて」

「うん」


 ただ、今度はよく内田さんが来るようになった。

 椋大がいなくても来るため、今度はこっちの距離感に悩んでいるということになる。


「椋大は?」

「今日は放課後まで来られないって」

「そう、ならあんたでいいわ、話し相手になりなさい」


 改めてそう言われると困ってしまう。

 そもそも、こうして話をしている時点で相手をしていたわけだ。

 そこから先となると……どうすればいいんだろう。


「最近美希とはどうなの?」

「普通って感じかな」


 向こうで女の子と楽しそうに話をしている彼女を見て呟く。

 安心できる点はああして他の子の方が優先度合いが高いこと。

 付きまとわれていたら対応に困ってしまう、あの子達がいてくれて本当に良かった。


「内田さんはどう? 椋大と上手くいってる?」

「全くもって変わっていないわ」

「椋大はね、ハンバーグとか好きだよ。作ってあげたら好感度上がるかも」


 普段は結構クールって感じなのにお肉を食べる時はキラキラ目を輝かせている気がする。

 そういう姿を見られれば内田さん的にも嬉しいだろうし、いいんじゃないかと思って言わせてもらったんだけど……、


「生憎と調理スキルが低いのよね……」

「僕もなんだ……力になってあげられなくてごめん」


 というのが結果だった。

 ひとつ言い訳をさせてもらうと、決して手伝いをしないとかそういうことじゃなくて、母が台所に入れてくれないというのが原因だ。い、いつかは説得して積極的に作っていく、多分。


「なんのお話しをしているのかなー?」

「あんたはどうなの? 料理とか作れる?」


 やって来た豊崎さんに内田さんが聞く。

 彼女は「できるよー、あんまり難しいものだと無理だけどさ」と言い、気持ちのいい笑顔を見せてくれた。

 家庭的な女の子っていいよね、豊崎さんはエプロンがよく似合いそう。

 帰ったらそんな彼女が家にいたら……働いて疲れたことなどすぐ忘れられるかもしれない。


「いいわね、今度私に振る舞いなさいよ」

「いいよー」


 椋大が足りない、このふたりの側にはいなきゃ駄目だろう。

 ということで早速呼んでくることにした。放課後まで来られないなんて大袈裟すぎるから。


「椋大」

「ん? 珍しいな、湊の方から来るなんて」


 ほらやっぱり、大した用事もなく寝ているだけだった。

 あ、昨日夜遅くまで寝られなくていま睡眠をとっているというのもあるのかも。


「いきなりで悪いんだけど……僕の教室に来てくれない?」

「お前の教室じゃないが、そういうことなら仕方がないな」


 とはいえ、あのふたりには彼が必要だから我慢してもらうしかない。

 目的達成の場合にはなにかを奢るなりしてあげよう、この前のジュース結局奢ってもらったし。


「連れてきたよ」

「あんた来れるんじゃない、だったらさっさと来なさいよ」

「悪い、眠くてな」

「なにかしてたの?」

「掃除をちょっとだけするつもりが気づいたら深夜を越えてたんだ……恐ろしいだろ?」


 それはよく分かる。

 しなくていい時には凄く熱中しちゃって平気で数時間経っていた、なんて経験は沢山あった。

 他にやらなければならない時に限って出てくるあの集中力はなんだろう。


「椋大はこっちで、美希はここ」


 簡単に説明すると僕の隣に豊崎さんが座ることになった。内田さんと椋大も隣同士。

 どうせ昼休みももうすぐ終わるからあまり意味のない配置でもある。


「会話はそれぞれの相手とすること」


 それぞれの相手って選択肢ないんだな……。

 椋大を見てみたら首を左右に振った、大人しく従っておけということか。


「安藤くんは今日帰ったらなにしたいの?」

「今日帰ったら? そうだね、動画サイトで色々な動画を見たいかな」


 動物が出てくる動画とか見ると大変落ち着く。

 あとは川のせせらぎ音とか聞きたながらゆったりのんびりするとかもする。

 音があると寝られないはずなのにどうしてか落ち着くのだ。


「ふふふ、それってさー」

「うん?」

「ちょっとえっちな動画とかも見ちゃうのかな?」

「み、見ないよ」

「じゃあ履歴見せて!」


 恥ずかしいのを見ているわけではないから大人しく手渡す。

 彼女はふむふむ呟きながらチェックをしていたが、「あ」と呟きいやらしい笑みを浮かべた。


「ASMRって音フェチさんのための動画だよね? これってえっちなんじゃ?」

「ち、違うよ、えろいやつとこれは全く別物だから」

「こういうのを見てるということはさあ、こうして耳に口を近づけてぇ……ふぅ……とかってするとゾクゾクしちゃうんだよね?」


 いやこれその距離感の方が正直ドキドキする。

 クラスメイトに倒されるのではないか、それを求めてしまうようにならないのかという不安。


「あとはぁ、こうして小声でゆっくりと囁くようにするとぉ」


 ……断じてやらしいやつを視聴しているわけではないが生音は刺激がやばすぎる。

 この距離感は色々と未経験な男には大変厳しい。


「美希、安藤が変態の顔になっているからやめた方がいいわよ」

「どういう顔ですかー? あっ、これは……ふふふ、安藤くんのぉ、へ・ん・た・い・さ・ん」


 これはもう誘われているのでは? 男ならこのまま――って、できるわけないだろ!


「はぁ……この距離感はやめてください」

「はーい」


 彼女の顔を見られないから眠くもないのに突っ伏して寝たフリをする。


「ね、どうだった?」

「だからこの距離感はちょっと……」

「参考にさせてもらおうと思って」


 そういう相手がいるのか、動画投稿サイトで投稿しているのか。

 仮に後者だとして、それを知っているのが自分だけだった場合はかなりの優越感を得られそう。


「湊、今日帰りにおでん買っていこうぜ」

「いいね、寄っていこうか」


 大根ぐらいは買ってあげよう。

 あの美味しいのを食べたら眠気だって吹き飛ぶ。もちろん寝たほうがいいのは確かだが。


「私もおでん食べたい! 安藤くんっ」

「なに?」


 顔を上げると超絶至近距離に彼女の顔が。


「私も行っていいですか!」

「う、うん……」


 吐息とかね当たってるんですよね、この距離感が異常だって分からないのだろうか。

 それとも可愛い子にとってはこれぐらい普通のこと? もしそうだとしたらだいぶ怖い。


「あかねちゃんも行くよね?」

「そうね、安藤に奢ってもらうわ」

「大根ぐらいならいいよ」

「ふっ、それで十分よ」


 よし、そうと決まれば休んでおくことにしよう。

 放課後になったらあの温かいのを心から味わえるように、体力回復は重要だから。


「豊崎さん!」

「な、なに?」

「おやすみ! 豊崎さんにも大根買ってあげるから!」

「う、うん……おやすみ」


 おでんパワーはすごい、今日学べたことはこれだった。

 ただ、いいことばかりでは当然なく……。


「安藤、腹が鳴ってるぞ」


 と先生に指摘されてクラスの笑い者に。

 今日ほど向こうの世界に行きたいと願ったことはない。


「ふふ、あ、あんた、どんだけ楽しみにしてんのよ」


 放課後になったら内田さんに更に追い打ちをされてしまった。

 もちろん豊崎さんはそんなことなく――いや、内田さんに隠れるようにして笑ってるよあれ絶対。

 それでも恥ずかしさはこの教室に放置して、椋大と合流し学校をあとにする。

 途中のコンビニに寄って、約束通りみんなに大根を振る舞った。


「美味しいね」

「そうね、ついでに言えばコンビニから出たくないわ」

「俺もだ、寒いのは嫌いなんだよ」


 コタツがないだけまだマシだと思った方がいい。やはりなにより恐ろしいのはコタツだった。 


「ね、安藤くん」

「なに? あ、おかわりしたいとか? あとひとつぐらいならいいよ」

「そうじゃなくてさ……なんか寒い日に暖かい場所で食べるおでんっていいよねって」


 どうしてそれをわざわざ名指しで言うのか。

 横で盛り上がっている椋大と内田さんに言えばいいのでは?


「分かるぜ美希。ただ、寒い場所で食べる温かいものも美味いけどな」

「そうね」

「うん、だから冬は嫌いじゃないんだ」

「俺は夏の方が好きだな」

「私は春と秋が好きね。汗をかいたり、寒さに負けたりしなくて済むし」


 僕はどの季節も好きだった。

 優柔不断と言われても言い訳はできないかもしれない。


「サンキュな湊、美味かったぜ」

「美味しかったわよ」

「美味しかった!」

「うん、まあたまにはね」


 なんだかまるで僕が作ったみたいだ。

 実際はそうではないが食べられる権利を購入したのだから、これぐらいはいいかもしれない。

 食べ終わったら外に出て、みんなでその冷たさに体を震わせる。

 直前まであんなに暖かったからね。


「私はこっちだから。椋大、送りなさい」

「しょうがないな……いいぞ」


 意外と付き合いがいい。

 もしかして椋大は相手が可愛ければ誰でもいいのか? それとも頼まれたら断れないと?


「そういうことだからさ、じゃあな」

「うん、気をつけて」

「お前らもな」


 とはいえ、こっちは相手の家すら知らないんだから送ることはできない。

 だからいつも通りの場所で別れてそれぞれ帰路に就くだけだった。


「じゃあね、ありがとね」

「うん、それじゃあね」


 あのふたりと違って冷え切っている感じがする。

 まあそれも当然と言えば当然だ、椋大の友達だったからこそこうしていられるわけだし。

 そうじゃなくても豊崎さんのコミュ力だったら話しかけてきている可能性はあるかもしれないが、こうして一緒に帰るまではしていなかったと思う。


「行かないの?」

「そ、そっちこそ……」

「僕はちょっと考え事をしていただけだよ。気をつけてね」

「うん……」


 だが、ID交換とかまではしていないから、そこまで気を許されてはいないんだろう。

 椋大ほどではないにしろ、ずっと前から一緒にいるのにも関わらず未だに名字呼びの時点で察することができる。


「安藤くんっ」

「なに?」


 というか……僕らはここでお見合いをしてなにやっているんだろうか。

 早く帰ればいいのにそれをしない理由は……なんだろう。


「家……知りたい?」

「豊崎さんの家を?」

「うん……そうだよ」


 万が一が会った時に相手の家を知っていたら対応が楽になるかもしれない。

 でも、そういう時に動くのは格好いい人とか、他の人でいい気がするんだ。

 いまのままではあくまで友達の友達レベル、知ることができたところでなにもできやしない。


「いいよ、あんまりホイホイ教えない方がいいと思うよ」

「そっか……そうだね」

「うん。そろそろ本当に帰るね、それじゃ」

「じゃあね」


 ――というのはただの言い訳だった。

 豊崎さんはどうか知らないけど、だって僕は非モテなんだ。

 そんな態度を取られたりしていたら勘違いしてしまう。

 家を教えようとするんて信用していなければできないと思うけど。


「ただいま……」

「おかえり」


 ああ、母って落ち着く。

 紛らわしいことを言ったりしないから。


「湊、あんたいつ彼女作るの」

「そんなの分からないよ」


 狙ってできているのならここまで非モテなんかじゃない。

 そのレベルだったら内田さんにだってあれだけ文句を言われなくても済んだことだろう。


「情けないね……私があんたぐらいの歳の時は既に付き合っていたもんだけどね」

「あのですね、モテない人の気持ちも考えてください」

「分からないよそんなの、モテなかったことがないし」

「じゃあそんな人からどうして僕みたいな人間が?」


 ただまあ、普通でいられることは幸せだと考えている。

 モテたらモテたらで、悩みだってあることだろう。

 上澄みだけを見て判断するのは失礼なことだ。

 あと、努力をしていなければ羨む資格もないことは分かっていた。


「それはあんたの努力不足でしょうよ。まあいいか、お菓子食べる?」

「うん、食べようかな。母親に傷つけられたからやけ食いをするよ」

「なにが傷つけられたよ……」


 そう考えると椋大ってすごい人だと思う。

 格好良くて頭とか運動神経が良くてよくモテる。

 そんな人がいくら幼馴染とはいっても毎日来てくれるんだから希少種というか、余裕というか。

 あちらの立場になることはないからあくまで想像に過ぎないが、僕が椋大側の人間だったらまず間違いなく僕みたいな人間とは関わることをやめていただろう。仮にその気があっても親が止めていたかもしれない。優秀であればあるほど周りだって期待するだろうし、縛りつけることだってされるだろうからだ。


「湊、卵買ってきて」

「え? 今日買い物に行かなかったの?」

「行ったんだけど忘れたの。食べたら行ってきて」

「はぁ……分かった、行ってくるよ」


 動けば動くほど夕ごはんが美味しく食べられるし悪いことばかりじゃない。


「うっ……寒いな……」


 それでも、先程より寒くなっているような感じがして行く前から少しだけ嫌な気分になったのだった。

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