01
読むのは自己責任で。
会話のみ。
ワンパターン。
「安藤くん」
割と近くから声が聞こえてきたからそちらを見たらニョキッと女の子が生えてきた。
少しだけ心臓がヒュンッと縮むような感じがしたが、なんとか平静を装おうと頑張る。
「安藤くん?」
「あ……どうしたの?」
彼女は豊崎美希さん。
こうして話しかけてきてくれるものの、僕らは特別親しいというわけではない。
僕にとっては彼女はクラスメイトのひとり、彼女にとっての僕も同じようなものだろう。
「ずっと窓の外を見ていたからどうしたのかなーって」
特に理由なんかなかった。
ただ、友達はいても違うクラスだからわざわざ行くほどではないかなと判断しているだけで。
「もしかしてさ、もう帰りたいとか?」
「ここから外を見るのが結構好きなんだ」
これは本当の話だ。
いつどんな時間、天候であったとしても、ここから先は別の世界のように感じる。
キラキラ輝いているとか大袈裟なことを言うつもりはないが、そっちにいられたらなとはよく思う。
そういう意味では帰りたいんじゃないかという考え方、ある意味正しいかもしれない。
「今日も空が綺麗だね」
「うん、最近はいい天気が続いていいね」
冬の空は澄んでいて見ているだけで結構癒やされる。
その点、冷たい気温が僕らを襲うわけだけども……いいことも多いからあまり気にならない。
窓の向こうに意識をやっていたら彼女は僕の側から離れていった。
すぐに教科担当の先生が入ってきたことから、嫌われているわけではないと思いたい。
そして、さすがにこんな僕でも授業中に外を見ることはしない。
黙って板書する、ぼうっと前を見る、それを繰り返して授業をやり過ごす。
休み時間になればまた外を見て、授業がきてもまた同じこと。
「湊、帰るぞ」
「あ、椋大」
藤澤椋大、友達であり幼馴染。
こちらと違って自分のしたいことをしたいからという理由で動けるのはすごい。
だからって周囲を巻き込む迷惑なタイプというわけでもないから、羨ましい話だった。
「早くしろ」
「あ、いま行くよ」
運動神経とかもいいのにどうして部活動に所属していないんだろうか。
もちろん熱烈に歓迎されている、だが助っ人であっても引き受けたところは見たことがない。
「椋大は部活に興味ないの?」
「ないな、中学生時代に嫌な思いをしたからな」
真面目にやっていたら他の子に妬かれて悪口を言われた件か。
物を隠されるとかまではされなかったらしいが、努力もせず嫉妬から悪口なんて駄目だろう。
「ふたりとも待ってー!」
「ん? ああ、美希か」
やって来たのは豊崎さん。
彼女は誰とでも仲良くしようとするタイプだから椋大の友達でもあった。
「はぁ、はぁ……声をかけてから帰ってくれてもいいでしょ?」
「なんでだ? 美希は楽しそうに会話していただろ? 邪魔をするのは悪いと思っただけだ」
「でも帰る時は声をかけてからにしてほしい」
「はぁ……分かったよ、今度からはそうする」
友達と言うか、これはもう本格的にそういう風に見える。
遊びに行く時だって同じような理由で付いてきた時だってあった。
当然、僕に会いたくて来ているなんて考えられないから、寧ろ自分から空気を読んで帰った方がいいんじゃないかとすら考えたこともあるくらいだ。
「あー、邪魔なら帰ろうか?」
「は? いちいち変なこと気にすんなよ」
「そうだよ、別にお付き合いをしているわけではないんだから」
いやもう雰囲気がね、付き合っていないんだとしても甘いんだ。
だって走ってやって来るくらいには椋大と一緒に帰りたかったってこと。
声をかけてほしいというのも一緒にいたいと伝えているのと同じだろう。
「俺はお前なら受け入れてもいいけどな」
「はい? なに急に変なこと言ってるの」
「いや、だってお前は魅力的だからな。なにより悪口を言わない、これはいいことだろ」
おぉ、椋大の方は積極的のようだ。
が、豊崎さんにとってはそうではなかったらしく、「悪口を言わなければ誰でもいいんでしょ」と少しだけ呆れたような表情で彼を見ていた。そして彼も「まあ基本的にはな」と答えてしまう。
それでも別れ道がきたらしく彼女が帰っていったので、なんとか抜けなくて済んだ。
「椋大は一言余計だよ」
「そうか?」
「豊崎さんと付き合いたいなら素直に豊崎さんだからいいって言っておけばいいのに」
「別にそこまでじゃないからな、あくまで美希が恋人だったら楽しそうだと考えているだけだ」
本当に好きじゃないのならあんなことを言うべきではないと思う。
とはいえ、僕には分からない世界のことだから細かく言うべきではないと判断してやめた。
「じゃあな」
「うん、また明日」
別れて家に入る。
幼馴染=隣の家というわけではないだろうが椋大の家は隣だから行きやすい。
夜になって緊急の用事がある時などに助かる距離だ。
緊急の用事とは課題を写させてほしいとか、明日はなにがあったとか確認するだけだけど。
「ただいま」
「おかえり」
あのふたり、いつ付き合うんだろう。
もし付き合い始めたらその時はお祝いをしようと決めたのだった。
翌日。
まんまと課題を忘れて放課後居残ることになった。
にしても……課題を忘れたくらいで課題プリント3倍ってどういうことだ……。
ちゃんとやっていたんだ、持ってくるのを忘れてしまっただけで。
先程、いまから持ってきますと言ってみたが届かなかった。
「あれ、今日は椋大くんと帰らないんだね」
それはこちらが言いたいことだったが、課題のプリントを指差して苦笑い。
カキカキと集中しようとしていたら、「私もさっきまで委員会のお仕事があったんだ」と続行してきた。別にそれは構わないものの、なんとも意外でマジマジと見てしまう。
「あれ、なんか顔についてる?」
「いや……帰らないのかなと思って」
「あ、迷惑だったっ? それならごめん!」
「そうじゃなくてさ、椋大なら今日はもう帰っちゃったけど」
一緒にいたっていいことはなにもないぞって言いたいだけ。
椋大は優しくて僕のところに来てくれる。で、彼に好かれたい彼女はその僕とも仲良くしなければいけないと考えているのだろうか。もしそうならかなり申し訳ないことをしているわけだけど……。
「そんなことないよ」
「え?」
「椋大くんなら待ってくれてるよ。多分だけど校門とかでさ」
うーむ、確かにないこともないかもしれない。それでお礼を言うと「礼を言われるためにやってるわけじゃない」とか言って受け取ってくれないんだよなと思い出していた。
「じゃあ豊崎さんは行ったらどうかな」
「……私といるの嫌なの?」
「そんなことないよ、話しかけてくれるのは嬉しいからね」
異性の友達がいるというのは僕にとって重要だ。
格好いいからは程遠い自分にとって、彼女みたいな明るい子が側にいる生活は大変楽しい。
「僕はとりあえずこれを終わらせないと」
「私は本を読んで待ってるね」
「うん、ありがとう」
ふたりきりでは緊張してしまうとかそういう可愛らしい理由だろうか。
もしそうならなるべく一緒にいてあげることで椋大といられる時間を増やすことができる。
あまり待たせると申し訳ないので先程よりも急いでやった。
「終わったよ、豊崎さんは先に出てて」
「職員室でしょ? 私も行くよ」
「なんで?」
「ここまで付き合ったのに先に出たら待った意味ないからだけど」
深く考えると勘違いしてしまうから大人しく一緒に行くことに。
だからってなにがあるというわけじゃない、提出をして帰るだけだ。
「よう」
「あ、本当に待ってた」
「でしょ? だから言ったんだよ私は」
事情を知らない彼が僕らを見て「なんだよ?」と聞いてくるが、特に答えなかった。
もしかしたら彼女は幼馴染の僕よりも椋大のことを理解しているかもしれない。
「ねえ、もう休みだし3人でどこかに行こうよ」
「このメンバーでか? 俺は別にいいぞ」
「私もいいけど……まさか安藤くんがお誘いしてくるとはお姉さん思わなかったよ」
「たまにはいいかなって思ってさ。ただ、どこに行くかは決まってないんだけどね」
この歳になると遊ぶには必ずお金が必要になる。
3人が行って満足できる場所か、商業施設とかがやっぱり候補に上がるかもしれない。
「なら湊の奢りな」
「え……そ、それは無理かな……」
「はは、冗談だよ。どうせ行くなら美希が行きたいところにするか」
自然にさらっとそういう発言が出るのはいいことだ。
想っていなければ出る言葉じゃない、やはりこのふたりはお似合いだろう。
「僕もそれでいいよ」
「えっ、えー……気持ちはありがたいけど申し訳ないよ……」
「行きたいところとかないのか? 過度に女子向けの店じゃなければ別にいいぞ?」
「商業施設でいいよ! ほら、みんなも楽しめるところだし」
「遠慮するなよ」
「え、遠慮じゃないって……だって私に合わせてもらうのは悪いからさ」
「違うだろ、それが遠慮なんだよ」
「いいから! 明日のお昼に商業施設前で集合ね!」
彼女は走り去ってしまった。
楽しいけど相手に我慢を強いさせた結果だったら微妙な気持ちになるか。
あまり押し付けがましくてもいけないな、いいことでも相手のためではなくなってしまう。
「椋大、明日はよろしくね」
「おう」
そうと決まればお小遣いを前借りさせてもらおうじゃないか……。
お金がない僕のせいで解散とかになったら嫌だからね。
「こんにちは」
「うん、こんにちは」
何度見ても飽きない笑顔。
天気はいいわけじゃないのに眩しく見えるのはすごい話だと思う。
「椋大くんは?」
「いるよ、あそこに」
「って、もう中に入ってるんだ……寒がりだもんね」
「その割には校門で待っていてくれたりするんだけどね」
「そこが可愛いね」
か、可愛いかな? ま、まあ……女の子の中には男子を可愛いって言う人もいるか。
とにかく合流できたのなら早く中に入ろう。
「さあ、みんなはどこに行きたい?」
「僕は合わせるよ」
「なら最初は俺のやつに付き合ってもらうかな」
「いいよー」
椋大も考え直したのかもしれない。
それにこういう形でなら後から彼女の願いを叶える口実ができる。
付き合ってくれただろ? とでも言っておけば、じゃあ……となるはずだ。
「付き合ってほしい場所って100円ショップ?」
「おう、ペンが欲しくてな」
「文房具専用店で買った方が安いと思うけど」
「いいんだよ。適当に見ていてくれ」
「はーい」
最近は100円ショップだからって馬鹿にできない品揃えとクオリティになってきている。
意味もないのに見て回るのが楽しい場所だ、狭いから移動距離も少なく楽だし。
「なんで食器見てるのー?」
「なんかワクワクしない? この値段でこれが買えちゃうんだってさ。大切に扱えばいつまでも使えるし。安物買いの鉄失いって言葉はあるけど、安い=悪ではないからね」
「ふーん」
「あ、興味ない? まあ、両親はともかく僕がケチってことかもしれないからね」
こういうお店では買わないという人もいるだろう。
ここから出てすぐのところに食器専門店があるから一般的にはそっちを利用するのかもしれない。
でもなあ、ワクワクするんだけどなあこういうところは。
文房具店内で何周もぐるぐるしてしまう感覚と似ている。
「終わったぞー」
「あ、椋大くんだ。次に行こっか」
「おう。じゃあ次は湊の行きたいところだな」
「あ、それじゃあペットショップに行こうよ」
「いいよー」
どうでもいいことだが僕は猫派でも犬派でもない。
可愛ければなんでも良し、怖い子なら来ないでほしい。
そういう点で言えば豊崎さんは可愛い、クラスメイトの内田さんは怖い。
「ポメラニアンって可愛いよねぇー」
「は? マンチカンの方が可愛いだろ」
「可愛いけどさ、ポメちゃんの方が上ー」
「は? 戦争するか?」
「受けて立つよ!」
仲良くしてほしい、ふたりが争うために誘ったわけじゃないんだから。
それに可愛ければいいじゃないか、そこで争うのは愚かなことだ。
――数分後。
「つ、疲れた……」
「だな……なんか食べられる店にでも入るか」
「だね……」
選ばれたのはとんかつ屋さんだった。
お昼からガッツリ食べることに決めたらしい。
何気に驚いたのは、豊崎さんが1番多い量のものを頼んだこと。
その食べっぷりも凄くて、なぜか格好いいとすら思ってしまったくらいだ。
しかも、
「食後はアイスだよねー」
「お前……食べすぎだろ」
「大丈夫っ、私は太らないから!」
アイスを3個も頼んで食べきった。
それでも笑顔が色褪せない、というかより輝きを増した気がする。
「行こっか!」
「元気だな……まあ、今度はお前の望みの場所に付き合ってやるよ」
「うん!」
ま、待っでぐれ……動きたくない……。
――は冗談として、今度こそ豊崎さんの願いを叶えられそうだった。