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俺の再就職の出だしは好調だった。
奥野さんは38歳で次期課長候補と言われていた。
確かに彼の見た目に反して仕事は的確で丁寧、後輩の面倒見もよく、俺も色々助けてもらっている。
2人の娘さんを持つマイホームパパでもあった。
大野さんは32歳の主任。
彼女も色々と教えてくれて良い先輩だ。
噂話が好きなのがたまに傷だが。
ちなみに、もうすぐ結婚予定だそうだ。
俺の席の前は飯田さんという今年の新入社員がいて、経理課は5人体制だった。
「嶋本さんが来てくれてほんと助かりましたよ〜」
飯田さんが「お裾分けです」とチョコレートを配りながら話しかけえてきてくれた。
今時のオシャレな女の子という印象の飯田さんは、引き出しにお菓子を大量に入れていて、こうやってみんなにお裾分けをしてくれている。
「前の人が急に辞めちゃって、これから忙しくなる時期だし、早く求人を出さないと、って上の人が言ってたんです。あ、これ、嶋本さんにだけ特別」
最後は声を潜めて、チョコレートを5個くれた。
「ありがとう」
早速もらったチョコレートをひとつ、口へ放り込む。
「あ、嶋本にだけ特別待遇か〜?」
奥田さんが目敏く、机に残るチョコレートを見て言った。
「そりゃそうですよ〜嶋本さんにはこれから頑張って貰わなきゃいけませんからね〜」
その時、電話が鳴り、大野さんが出た。
「飯田ちゃん、電話。営業から」
「あ、は〜い」
彼女が電話を受け取るのを見ながら、喉が乾いたなとコーヒーを入れようと席を立つ。
「飯田ちゃんにロックオンされたみたいですね」
コーヒーを淹れていると、大野さんがすっと横に立ち小さな声で言った。
「そうなんですか?ただ珍しいだけなんじゃないですか?」
23歳の女の子からすれば、34歳なんてただのオッサンだ。
「あの子ね、とにかく結婚願望が強いんですよ。
今かかってきた営業の人とかにもね、色々積極的ですよ。しかも年上好き。嶋本さんみたいタイプ、ドストライクじゃないかな」
「やめてくださいよ。ただのオッサンだし、10近くも歳離れてるんですよ」
「いやいや、10歳くらいの歳の差なんて関係ないですよ。
むしろ、結婚相手としては安心なんじゃないですか?大人の包容力っていうの?しかも嶋本さん、シュッとしてるし」
「包容力なんてないですよ。ただ気ままに生きてるだけですし」
「そうかな?なんか嶋本さんって人生悟ってるっていうのかな?
私とそんな歳変わんないですけど、冷静?落ち着いてる?なんて言うのかな、上手く言えないですけど」
「つまり、ジジイって事ですかね」
「違いますよ!そうじゃなくて…なんか経験値が高そうな感じ」
「そりゃどうも。メタルスライムひたすら探してましたからね」
「いや、ドラクエじゃなくて、人生の経験値」
「な〜に2人で楽しそうに話してるんですかぁ?」
大野さんとドラクエトークをしていたら、いつの間にか電話が終わっていた飯田さんがこっちへやってきた
「ちょっと、ドラクエについてね」
「そうそう、ドラクエ。嶋本さんはどのシリーズが好きですか?」
「俺は…「え〜ドラクエの話なんて分かりませんよ〜」
「飯田さんはゲームとかしないの?」
「しますけど、恋愛モノとかですかね。ドラクエはしたことないです。てか、大野さんはするんですか?意外〜」
「うちは、兄がいるからね。でも、昔の話よ」
「そっかぁ、私は妹しかいないから、あんまり。
でも、マリオとかは分かりますよ」
2人が話始めたタイミングで俺はそっとその場を後にし、そういや、と総務へ提出する書類を思い出した。
実は書類自体はすぐに記入したのだが、中々持っていくタイミングが合わず、気がつけば週末だった。
「ちょっと総務へ行ってきます」
そう言って部屋を出ようととする俺に大野さんが「待って」と声をかけた。
「松岡さんとこですよね?だったら、ついでにこれも渡して置いてもらえません?」
大野さんから書類を預かり、俺は部屋を出た。
総務へ行くのは4回目だ。
1回目は書類を貰いに行く時、2回目と3回目は業務の事でだ。
その時に、書類も持っていて渡すつもりだったが、2回目も3回目も松岡さんは不在だった。
もちろん、席に置いておくなり、誰かに託けるでも良かったのだが、何故か彼女に直接会って渡したいという気持ちがあった。
もう恋愛なんてしない、なんて思っていたのにな。
でも、恋愛をするのと、ただ単に美女と話をしたいという気持ちは別だろう。これは、単なる好奇心。
それでも、今日も不在であれば机の上にでも置いておこうと決め、総務のドアを開けようとドアノブに手をかけた瞬間、扉が開いた
「うわっ」
「キャッ」
目の前にはまさに会いに行こうとしていた松岡さんがいた。
どうやら、同じタイミングでドアを開けようとしていたらしい。
「「すいません」」
お互いに謝り合って、松岡さんはクスッと笑った。
「もしかして、書類ですか?」
彼女は俺が持ってる書類を見た。
「あ、はい。
遅くなってすいません。
あと、これは大野さんから」
「はい、ありがとうございます。
確認したいので少し待っていてもらってもいいですか?」
「はい」
俺が答えると、彼女は席へ戻り、書類を手に1枚1枚確認をした。
その間、手持ち無沙汰だったので、カウンターに置かれていたパンフレットを手にした。
会社紹介のパンフレットで、そういやこの会社の事はHPで見ただけだっと思い出した。
何気にパンフレットを見ていると「不備は無かったです。あとそれ、よかったら持ってって下さい」と松岡さんが笑顔で近づいてきた。
「じゃあ、お言葉に甘えてもらいます」
用事が終わったので、さっさと引き払う事にした。
どうも、周り(特に男)が俺たちに集中しているのが分かるから。誰もこちらを向いてはいない。けれども聞き耳を立てているのは明らかだった。
新しく入ってきた男と、会社のマドンナ
自分と彼女がいかに、今この会社で目立つ存在かを理解した。