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「嶋本です。よろしくお願いします」
転職というのは初めてで、こういった自己紹介には緊張をする。
他の社員たちも興味津々とばかりに俺を見ていた。
地元に戻って1週間
荷物の片付けやらであっという間に時間は過ぎていった。
父親の知人の紹介で入った隣町の小さな会社。
電車を使うと1時間以上もかかるが、車通勤が認められていて、車だと30分で着く。
元々は地元と同じ「町」だったにも関わらず、市町村合併で大きな市の一部となり、急激に発展した。
総合病院もある、コンビニもガソリンスタンドも、ファミレスだってある。カラオケ店まで出来たらしい。最近は大きな土地を買収して大きなマンションを建設予定らしい。
一方で地元は喫茶店というよりも飲み屋みたいなのが2件、
コンビニもなく、昔からある食料品店が1件。
病院だって小さな診療所があるだけ。
カラオケもマンションも無い。
「市」になり損ねた我が町とは雲泥の差である。
当然、働く場も「市」の方がたくさんある。
地元の人間の多くも隣町へ働きに行っている。
前職で経理をしていた経験を買われて、ここでも経理課に配属をされた。
「東京から来た人間」
というのは珍しいらしい。
もちろん、この町から東京へ行った人間は他にもいる。
だが、ほとんどが大学卒業と同時に戻ってくるか、東京で一生を過ごすか、定年を迎えた頃に戻ってくるかで、この年齢で戻ってくるのは少ないらしい。
「とりあえず、この席で。仕事の事は奥野係長に聞いて」
課長に言われ、俺の席の隣に座っていた、俺より少し上の恰幅の良い男性社員が立ち上がる。
「よろしく、奥野です」
「よろしくお願いします」
いかにも体育会系の、気の良さそうな同僚に安心をした
それから、業務の説明や引き継ぎをしていると、気がついたら午前中が終わっていた
「嶋本さんはお昼どうするの?何か持ってきた?」
実は前日に母が「お弁当を作ろか?」と聞いてきたが、さすがに34にもなって親に弁当というのは恥ずかしい。
幸い、会社の近くにはコンビニもあるし、そこで調達をすればいいだろうと思っていた。
「いえ、コンビニで買おうと思ってます」
「そしたらさ、ラーメン食いに行かない?安くて美味しい店が近くにあるんだよ」
「はい、ぜひ」
俺と奥野さんは財布とスマホを持って立ち上がった。