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9年ぶりの実家は変わらないようで変わっていた。
左半身に麻痺が残る父のためにスロープが作られて、ごちゃごちゃあった家具も処分され、家が広くなった感覚がした。
それでも両親は変わっていなかった。
汗だくで帰宅をした俺に涼しい部屋を用意し、すぐに氷がいっぱい入った麦茶を出してくれた母。
杖をつきながら「暑かっただろう」と杖とは反対の手で持っている手荷物を受け取ろうとした父
もちろん断ったのだが、この2人にとって俺はいつまでも「子供なんだな」と嬉しい反面、全く帰省しなかった事を後悔した。
畳の居間に不釣り合いなソファーに座り、麦茶を飲みながら休憩をしていると、母が「今日は『うをづみ』さんにお寿司頼んだから」と言った。
「あー、修平のところか」
幼稚園の頃からの幼なじみの家。
幼なじみは確か実家を継いで寿司職人になったと聞いていた。
「そうそう、修ちゃんね、いまお父さんの跡を継いで大将になっているのよ」
子供の頃はどちらかといえば大人しく、本を読んでいる印象が強かった幼なじみが「ヘイ、いらっしゃい」なんて言いながら店に立っている姿を想像すると、少し面白い。
「それから、晶くんはね、あとで採れたての野菜を届けてくれるって」
メガネをかけて「インテリ」という言葉が似合う、少し神経質な男が農作業をしている姿も想像出来ない。
確か晶は県外の国立大学の農学部に進んでそのまま院へ進学したとは聞いていたが。
あとはね、と近所の同世代の事を楽しそうに話す母に相槌をついていると
「あと…碧ちゃんとこはね、3人目が出来たみたいよ。上2人が男の子だから、今度は女の子がいいって…」
「ふぅん」
もう昔のこと、ふっきれている、そう思っていたはずなのに、
母の不意打ちに動揺してしまう。
それでも、本心を隠して「なんともない」風に装う。
「あの碧が母親ね。信じられないな」
カラカラと笑う俺に、母だけでなく父までもがホッとしたような顔をする。
どうせ、ここにいたらいつかは知ること。
会うことだってある。
もう終わった事。
なんせ今や碧は町の名士の家の嫁だ。
片や俺はただのサラリーマン
誰が見ても碧の選択は間違っていない。
「涼ちゃん、私ね、結婚するの」
あの時聞いた声を思い出しながら。
俺はコップに残っていた氷を口に入れた。