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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
一章 お昼寝令嬢、第二王子と出会う。
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お昼寝令嬢、枕にこだわる。

  

 エルニアス王立学園の昼休みの時間として、一時間半ほど取られている。

 それは貴族が食事をゆっくりと摂ることを好むからだ。


 だが、平民出身の学生は食事にゆっくりと時間をかける者はほとんどおらず、食べ終わった者達はそれぞれ余った昼休みの時間を自身の自由に充てているようだ。


 例えば、友人と談笑したり、図書館などで自習をしたり、校庭で遊んだり、練習場で自主練をしたりと様々な過ごし方をしている──。


 そして、それはユティアも該当する。


 普段は友人と学園の食堂で食事を摂ってから昼寝をするために秘密の場所へと向かうのだが、友人が婚約者と昼食を摂る日が週に二、三回ほど決まっており、そんな日にはお弁当を家から持参して秘密の場所で食べるようにしていた。


 もちろん、昼寝の時間を少しでも長く取るための時短を目的としている。


 一人で食べることに抵抗は全くない。

 むしろ、一人は快適だと思っている。


 好きな時に食事を摂り、好きな時に横になって眠る。

 何て素晴らしいのだろう。


 そんなことを思いつつ、ユティアはいつも昼寝をしている場所で食事を摂り、そして家からこっそりと持参したものを枕として使って、優雅に眠っていた。


 ……今日も柔らかい日差しが最高。芝生もふかふかで極上のベッド……。耳に入って来る小鳥のさえずりも子守唄みたい……。最高……全てを生み出す世界に感謝……。


 そんなことを思いつつ、むにゃむにゃと眠ること数十分。

 何となく、足音のようなものが聞こえた気がして、ユティアはぱっちりと目を開けた。


 人がこの場へと訪ねて来ると知っていたので、それほど深い眠りには入っていなかったことから、すぐに目覚めることが出来たのだ。


 そういえば、昨日──確か、ルークヴァルトという人と約束したような気がする。

 そうだ、思い出した。ユティアが創った防御魔法を教えると約束していたのだった。


 「うん、うん」と頷きながらも昨日、約束していたことを思い出す。

 ユティアは記憶力がとても良いのだが、何せ必用以上のことは覚えない脳なので思い出すまでに少し時間がかかってしまった。


「ん~……」


 ユティアは両腕を空に向かって伸ばしつつ、身体をほぐしていく。


 すると、木々の隙間からこちらへと向かってきていた少年とちょうど目が合った。

 彼こそが昨日、この場所で出会った、ルークヴァルトという貴族らしき子息だ。


「あ。……ええっと、ルークヴァルト様……? こんにちは」


 何とかユティアが名前を思い出しつつ、呼びかけるとルークヴァルトは少し呆れたような表情を浮かべつつ頷いていた。


 こちらが名前を忘れていても、不機嫌な表情を浮かべたりしない彼の心は頭上の大空ほどに広いようだ。


「こんにちは、サフランス嬢。……また、俺の名前を忘れていたな?」


「はて」


 曖昧に答えつつ、ユティアはルークヴァルトを秘密の場所へと迎え入れる。


「そういえば、訊ねるのを忘れていましたがルークヴァルト様は私よりも上位の貴族の方……ですよね?」


「まぁ、一応。だが、こちらは防御魔法について教えを乞う立場だ。あまり畏まらないで欲しい。不遜な態度を取っても咎めたりはしない」


「それを聞いて安心しました。私、あまり貴族間のやり取りが得意ではないので、魔法を教えると言っても、失礼がないようにするにはどうすればいいのかなと思っていたので」


 一応、貴族の娘として色々と考えて発言したり、行動したりはしているが、それは後々面倒に巻き込まれるのが嫌だからで、本音で言えば億劫でしかない。


 ユティアは先程まで枕として使っていたものを左手で触れつつ、右手でぱちんと指を鳴らす。

 瞬間、ふわふわの枕だったものは一瞬にして、ただの布へと姿を変えていった。


「っ!? な、何が起きたんだ?」


「え?」


「いや、今……。枕だったものが一瞬で一枚の布へと変わっただろう。何の魔法をかけたんだ?」


 どうやらルークヴァルトは枕の変化について驚いているらしい。ユティアは首をこてんと傾げつつ、ルークヴァルトの問いかけに答える。


「枕が布になったのではなく、元々は一枚の布を枕として使っていただけですよ」


「は?」


 ユティアは枕から布へと戻ったものを両手で掴むと、それをばさっと芝生の上へと広げていく。


 自分よりも上位の貴族であるルークヴァルトを芝生の上に座らせるわけにはいかないので、この布を敷こうと思って枕から布へと戻したのである。


「ルークヴァルト様、この布の上にどうぞ座って下さい」


 しかし、ルークヴァルトはまだ驚いたままらしい。


「えーっと……。ほら、枕を学園に持参すると目立つでしょう。でも、敷物として使える布ならば持ち運びが楽ですし、目立ちませんから」


 もう一度どうぞ、と言ってユティアは布の上に座るようにとルークヴァルトに勧める。


 彼は恐る恐ると言った様子で布の上へと座った。普通の布なのに、彼はかなり慎重に自身の手で確かめるように布を触っている。


 枕にしていたこの布は、ユティア自身が己の足で布を扱っている店へと赴き、長時間の吟味の末に選んだ一品である。

 触り心地や通気性、色合い、質感、質量と言った注目するべき項目を全て合格した布こそ、この布である。


 つまり、ユティアのお気に入りだった。


「まぁ、正確に言えば布に魔法をかけたのではなく、空気を固めたものに布を被せて、それを枕にしていただけです」


「……は?」


 ルークヴァルトは理解出来ないと言った表情を浮かべている。やはり、空気を固めて枕にするのはいかがなものかと思われただろうか。


 しかし、この「空気枕」はとても高品質である上に、いつでもどこでも作製出来るお手軽なものである。

 何せ、必要なものは布とそこら中に存在している空気だけだ。


 だが、時間と共に空気が少しずつ抜けてしまうので、今も改良中だ。


「……君の魔法の使い方は斜め上過ぎるな……」


 ルークヴァルトは右手で頭を抱えつつ、うーんと唸っている。それでも、芝生の上に敷いた布を必要以上に触り続けているので、触り心地を気に入ったに違いない。


 実は同じ布で寝室用の枕を作り、使用している。最高の触り心地の枕なので、枕に頭を預けた瞬間に気持ち良すぎて夢の中へと入っていく優れものだ。


 ようこそ、枕選びの世界へ。


 お気に入りの枕選び、それは一筋縄ではいかない、極限にこだわりを求めてしまう世界だ──なんてことを頭の中から追い出して、ユティアは言葉を返す。


「はぁ……。ありがとうございます」


 とりあえず、お礼を言っておこう。

 何となく、褒められたような気もしたので。

 

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