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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
二章 お昼寝令嬢、第二王子と婚約中。
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お昼寝令嬢、もてなす。

 

 ルークヴァルトのおかげで再び穏やかな日々を手に入れることが出来たユティアは、いつもの秘密の場所でとある準備をしていた。


「これをこっちに配置して……。それと先に昼食も並べておこう……」


 ルークヴァルトが来る前に準備を終えようと、いそいそと芝生の上に敷物を敷いていく。

 この秘密の準備、実は日頃、お世話になっているルークヴァルトに心から休める場所を提供したいと思って、ユティアが計画したことだ。


 先日、アークネストがユティアへと絡んできた件ももちろんだが、ルークヴァルトはそれ以降も続いている第三王子の不始末に頭を悩ませていた。

 ユティア自身、アークネストとの接点が完全になくなったため、ほとんどの話がルークヴァルトやリーシャから聞いたものだが、どれもが唸りたくなる程に面倒な事ばかりだ。


 たとえば、王子という身分を声高に主張しながら、貴族出身の男子学生が使っていた万年筆のデザインが気に入ったから献上しろと脅したり。

 婚約者がいる令嬢に相手をしろと迫ったり。

 また、ミアや取り巻きを伴って、王都のあらゆる店で大騒ぎするなど迷惑行為を行ったり、など様々だ。


 いくらルークヴァルトや王太子のカークライトが注意しても、アークネストは兄達を侮っているのか、微塵も忠告を聞く様子はないという。

 現在、国王夫妻は外交のために国外へと行っており、アークネストが最も忠告を聞き入れそうな相手がいないからこそ、行動が増長しているようだった。


 だが、第三王子の母である側妃は彼の愚行を止めることはないらしい。むしろ、王の血を引く者にあらゆる人間が尽くすのは当然だ、という態度で埒が明かないと聞いた。


 王太子である兄は国王代理として忙しいため、積極的に後始末に動いているのがルークヴァルトとのことだ。


 本人は隠しているつもりだろうし、周りの人間も気付いていないが、ルークヴァルトはいつも以上に疲れているように見えた。

 彼は特に問題ないと言っているが、ユティアの目は誤魔化せない。


 そんなわけで、ユティアは疲れているルークヴァルトにゆっくり休んでもらおうと、完璧かつ最高な憩いの場を作ったのである。

 すると、足音が次第に聞こえてきたため、ユティアは振り返った。


「あ、こんにちは」


「……」


 だが、ルークヴァルトは目を見開いて、その場で立ち止まっている。それからはっと我に返った。


「す、すまない。……あの、ユティア」


「はい、何でしょう」


「……今日はこの場所に色んなものを持ちこんでいるんだな?」


 いつもは敷物や昼食が入った鞄だけであるが、今日は違う。

 そこには手を汚さずに食べられるようにピックが刺さった料理が敷き詰められたお弁当と、保温が効く魔法瓶で持ってきた紅茶、そして鮮やかで可愛いお菓子たちが並んでいる。

 その光景はまるでピクニックである。


 ユティアは胸を張りつつ、少しだけ得意げに答える。


「今日は特別仕様なんです」


「特別仕様……。……だから、昼食は準備してあると言っていたのか」


「そうです」


 ユティアは今朝、ルークヴァルトに教室までエスコートしてもらった時に、今日の昼食はこちらで準備するから、手ぶらで来て欲しいとお願いしていたのだ。


「さぁ、どうぞお座りください、ルーク様」


「あ、ああ」


 戸惑いがちに、ルークヴァルトは敷物の上へと座った。ユティアも接触しない距離で、ルークヴァルトの隣に並ぶように座る。


「凄いな……。これら全てを用意するのは大変だっただろう……?」


「いえ。ルーク様のためならば、このくらい容易いことです」


「……俺のために?」


 ルークヴァルトは予想外だったと言わんばかりに、ぱちぱちと瞳を瞬かせる。


「今日の私はいつも以上に気合が入っています」


「気合」


「それはもう、全力でルーク様をおもてなしする気、満々です」


「おもてなし」


 思考がまだ追いついていないのか、ルークヴァルトはぎこちない動きをする。


「そして、極めつけはこちら、です」


 ユティアが鞄から取り出したのは、布の塊だった。それを見たルークヴァルトは小さく首を傾げていた。


「これをこうして……」


 布の塊をまとめている紐を解けば、空気が含まれたことであっという間に両手で抱える程の大きさの「クッション」へと変わっていく。

 風魔法で空気を固めたものに布を被せたものとは、全く違う触り心地となっている。


「な……!」


「低反発な即席クッションです。片付ける際には空気を抜きながら圧縮すれば、どこへでも持ち運び出来るくらいに小さく、軽くなるんです」


「……作った、のか……」


「作った、というよりもどちらかと言えば副産物ですね。……以前、白銀の獅子(シルヴァリオン)のぬいぐるみを制作しているとお話ししたことがありましたよね」


「ああ、言っていたな」


「その際に、ぬいぐるみの中身を模索していた時に生まれた副産物なんです。でも、このクッションは低反発なので、私の想像する白銀の獅子(シルヴァリオン)の抱き心地とは少し違うので……」


 だが、せっかく生み出したものだ。

 この技術は使わなければもったいないだろうと思って作ったのが、どこでも使えるお昼寝用即席クッション、というわけだ。


「どうぞ、こちらを使って下さい」


「あ、ありがとう……」


 戸惑いつつも、ルークヴァルトはクッションを受け取り、さっそく背もたれにしてくれた。


「……! ……何というか、体験したことのない心地だな」


 触り心地を試すように、ルークヴァルトはクッションを手で何度も押している。だが、低反発ゆえに形はすぐにもとへと戻った。


「柔らかいだけでなく、しっかりした背もたれにもなるし……。これはいいな……」


 どうやら、即席クッションを気に入ってくれたらしい。


「ちなみにお昼寝用の枕も作ってみました」


 もちろん二人分、用意済みだ。お昼寝という趣味に使う以上、使用するものには無限のこだわりがあるのだ。


「本当は人を駄目にしてしまうくらいに使い心地が最高なクッションも作ったのですが、さすがに持ち運び出来る大きさではなかったので……。また今度、お披露目しますね」


「人を駄目にする……」


 一度、そのクッションを使い始めると、中々起き上がれなくなる代物だ。

 サフランス家の人間は「抗えない~!」と言いながら、いつもそのクッションに沈み込んでいく。そして、貴族として他者に見せてはならない顔になってしまうのだ。


 クッションの話は一度、置いておくとして、ユティア達は昼食を摂ることにした。


「遠慮なくどうぞ。あ、ちゃんと毒見は済んでいるのでご安心を」


 毒見は大事だ。これらの料理はユティアがすでに毒見という名の味見を済ませてきている。どれも素晴らしく美味しかった。


「……では、ありがたくいただこう」


 ルークヴァルトが最初に選んだのは、サンドウィッチだった。食べやすいように一口の大きさに揃えられており、全てにピックが刺さっている。


「色んな形のものがあって、可愛らしいな。こういった形のサンドウィッチは初めてだ」


「クッキーの型でくりぬいているんですよ」


「なるほど……。……うん、美味しいな」


 少しだけ緩んだ表情を浮かべたルークヴァルトを横目で見つつ、ユティアもサンドウィッチを食べる。さすが、料理長が作ったサンドウィッチだ、とてつもなく美味しい。


 二人で何気ない話をしながら、昼食を味わっていく。

 この場所は日陰である上に、風の通りが良いため涼しくて過ごしやすい。それに耳を澄ませば、鳥がさえずる声も聞こえてくる。

 穏やかで緩やかな時間は、ありふれているようで特別なものだと、ユティアは改めて思った。


 満足するまで食べ終わった後、何かを思い出したのか、ルークヴァルトが「そういえば」と話を切り出した。


「これらを俺のために用意したと言っていたが……」


 ルークヴァルトはその理由が分からないと言わんばかりに、首を傾げている。


「もちろん、色々と準備してくれたのは嬉しく思うよ。昼食もお菓子もとても美味しかったし、居心地も最高という言葉だけではもったいない程に素晴らしかった。……けれど何故、今日だけはいつもと違うのか気になってしまってな」


 確かにちゃんとした説明をしていなかった気がする。


「……ルーク様に休んでいただこうと思いまして」


「え?」


「ここ最近、私のことだけでなく第三王子殿下の後始末……ごほん、第三王子殿下に関することでお忙しそうだったので、ルーク様にはぜひとも全力で休息を取っていただきたいと思い、色々と用意させてもらいました」


 ユティアは真っ直ぐ、ルークヴァルトを見つめる。


「大丈夫だ、平気だと仰っても私の目にはルーク様がいつもより疲れているように見えたのです。なので、美味しいものを食べて、ゆっくりと穏やかな時間を過ごしつつ、最高の心持ちでお昼寝をして欲しいなと思いまして。……そうすれば、身体と心の両方を癒すことが出来るかな、と思ったんです」


「……」


 ルークヴァルトはぐっ、と何かを飲み込むような仕草をした後、右手で口元を覆った。


「……そうだったのか」


「少し、お節介過ぎたでしょうか……? このように誰かをもてなすのは初めてなので、至らない点があったら、申し訳ありません」


「いや、違う。そうじゃなくて……。ただ、嬉しかったんだ。君に心配されるのも、心を尽くされるのも。……──ああ、そうか」


 何かに納得するように彼は頷き、それから言葉を続けた。


「君の中で俺は心を尽くしてもらえる程の相手にはなれたのか」


 ぼそりと呟かれたものは曖昧過ぎて、上手く聞き取れなかった。

 それでも、彼から零れた「嬉しい」という言葉に、ユティアの方がぽかぽかした心地になる。


「ユティア」


「はい」


「ありがとう、俺のために」


 そう言って、柔らかな笑みを浮かべるルークヴァルトは一度、目を閉じたくなる程に眩しかった。

 彼からお礼を告げられた時に心の奥底から湧き上がった「何か」は、喜びを表すものだけではないはずだ。ほわほわと、むずむずが重なって、何だか落ち着かない。


「……ルーク様には、その……元気で、いてほしいので」


 上手い言葉が見つからず、ユティアが発する声は小さなものになっていく。

 それなのに、ルークヴァルト本人にはしっかりと聞こえていたらしく、彼は目元を和らげていた。


「それじゃあ、もう一つ。元気になるために、君にお願いをしてもいいだろうか」


「お願い、ですか? ……私に出来ることならば」


 一体、どのようなお願いだろうか。


「膝枕をして欲しいんだ」


「膝枕」


 告げられた言葉を繰り返すも、それを理解するのに二秒程、時間がかかってしまう。


「えっ。膝枕、ですか? それは構いませんが……。寝心地なら、クッションの方が気持ち良いと思いますよ?」


「少しの時間でいいんだ。君が昼寝をする時間までは貰わない。……駄目、だろうか」


「いいえ」


 ルークヴァルトの声が沈む前に、ユティアは答えていた。


「膝枕、します」


 今日の自分は、全力でルークヴァルトをもてなすと決めているのだ。彼が望むならば、そうしたい。

 ユティアは敷物の上にあるものを手早く片付け、そして膝枕をするための準備を整える。


「さぁ、どうぞ。準備万端です」


 いつでも来いと言わんばかりにぽんぽんと自身の膝を叩く。

 ルークヴァルトの頬はほんの少し赤らんでいたが、それを見ていると気付いた彼は何かを誤魔化すように小さく咳払いする。


「では、失礼する」


 ゆっくりと、ユティアの膝の上にルークヴァルトの頭が乗った。

 重い、とは思わなかった。きっと、膝枕をしたらこのくらいの重さなのだろうと思っていたからだ。


 けれど、想像出来ていなかったことが起こってしまい、ユティアは内心、狼狽していた。

 ルークヴァルトの顔が、近いのだ。


「……」


「……」


 先日はユティアが膝枕をしてもらう方だったし、何ならダンスの際に密着したことだってある。

 それなのに、この距離によって妙な心地になってしまうのだから、不思議で仕方がない。


「……ルーク様」


「……何だろうか」


 ルークヴァルトはすでにユティアから視線をそらしている。その耳は赤い。


「ルーク様がこの前、私に膝枕をしてくれた時の感情が少し、分かった気がします。……ちょっぴり気恥ずかしいですね、これは」


 表情を変えずにユティアがそう言えば、ルークヴァルトは小さく噴き出すように朗らかに笑った。


「分かってくれたか」


「はい。……でも、もう一つ、分かったことがあります」


 ユティアは真下にあるルークヴァルトの顔を見ようと、視線を向ける。その際、零れ落ちた髪を片手でそっと耳にかけた。


「ルーク様の視線を独り占め出来るんです」


 思わず、口元が緩んでしまう。それをルークヴァルトは見ていたようで、目を見開いた後、徐々に顔が赤くなっていく。

 彼はユティアと交えていた視線を隔てるように、右手で両目を隠した。


「……ユティア。君のそういう無自覚なところ、ずるいと思うぞ……」


「へっ……? ずるいところ、ありました? ええっと、よく分かりませんが、駄目でしたか?」


「駄目じゃない。むしろ、嬉し──ごほんっ。……確かにお互いの視線を独り占め出来るが、このままだと心臓の方がもたなくなりそうだ……」


「ふむ?」


 どういう意味か分からないが、それでもルークヴァルトが膝枕を喜んでくれているのは確かだ。

 今日だけに限らず、時々、膝枕をしたら喜んでくれるだろうか。


 ……喜んでくれるなら、私も嬉しい……。


 そんなことを思いつつ、ルークヴァルトの限界が来るまでユティアは膝枕をし続けた。

  

 

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