お昼寝令嬢、認識を薄める。
ルークヴァルトには、アークネストの件は自分で対処すると言ったものの、出来るならば接触は少ない方がいいだろうとユティアはその日から自身の存在感をいつも以上に薄めることにした。
これでユティアを正しく認識できるのは一握りになるはずだ。
正しく認識できない以上、人は意識からその存在を忘れてしまう。
そして、その存在よりも遥かに印象深いものが現れれば、意識は簡単に搔っ攫われるだろう。ユティアはそこを利用した。
まぁ、存在感を薄めすぎて、教師から回される自分の分のプリントが足りなくなったりするのは、仕方がないことだ。
それに加えて、ルークヴァルトも手助けしてくれた。
ユティアにちょっかいをかける時間がないようにと、ルークヴァルトが裏から手を回し、アークネストが「王子」としてやらなければならない仕事を増やしたらしい。
仕事と言っても、重要性がそれ程高くはないものを押し付けたようだ。
それに気付いたユティアがルークヴァルトにお礼を告げると、どうして知っているんだと言いたげな表情をしていた。
もしかすると、こっそりと手助けしたかったのだろうか。
ユティアはそのあたりの機微に疎いため、素直にお礼を言ってしまった。こういうのは黙って、感謝を返すのが正解だったのかもしれない。
しかし、おかげで昼休みや放課後の時間に、アークネストはユティアの前に現れず、しばらくの間は平穏な日々を送ることが出来たのでルークヴァルトには深く感謝している。
そんなわけで、ユティアは安心してもぐもぐと昼食を食堂で摂っていた。
「……ユティアと某殿下の件は分かったわ」
目の前にいるのは親友のリーシャだ。今日は一緒に昼食を摂る日なので、彼女の婚約者も不在である。
ちなみにリーシャが言う「某殿下」とは言わずもがな、アークネストのことである。
リーシャはユティアよりもアークネストの人柄について知っているようで、相手にするのを苦手に思っているらしい。
「……某殿下に目を付けられて、面倒に思う者と利と思う者に別れるらしいけれど、ユティアは確実に前者よねぇ」
「そうだねぇ」
お肉をナイフで切りながら、のんびりとユティアは答える。
アークネストの接触を面倒に思う者のほとんどは婚約者がいるか、もしくは誘いを断り切れない下位の貴族令嬢だろう。
そして、利に思う者は第三王子であるアークネストによるおこぼれを貰えると勘違いしている者だ。
「女癖が悪いって聞いていたけれど、相当だったのね……。確かにユティアは某殿下の好みにぴったりだもの」
「でも、リーシャの方が魅力的な女性だと思うよ? いつも凛としているけれど、私や親しい人の前では柔らかい笑みを浮かべるところとか好きだよ」
「心からの素直な賛辞をありがとう。……私はどうしても、見た目が冷たく見えてしまうから同性でも近寄りがたいらしいわ。それならなおのこと、某殿下がわざわざ接触してくるわけがないでしょう?」
もしくは、接触してこないように、仮に本人を前にした時にはあえて冷たい印象を相手に植え付けているのかもしれない。
リーシャはとても器用なので、そのくらいは造作もないはずだ。
「……私にわざと声をかけてくるってことは、明らかに私を含めてルーク様も下に見ているってことだものね」
自分のことだけなら構わないが、ルークヴァルトのことを悪く言われたりするのは心底、気分が悪い。
何故、そう思うのかはまだ自分の中で理解しきれていないが。
今は相手の視界から外れることで意識を逸らしているが、いつかは面と向かって対峙しなければならない時がくるのだろう。
……それまでに、やれることをやっておこう。
手札は多い方が良いに決まっている。
それがどのような手札であっても、だ。
ふと、食堂の入り口付近から賑やか──いや、騒がしい音が聞こえてくる。何事だろうかとユティアとリーシャは同時に視線を向けた。
「──えぇ!? いいんですか、アークネスト様っ!」
「ああ、好きなものを頼むといい」
「わぁっ! 嬉しいですっ! さすが、国の未来を担う王子様は、懐が大きいんですねぇっ!」
「当たり前だ。俺はそのあたりの奴とは違うからな」
きゃっきゃっと楽しげに会話をしているのは、今まさに話題に挙がっていたアークネストとその取り巻き達だった。
周囲の目を全く気にしていないのか、見知らぬ女子学生がアークネストの腕にぶら下がるように引っ付いている。
制服を着ていても分かる程に、大きな胸を持つ女子学生に、おだてられたアークネストは見て分かる程に鼻の下を伸ばしている。
「うわぁ……」
淑女の鑑となる表情がつい抜け落ちてしまったのか、リーシャは苦いものを食べたような表情をしていた。
「……貴族名鑑でも見たことないけれど、某殿下の隣にいる人って誰?」
「令嬢達の間で割と有名な子よ。……平民出身だけれど、教会が後ろ盾になっている子なの」
「へぇ、教会が……」
気が抜けるような声でユティアが「ふーん」と返事をすれば、リーシャは肩を竦めた。
この国では、基本的に宗教は個人の自由となっているが主に信仰者が多いのが通称、教会と呼んでいる「アレメント教」だ。
ただ、他の国の宗教と比べると、信仰されてきた年月は短い方で、貴族よりも平民の方が信仰者は多い。
元々、魔力が膨大だったとある平民の女性が持ち上げられたのが始まりだった。
自然のあらゆるものが彼女に味方し、「奇跡」を起こすことが出来たその者はアレメント教でいう「神」という存在に選ばれた力の代行者として、「天地の神子」と呼ばれるようになった。
それから五十年くらいの周期で膨大な魔力を持った女性が現れるのだが、その場合は教会が保護し、後ろ盾となった。
教会が決めたことだが、単にアレメント教を盛り立てるための駒として使っているだけなのだろう。
現れる女性は平民だったり、貴族令嬢だったりと様々で、今まで十数名に及ぶ「天地の神子」が教会に認定されてきた。
彼女達の役目としては、その膨大な魔力を民のために使うことにある。例えば、干ばつが起きている場所に大雨を降らしたり、竜巻を霧散させたりと様々だ。
教会に縛られる存在となるが、給与も貰える上にそれなりの待遇を約束されているらしい。
ちなみにユティアの家、サフランス家のみならず、母方の実家であるザクセン家は「アレメント教」とは関わらないようにしており、一切信仰していない。
その理由は母方の祖母がこの学園の学生だった頃まで遡る。
どうやら、当時の「天地の神子」が同級生だったようで、彼女は周囲を巻き込んで大事を起こしたらしく、祖母はその際の関係者だった。
故にそれ以降、両家は一切、教会と関わらないことを決めたようだ。
「……彼女の名前は?」
「確か、ミアって名前だったわ」
「もう、教会に認定されているの?」
「恐らく、ね」
「教会も懲りないね。……五十年前も似たようなことをして、失敗したのに」
五十年前のことを詳しく知っている学生はそれ程、多くはないだろう。せいぜい、学生達の親世代の間で話題に上るかどうかだ。
……天地の神子、か。
ユティアは五十年前に現れ、教会に認定された「天地の神子」なる存在について、思考を巡らせる。
この天地の神子という存在、魔力が膨大過ぎて、当人の感情次第で天候が左右される程の力を持っていたという話もあったくらいだ。
さらに他人の魔力に干渉しやすく、魔力量が少ない者が特に影響を受け、天地の神子の傍にいるだけでまるで酒で酔ってしまったような──言い換えるならば、魅了されているような状態になるらしい。
そうは言っても、あくまでも伝承のような類のものだった。
それが事実だったと改めて認識されたのは五十年前、この学園を舞台にとある出来事が起きたからだ。
五十年前の当時、天地の神子と認定されたとある少女は膨大な魔力を持っていたものの、平民ゆえに魔力制御を学んでいなかった。
魔力制御を学ばせるために彼女の後ろ盾となった教会は学園へと入学させたのだが、これは表向きの事情だった。
教会は自分達の駒となる天地の神子を使って貴族の令息令嬢と接触し、取り込み、そして国の中枢への足掛かりにしようとしたのだろう。
だが、教会の予定以上に天地の神子はやらかしたのだ。
この天地の神子、魔力制御を学んでいなかったのは仕方がないとは言え、常に魔力を垂れ流しの状態だった。
さらに加えて、自分は特別な人間で、特別扱いされるべき人間だと斜め上に暴走した例の天地の神子は、自分の好みの相手に片っ端から接触しまくったという。
そのせいで貴族の令息達は婚約者がいるにも関わらず、天地の神子の虜となり、時には婚約破棄の原因となったと聞いている。
その際に祖母の婚約者──つまり、ユティアの祖父も狙われたらしい。
もちろん、ぽっと出の相手にころっといくような祖父ではない。何故なら、婚約前から祖母一筋だった祖父は天地の神子に見向きもしなかった。
恐らく、天地の神子は自身に少しでも気があるそぶりの者の気持ちを増長させることが出来るのだろう。
それ故に祖母だけを見ていた祖父がよそ見することは一切なかった。
だが、人というものは手に入れられないからこそ欲しくなる生き物で、天地の神子はしつこく祖父に迫ってきたという。
誰よりも大事で、大好きな婚約者を狙われて、黙っている祖母ではない。
何と、祖母はこの天地の神子に魔法による決闘を申し込んだのだ。
そして、それはもうボコボコした。相手が女の子だなんて関係なく、ボコボコにした。
生身の身体に傷が付かないように防御魔法がかけられていたので、遠慮することなく魔法を放った。
さらに天地の神子の虜になっていた上に自分が彼女の王子様だと言わんばかりに守ろうとしていた令息達もボコボコにした。
一対多数による決闘で、祖母は圧倒的勝利を収めたのである。
さすがに学園内で問題になっていることを国と教会も無視できなかったようで、決闘後にやっと対処に入ったらしい。
教会も高位貴族と縁を繋ぐために天地の神子を入学させたとは言わず、あくまでも力がこれ程、強いものだとは知らなかった、という態度を貫き通したと祖母から聞いた。
つまり、上手いこと言葉で誤魔化して、逃げたのである。ただし、婚約破棄の原因となったので、令息達の婚約者の家に慰謝料を払いまくったとのことだ。
そして、多くの問題を起こした天地の神子は退学が決まり、重要な用事か役目がなければ教会の外に出ることは許されない身となった。
どうやらその後は外部から指導者を招いて魔力制御を学ばせることにしたらしい。
そして、いくつかの家々で婚約破棄が行われたが、この件によって女性が当主となる家が一気に増えたという。
他の女に目移りするような男を婿に迎えて、当主として支えるよりも、自分の力でしっかりと家を盛り立てたいという令嬢が増えたと祖母は教えてくれた。
ちなみに関係者をボコボコにした祖母は周囲の目を覚まさせたということから、お咎めはなかったようだが、一部の令息達からは怯えられ、令嬢達からはどこか憧れるような目で見られたとのことだ。
そんな出来事があったため、ユティアは基本的に教会も天地の神子も信用していないのだ。
ユティアははしゃいでいる声を上げる「ミア」という少女に視線をじっと向ける。
「確か、教会でそれなりに魔力制御を学んだ上で、入学の許可が下りたって聞いたけれど、どう?」
「……ある程度の魔力制御は出来ているけれど、まだまだだね。少なくとも、魔力を垂れ流してはいないよ」
ユティアの答えにリーシャは肩を竦める。そして二人で再び、アークネストとミアの方へと視線を向けた。
ミアは今まさに料理人が焼いている肉を指差し、楽しそうに笑う。
「──あんなにも分厚くて美味しそうなお肉が食べられるなんて、嬉しいです! ……教会では、質素なものしか食べられなかったので……」
しょんぼりしたようなミアの声色は、ユティアからすれば、わざと作っているように聞こえた。
「それなら、もっとたくさん食べるといい。デザートも好きなものを選べ」
「わぁ! ありがとうございます、アークネスト様!」
身体を押し付けながらお礼を告げるミアに、アークネストの表情は締まり切れないものになっていた。
そんな光景に辟易するように、リーシャは低い声で言葉を零した。
「いくら、あの某殿下が相手とは言え、あそこまで密着するのは不敬にならないかしら……」
「密着……」
ぽつり、とユティアは呟く。
「密着すると、男性は喜ぶ」
ふむふむ、とユティアは頭の中に刻んでいく。
そして、ミアを見て、自分を見て、少しだけ落ち込んだ。
「あれが……庇護欲。そして、やっぱり胸の厚みって、必要なんだね……」
ミアは目が丸く、少し幼さが残っているものの可愛らしい顔立ちで、小柄だ。
相手を見る際には上目遣いで見つめており、小動物を彷彿とさせる手の動きも可愛らしい。何より胸が大きい。
ユティアは自分が持っていないものを初めて自覚した。
「ユティア、あれを参考にしちゃ駄目よ。あなたの魅力は見た目だけじゃなくて、中身もなんだから。……あと、全ての男性が胸は大きい方が好きとは限らないわよ」
「うん……。でも、ないよりもある方がいいと思う……」
ユティアは自身の胸元を見る。ささやかで、ささやかだ。
自身の母や姉を思い出すが、彼女達も普通くらいだ。血筋に期待するのは止めた方がいいかもしれない。
そういえば、ルークヴァルトはどんな体型が好みなのか、聞いていなかった。
「……その手の話、あなたの婚約者には聞かない方がいいと思うわよ」
「えっ。どうして、私の考えていることが分かるの」
「ユティアのことなら、分かるわよ」
リーシャから溜息まじりに苦笑されたので、ユティアは小さく首を傾げた。
ふと、アークネストとミアの方に視線を向ける。
彼らは座れる席を探しているようだった。さすがのアークネストも食事中の学生を追い払ってまで、席を確保することはないらしい。
「……あ」
そう呟いてしまったのは、ミアと視線が重なったからだ。
今、自分は他者から認識を薄める魔法をかけている。それはルークヴァルトやリーシャ達のように普段からユティアと接する時間が長い者以外の印象には残りにくいものだ。
だというのに、ミアとははっきりと目が合ったのだ。
だが、ミアは座る席を見つけたアークネストに声をかけられたことで、ユティアから視線を逸らす。
それでもこの一瞬だけで、彼女が想像していたよりも只者ではないと察した。
ここ最近、更新が遅れてしまい、読むのを楽しみにしている方に、本当に、本当に申し訳ないです……。




