お昼寝令嬢、友人を紹介する。
一曲目の後は、二年生以降の学生達によるダンスだ。
彼らの中には、ルークヴァルトに声をかけたい様子の者も多々見受けられたが、ダンスの順番が来たため、渋々と言った感じで中央へと向かって行っていた。
一方で先にダンスを終えた一年生とそのパートナー達は談笑したり、立食し始めていたが、やはり彼らもルークヴァルトのことが気になるようで、こちらに視線を向けていた。
そんな学生達を無視しつつ、ユティアは同じくダンスを終えたクラシスとラフェルに視線を向ける。
他の学生からの視線を今、集めているのはルークヴァルトとユティアだ。その間にクラシス達にかけていた魔法を解こうと思い、目線で合図を出した。
クラシスとラフェルは顔を見合わせてから、こちらへと頷き返してくる。
それを了承だと捉えたユティアは他の学生に気付かれないように、クラシス達の姿を自然と周囲に溶け込ませるように調節しながら、魔法を解いた。
クラシスはユティアに向けて、お礼の意味を込めてなのか、頭を下げてくる。
ユティアは気にしなくていいと、クラシスに向けて首を横に小さく振り返した。
「……ユティア嬢、ありがとう」
ユティアとクラシスのやりとりを見ていたのか、ルークヴァルトがぽつりと呟いた。
「いいえ。……私は一時的な手助けしか出来ないので」
今夜限りの手助けだ。
だが、このままでは本当に王家と公爵家の間に亀裂が生まれてしまうだろう。
その前に、第三王子の身勝手で我が儘、かつ横暴な性格をどうにか矯正させるべきだとユティアは思っている。
……おばあ様がいる辺境へと送れば、その根性も叩き直されるかも。
なんて、ありえないことを考えつつ、ルークヴァルトの方に顔の向きを変えた。
その時だった。
「──ユティア!」
出来るだけ抑えられた声量で名前を呼ばれたユティアは、声がした方へと振り返った。
そこには親友のリーシャ・カルディンと彼女の婚約者であり、今夜のパートナーでもあるスヴェン・レオストルがいた。
「あ、リーシャ。……わぁ、菫色のドレス、リーシャにとっても似合っていて綺麗──」
と、ユティアがリーシャに言葉をかける前に彼女の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「圧倒的天使……! 眼福! 優勝! いつだって、ユティアが優勝よ! 一等賞!」
「うーん、誉め言葉かな? ありがとう。でも、リーシャのドレス姿もとても素敵だよ。スヴェン様の瞳の色と同じだね」
「ふふっ、ありがとう! 実はね、スヴェンが私のために贈ってくれたドレスなのっ」
ユティアはリーシャに抱き締められつつ、彼女の背後に立って、楽しげに笑っているスヴェンにも視線を向けた。
「スヴェン様もこんばんは」
「こんばんは、ユティア嬢。……ごめんね、リーシャが暴走しちゃって」
「いえ、いつものことなので」
自分が着飾った姿がかなり珍しいのか、そのような場合にはリーシャはよく、ユティアに抱き着いてくることがある。
彼女曰く、ドレスや髪型を崩さないように細心の注意を払いつつの抱擁らしい。
毎度のことなのでユティアは慣れているが──ルークヴァルトは慣れていないだろうと思って視線を向ければ、案の定、戸惑った表情で固まっていた。
ユティアはリーシャを引っぺがし、彼女達の方に掌を向けつつ、ルークヴァルトに二人を紹介した。
「ええっと、殿下……。こちら、カルディン侯爵家のリーシャ様と彼女の婚約者であるレオストル侯爵家のスヴェン様です。親同士が友人だったので、二人とは幼馴染なんです」
「あ、ああ……。家名は知っているが、こうやって顔を合わせるのは初めてだな。……ルークヴァルト・アルジャン・フォルクレスだ。今夜はユティア嬢のパートナーとして参加している」
「え」
それまではドレス姿のユティアに釘付けだったのか、リーシャはルークヴァルトが名前を名乗った後に、彼が最初からそこにいたことにやっと気付いたようだ。
リーシャはそれまでの緩んでいた表情を一気に引き締め、淑女の笑みをすぐさま張り付けていた。
「お初にお目にかかります、ルークヴァルト殿下。先程、ユティアに紹介頂きました、リーシャ・カルディンと申します。こちらは私の婚約者のスヴェン・レオストルですわ」
「リーシャ、今更取り繕っても無駄だと思うけれど」
「人間、どんな時も切り替えが大事なのよ。スヴェンは黙っていて」
リーシャはスヴェンを肘で小突きつつ、こほん、と小さく咳払いした。
「まさか、ユティアがパートナーとしてルークヴァルト殿下をお連れしてくるなんて、驚きましたわ。……つかぬことをお聞きしますが、どのような経緯でパートナーを務めることになりましたの?」
リーシャは扇をぱっと開いて、目を細めつつ、ルークヴァルトに向けて微笑を浮かべている。
いや、リーシャを深く知っている者ならば、この笑みがただの微笑みではないことが分かるだろう。
簡単に言えば、「ユティアにどうやって近付いたんだ?」と問いかけているようなものだ。
「ふっふっふ……。リーシャ、聞いて。そして、驚いて。──なんと、この方は私の趣味の理解者なのです」
リーシャはルークヴァルトに訊ねたのだが、それよりも早く答えたのはユティアだ。まるで自慢するように少し胸を張りつつ、答えた。
「り……理解者……ですって……?」
「ああ、ユティア嬢の趣味って……え? あの、『趣味』の?」
リーシャだけでなく、スヴェンも固まっていた。そして、彼らの視線は驚きを含んだまま、ルークヴァルトへと向けられる。
「……くっ! いつの日か、ユティア自身とあの趣味について理解してくれる人が現れたら良いと思っていたけれど、こんなにも早く『その日』が来るなんて……! 嬉しいけれど! 嬉しいけれど、寂しいっ……! そして、悔しい……!」
「ほら、リーシャ。その日が来たら、心から祝福するって約束しただろう? ユティア嬢を幸せにするのは、彼女を心から理解してくれる人じゃないと駄目だって、自分で言っていたじゃないか」
「そうだけれどっ……」
何故か突然、二人だけの世界に入り始めたリーシャとスヴェンを見て、ユティアは首を傾げる。
……二人とも、どうしたんだろう……?
ユティアはただ、自分の理解者としてルークヴァルトを紹介しただけだ。
言うならば、彼はユティアの仲間。そう、あの「昼寝」という趣味を共有して楽しんでくれる、初めての友達のような存在だ。
ユティアがちらりとルークヴァルトに視線を向けると、彼は何故か苦笑していた。
「ユティア嬢は友人達に慕われているんだな」
「慕われている……ということが、どういうものかはよく分かりませんが、二人はいつも私を気遣ってくれる、姉と兄のような頼もしさがある友人達です」
二人は数少ない友人だ。もちろん、ユティアが自ら社交をしないという気質ゆえに友人と呼べる存在が少ないのだが、それを理解してくれる希少な友人がリーシャとスヴェンだ。
「カルディン嬢、レオストル殿」
ルークヴァルトが二人を家名で呼べば、リーシャ達は姿勢を正しつつ、振り返った。
「君達の大事な友人であるユティア嬢とは、彼女の趣味がきっかけで出会ったんだ。……これからも良き理解者として彼女を知っていけたらいいと思っている。幼い頃からの友人である貴殿達にとっては気に食わない相手かもしれないが、どうか彼女の理解者であることを認めてもらえないだろうか」
「……!」
「なるほど……」
ルークヴァルトの言葉に、リーシャ達はどこか衝撃を受けたような表情をしていた。
「……ならば、どうかユティアを傷付けることはないとお誓い下さいますか」
「こら、リーシャ……。殿下に対して、何を……」
スヴェンが窘めようとしたが、リーシャはそれさえも振り切り、まるで挑むような表情をルークヴァルトへと向けている。
「この子の趣味は、ユティアにとって生きることと同義です。それを否定することなく受け入れ……今後、降りかかるであろう彼女への害意や悪意から守って下さると、お誓い頂けますか」
ルークヴァルトは唇を一度結び、それから一歩、前へと進んだ。
「誓おう。今後も、ユティア嬢の心を傷付けることはない、と」
そんな会話がルークヴァルトとリーシャの間で行われているものの、当の本人であるユティアは気楽な様子だった。
むしろ、自分の趣味を知っている友人に、初めての「理解者」を紹介出来て、心の中はほくほく気分だ。
一方で、この中で最も胃が痛そうな表情を浮かべているのはスヴェンだ。
「リーシャ、もう、その辺で……。それ以上は、不敬にあたるから……」
「大事な友人を心配しているだけだというのに、この程度のことで不敬に値するならば、王家の人間は余程、狭量だって笑いものになるわよ。……そうですよねぇ、殿下?」
「……まぁ、そうだな」
ルークヴァルトは苦笑しながら、リーシャの問いかけに答えている。
「ユティアは私の大事な、大事なだぁーいじな、『親友』ですので、くれぐれもどうか、宜しくお願い致しますね」
どこか圧を感じさせる笑みを浮かべ、リーシャはルークヴァルトに向けて、にっこりと笑った。
そして、笑みはそのままユティアの方へと向けられる。
「ユティア」
リーシャは再び、ユティアをぎゅっと抱き締めてきた。
彼女は自分をぬいぐるみか何かと勘違いしているのではと思える頻度で、抱き締めてくる。
「うぅ、ぐすっ……。幸せに……幸せになってね……ううっ」
「え、リーシャ、何で泣いているの? 泣く要素なんて、あった?」
親友が泣いている意味が分からずにいると、べりっとリーシャはスヴェンによって引きはがされた。
「ほら、もう行くよ、リーシャ」
「わーんっ、スヴェンの意地悪っ。親友同士の抱擁を邪魔するなんてっ」
「殿下。私の婚約者がご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません。ユティア嬢も、いつも本当にすまない……」
スヴェンは申し訳なさそうに謝罪しつつ、リーシャを半ば引きずるようにしながら、その場から去っていった。
「……ユティア嬢。君の友人はいつもあのような感じなのか? ……その、カルディン家の令嬢は淑女の鑑のような人物だと聞いたことがあるのだが」
「リーシャは私とスヴェン様の前ではいつもあのような感じですね」
「そうか……。まあ、あれだな。友人達だけに見せる本当の素顔、というものなのだろう」
ルークヴァルトはそう呟き、一人で納得するように頷いていた。




