お昼寝令嬢、実証する。
「では、試してみますか」
「は?」
こういう場合は説明するよりも、実際に見せた方が早いだろう。
ユティアは己の魔力を使って魔法へと具現化させるための道具として、右手に装着している魔具をルークヴァルトの方へと見せる。
ユティアの魔具は細い銀色の腕輪だ。
他の学生の中には杖や指輪、首飾り、剣などを用いる者がいるようだが、ユティアは制服の袖の下に隠せるという理由で腕輪を好んでいる。
これならば、相手に気付かれないまま魔法を発動させることが出来るからだ。
「年代物のように見えるが、装飾が綺麗な腕輪だな」
「母方の祖母が使っていたものを譲り受けたんです。私の魔力の波長にこの魔具が一番しっくりと来たので」
魔具の中には自身の魔力と相性が良いものと悪いものがあるらしい。
ユティアも様々な魔具を試して来たが、やはりこの腕輪が一番、自分の魔力と相性が良いようだ。
ユティアはルークヴァルトには向けないように注意しつつ、右手をその場にかざしてから魔法の呪文を唱えた。
「氷結の刃」
己の魔力を腕輪に注入しながら、ユティアは空気中の水分を一瞬にして凝結させて、掌の上に氷の短剣のようなものを作り上げていく。
ひやり、と冷たい感触が手の上に乗り、その重さを確認するように柄の部分を握りしめてから、軽く振ってみる。
何度か振ってみたが、氷はひびが入ることも折れることもなかったため、武器としての強度に問題がないことが確認出来た。
そして、作ったばかりの氷の短剣をルークヴァルトへとひょいっと渡した。
それを受け取ったルークヴァルトは怪訝な表情で首を傾げる。ユティアから氷の短剣を渡されたことに対する意味を分かりかねているのだろう。
「では、その氷の短剣を私へと思いっきりに投げて下さい」
「はぁぁっ!?」
ユティアの発言に対して、理解出来ないと言わんばかりにルークヴァルトは声を上げる。
「先程、申しましたように防御魔法を施している私の身体は一切の攻撃を受け付けません。それは魔法や武器による攻撃も防ぐことが出来る、ということです」
「だが、女性を攻撃するなど……」
躊躇っているのかルークヴァルトは苦い表情を浮かべて氷の短剣に視線を落としている。
しかし、ユティアは気にすることなく促し続ける。
「自分の目で確かめるための実証は大事です。さぁ、投げて下さい」
「……」
ルークヴァルトはまだ渋っているような表情を浮かべていたが、魔法の効果も気になるようでユティアに向けて氷の短剣を投げた。
それはもう、「ふわり」という表現が似合う程に柔らかく。
投げられた氷の短剣はゆっくりと弧を描きつつ、ユティアの腹部辺りに触れるように直撃する。
瞬間、その氷の短剣は何か重くて硬いものに直撃したような音を立てて、ルークヴァルトの方へと戻りつつも、砕き散っていった。
「……」
粉々に砕けた氷の残骸はやがて、太陽の光によってゆっくりと溶かされていく。そして最後は芝生の下の地面の中に吸い込まれるように水分は消えて行った。
それを何となく眺めながら、ユティアはルークヴァルトへと、これで防御魔法の効果や威力の証明は出来ただろうと表情で訊ねた。
「……凄いな、君は」
驚いた表情のままルークヴァルトは小さく呟く。
「敵意を持つ者に気付かれることなく攻撃を防ぎ、その身を守る魔法を創り上げるとは恐れ入った。サフランス嬢は優秀な魔法使いなのだな」
その言葉にユティアは首を傾げる。
「魔法の成績は中間くらいですよ」
昼寝に関係ない魔法は全て、程々にしか使わないため、あまり身を入れて勉強しているわけではなかった。
魔法の成績が良過ぎれば嫌と言う程に目立ってしまうだろう。
それだけではなく、魔法管理局の魔法使いか王城で働いている魔法使いとして引き抜かれて、研究三昧の日々を送らされて昼寝の時間が取れなくなりそうだと考えたが故に、程々にこなしているのだ。
「……その、一つ頼み事があるのだが」
真面目な表情をしたルークヴァルトは姿勢を真っ直ぐに正してから、ユティアへと向き直る。
「はい、何でしょうか」
「もし、良ければ……。君が纏っているその防御魔法について、教えを乞うことは出来るだろうか」
「え?」
「防御魔法には様々なものがあるが、君が生み出したような魔法を使っている者は初めて見た。……絶対に悪用はしないと誓約するから、どうかその魔法を俺に教えてくれないだろうか」
「……」
そう言って、ルークヴァルトはユティアに向けて頭を下げてくる。
恐らく彼はユティアよりも上位の貴族だろうが、必要や状況に応じて頭を下げることが出来る人柄らしい。
つまり、頭を下げてまでこの防御魔法を習いたいと思っているのだろう。
彼は先程、面倒な環境に身を置いていると言っていたが、その関係によりこの防御魔法を求めているのかもしれない。
ユティアはうーん、と小さく唸ってから一つ、答えを出した。
「では、取引をしましょう」
「取引……」
その言葉に嫌な思い出があるのか、ルークヴァルトの表情が一瞬だけ強張ったように思えた。
「私が見つけたこの秘密のお昼寝空間を……絶対に他言しないと約束して下さい」
「……は」
「学園の敷地内で、お昼寝に最適な場所はここ以外に見つけることは出来ませんでした。なので、この尊い空間を他の学生に見つかってしまうことだけは避けたいのです。……それを約束して頂けるのであれば、私が使っているこの魔法をお教えしましょう」
ルークヴァルトは妙に気構えていたような様子だったが、ユティアの言葉に拍子抜けしたのか、それまで強張らせていた表情をふっと崩してから、苦笑するような笑みを浮かべていた。
「……そのくらいならば、お安い御用だ。むしろ、俺の方が得してしまう取引だな」
「そうでしょうか。ですが、私にとっては死活問題なのです」
昼寝は一日の中で最も楽しみな時間と断言出来る。
ユティアが真面目な顔でそう告げると、それが面白かったのかルークヴァルトは更に苦笑していた。
本当に良く笑う人だ。




