お昼寝令嬢、術式を観察する。
イレンズに魔法管理局の中を案内してもらっている最中、彼とルークヴァルトの関係を思いがけず知ることとなった。
ルークヴァルトの魔法の師がイレンズだったようで、それ故に気楽な間柄だったらしい。
そんな話をしつつ、案内された場所は建物のとある一角で、人の出入りが多い場所だった。
「──さて、この場所が魔法を登録するための『魔法登録課』だよ。個人によって創作された魔法は、ここに勤める局員達によって公平に精査され、登録されるんだ」
ユティアは周囲を軽く見渡す。イレンズが着ているものと似ている制服を纏った局員達が、訪れた者達に対応している姿があった。
「それじゃあ、部屋を予約してあるから、こっちに付いて来て」
「はい」
ユティアは頷き返し、イレンズの後ろを歩く。
局員や登録しに来ている者達が、ユティア達を一瞥するも、すぐに興味を失ったように視線を逸らす。
もしかすると、ユティアが登録しに来ているとは思っておらず、イレンズの案内のもと、魔法管理局を見学しに来ていると思われているのかもしれない。
ルークヴァルトの変装が見破られていないならば、何よりだ。この場に第二王子殿下がいると知れば驚き、慌てる者もいるだろう。
「……ユティア嬢、大丈夫か? 緊張していないか?」
すぐ傍を歩いていたルークヴァルトがこちらを心配しているのか、顔を窺うように覗いてくる。
「緊張は……少し、しているかもしれません。何せ、初めてですので」
でも、とユティアは言葉を続ける。
「初めての場所ですが、不安はありません」
「そうなのか?」
「はい。むしろ、殿下が付き添って下さっているので、とても心強く感じています」
「……そう、か」
何故か、ルークヴァルトは言葉を掠れさせていたが、彼は間違いなくユティアにとって心強い存在だ。
……面倒くさいと思っていても、自分のために時間を割いて付き添ってくれる人がいると、少しだけ頑張ろうと思えるから不思議……。
心の中で何度か頷きつつ、ユティアはルークヴァルトに感謝した。本当に面倒見が良く、親切な人である。
イレンズはとある一室の扉の前で立ち止まった。「第十三試行室」と木札が扉の横に立てられている。
「さぁ、この部屋だ」
そう言って、イレンズは扉を開く。室内は思っていたよりも広く、そして何もない真っ白と言える空間がそこにはあった。
ふむ、とユティアは室内をじっくりと観察していく。
……いくつかの魔法が部屋そのものにかけられている。天井と壁と床……。扉にまで術式が刻まれている……のかな?
真っ白の部屋の真ん中に立っていたのは、局員の制服を着ている女性だ。恐らく、先に準備してくれていたのだろう。
視線が重なると彼女はにこりと笑みを浮かべ、小さく頭を下げてきた。それに返すようにユティアも頭を下げ返す。
「彼女は今回の立会人であり、共に精査してくれる助手のナナリア・ジョディック女史だ」
「初めまして。ナナリア・ジョディックと申します。今回、サフランス様の担当となります」
「ユティア・サフランスです。どうぞ宜しくお願い致します」
イレンズから紹介されたナナリアは茶色の髪をきゅっとお団子にしてまとめている凛々しい女性だった。
「あっ、ルーク達の付き添いはここまでだから。魔法を精査している最中は、すぐ近くの待合室で待っていてくれるかな?」
イレンズの言葉に、ユティアに続いて部屋に入ろうとしていたルークヴァルト達はどこか、はっとしたような表情で立ち止まる。
「魔法を精査し、登録する際には登録者と局員の間に守秘義務が発生するんだ。何せ、個人から生み出される財産ともなりうるものだからね。それ故にいくら保護者だからと言って、精査と登録の場に同席することは出来ないんだよ」
「そう、でしたね。すみません、つい……」
「ははっ、それほどサフランス嬢のことが心配だったのだろう? ……それに君が一番懸念していることならば、心配しなくてもいい。僕がサフランス嬢とこの部屋で二人っきり──なんてことは絶対に起こさせないからね」
「っ……」
「元々、女性が登録者として来た場合には、必ず女性局員が一人は立ち会うようにしているんだ。そのあたりの配慮もしっかりしているから、心配無用さ」
そう言って、イレンズはルークヴァルトに向けて、軽くウィンクしていた。ルークヴァルトは小さく苦笑しつつ、肩を竦める。
確かに一応、貴族令嬢であるユティアが男性と二人きりで、閉じた部屋で過ごすというのは外聞が悪いものになってしまうだろう。
ルークヴァルトはそのあたりも考えてくれていたらしい。本当に優しい人だなと改めて感心してしまう。
「それを聞いて安心しました。……ユティア嬢」
「はい」
名前を呼ばれたユティアはルークヴァルトへと向き直る。まるで線引きされているように、ユティアは部屋の中、ルークヴァルトは廊下側に立っている。
「付き添いはここまでとなるが、自分達は待合室で待っているから、どうか時間は気にせずに魔法を見てもらうといい」
「はい。……あの、殿下」
ユティアは一歩、前に進む。
「魔法管理局へ連れてきて下さり、ありがとうございました。……頑張ってきます」
両手で拳を作り、ユティアは気合を入れるようにぐっと自身の胸に引き寄せる。そんなユティアの様子に安堵したのか、ルークヴァルトは小さく苦笑した。
「ああ、頑張っておいで。終わった後には、魔法に関する書物を読ませてもらえるようにと、すでに申請しているからな」
「ありがとうございますっ……」
どうやらこの後の約束も覚えておいてくれたらしい。
快適な昼寝のために、使えそうな魔法を知りたい──そんなユティアの欲望のために、魔法管理局で管理されている貴重な書物を読ませてもらえるのだから、心が躍らないわけがない。
……お父様には秘密にしておこう。
本ならば、何でも読みたがるのが父だ。
この件が父に知られたならば、相当羨ましがられるに違いない。そうなると、相手をするのがとても面倒である。
「それではまた後程」
ルークヴァルトはユティアに頷き返す。
イレンズによって、試行室の扉は閉められ、更に鍵まで厳重にかけられた。瞬間、室内を覆うように魔力が巡っていく感覚を感じた。
ユティアはじっと周囲を見つめては、刻まれている術式を読み取っていた。
「おや、やっぱり分かるみたいだねぇ、この部屋の仕組み」
イレンズがどこか楽しげに訊ねてきたため、ユティアは小さく頷き返した。
「はい。……鍵を閉めた瞬間に壁と天井、それと床に刻まれている魔法の『術式』が発動しましたね。防御と防音……ですか?」
室内で強力な魔法が使用されても防げるようにと、強度がある故にかなり複雑な術式が部屋全体に刻まれているようだ。
「わぁおっ、そこまで分かるのか! いやぁ、さすがだねぇ」
イレンズは手を叩いて笑っているが、同席しているナナリアはユティアに部屋に刻まれた術式の構造を見抜かれたことに驚いているようだ。
「あ、あのサフランス様は壁に刻まれている術式が視えるのですか?」
「え? ……あ、はい。集中すれば視えます」
そう答えれば、ナナリアは瞳をきらきらとさせながらこちらを見つめてきた。
その瞳を持つ者は、自分にとって興味深いものが見つかった時だとユティアは知っている。何故ならば、サフランス家ではよく見る視線だからだ。
「ははっ、想像以上だ。……物体に術式を刻めば、本来は刻んだ者にしか視えないというのに。どうやら君は優秀な鑑定者にもなれる素質を持っているようだね。……どうだい? 学園卒業後は魔法管理局に入らないかい? 良い待遇と給料でお迎えするよ?」
「ありがたい申し出ですが、お断りさせて頂きたいと思います」
イレンズからの誘いをユティアは速攻で断る。
「ふははっ、即答! ……うーん、粘り強く勧誘したいところだけれど、今日はお預けにしておこう。ルークを長時間、待たせるわけにはいかないからね」
肩を竦めつつ、イレンズはにこりと笑う。
「それじゃあ、さっそく始めようか。君が創った魔法を僕達に見せてくれるかい? 見せてくれた後は、組み立てた術式をこちらの特製かつ専用の羊皮紙に、魔力を注ぐように刻んでくれ。術式を確認した後、僕達が試しに魔法を使用し、安全性を確かめる──といったことを繰り返させてもらう予定だ。その後は申請書を書いてもらって、無事に審査が通ったら新しい魔法として登録されるからね」
「分かりました。どうぞ宜しくお願い致します」
ユティアはぺこりと頭を下げる。
そして、イレンズに促されるように彼らの前で魔法を使った。




