お昼寝令嬢、夢を語る。
しばらくの沈黙が続き、そして目の前に座っているルークヴァルトは我慢しきれなかったのか、小さく噴き出した。
「ははっ……。ふっ、擬人化……。まさか、あの時、そのようなことを思っていたなんて……はははっ……」
よほど面白く感じたのか、ルークヴァルトは口元を右手で押さえつつ、楽しげに笑っている。
ユティアはそんな彼の様子を見て、目を少しだけ細めつつ、唇を尖らせながら呟いた。
「……笑わないと、言ったではありませんか……」
頬を小さく膨らませるユティアに対し、ルークヴァルトは右手で制するように手を上げた。
「いや、すまない。ユティア嬢がそのようなことを想像するとは思っていなくて、少し意外だったから……」
「……やはり、お気を悪くしてしまったでしょうか」
自分が好きな主人公と実在する人物を重ねるなど、失礼だったかもしれないが、あれほど笑わなくても、と少しだけ思ってしまう。
「いいや? ……むしろ、君の好きな『白銀の獅子』と自分を重ねてもらえて、光栄な限りだよ」
ルークヴァルトは特に気を悪くしてはいないようだ。
そのことに少しだけ安堵する。
「……それに俺も『白銀の獅子』に憧れていた頃があったよ」
「まぁ……。殿下もそうだったのですね」
「勇敢で凛々しくて、優しくて……。強い心を持ち、常に堂々としている彼のようになりたいと思ったこともあったな」
懐かしそうに目を細めるルークヴァルトに同意するように、ユティアは何度も頷き返す。
どうやら彼とは「白銀の獅子」シリーズでも語り合えそうだ。正直、子ども向けの絵本なのでこの内容を語り合える友人はほとんどいない。
親友であるリーシャ・カルディンも、さすがに絵本を楽しむ年頃ではないので、新刊の話をしても「ユティアは本当に『白銀の獅子』が好きねぇ」と言って、おしまいだ。
……白銀の獅子の魅力が分かる方、発見……。
ごくりと唾を飲み込み、ユティアは期待がこもった瞳でルークヴァルトに視線を送る。
お昼寝の趣味といい、白銀の獅子といい、ルークヴァルトとは色んな話が合いそうだ。
王子殿下相手に失礼な言い方かもしれないが、とても良き友人を見つけた気分である。
するといつの間にか、ルークヴァルトがユティアの顔を見て、小さく目を見開いていた。
何か驚くようなことでもあったのだろうか。
「……? どうかなさいましたか?」
「えっ、い、いや……」
ユティアがこてんと首を傾げれば、彼は慌てたように右手を横に振り返す。
「ただ、君がそれほどまでに『白銀の獅子』が好きならば、実在すればさぞ嬉しいだろうと思ってな」
「分かります。実在したら、喜び踊り、そして抱き着きます」
ユティアは即座に、そして真剣な表情で返事をする。
「抱き、つく……?」
「あのもふもふ感……。さらさらな毛並み……。太陽の下で一緒にお昼寝……。考えただけで最高です。ずっと彼に包まれていたいと思うくらいに」
ぐっと右手で拳を作り、ユティアはつい熱く語ってしまう。
「う、うん。まぁ、確かに抱き心地が良さそうだ」
どうやらルークヴァルトも同感してくれるらしい。
「ですが、残念ながら現実には存在していないので、現物大の白銀の獅子ぬいぐるみを制作しようと思っていまして」
「──うん? ……え? 現物大?」
「やはり、白銀の獅子の毛並みを再現するにはディシャール共和国の織物が相応しいと思っていまして。とてもさらさらで触り心地が良いですから。瞳には青い石を使おうと思い、鉱山に直接行って、管理人の方や鉱夫の方々と交渉しました。良い石を採掘出来たら送ってくれるそうです。尻尾と鬣のふわふわ部分はさすがに織物による再現が難しいので、アストルト王国原産のアストルト羊から採取出来る羊毛を使います。こちら、櫛で梳けば梳くほど、柔らかくさらさらな質感になるんです。そして、最も重要なのは中身です。こちらはただの綿を詰めては意味がありません。そこで取り寄せたのはウルティエ王国の山岳地方でしか採取できない綿です。弾力と柔らかさはとても大事です。このウルティエ綿に辿り着くまで、数十種類の綿を触ってきましたが、ぬいぐるみの中身として入れるならば、こちらが一番でした。また、肉球となる部分も忘れてはなりません。あのぷにぷに感、再現するのは本当に難しかったのですが、魔具に詳しい姉がいまして。姉とともに何とかあの質感を再現することが出来ました」
ぬいぐるみを作るための材料を揃えるのは、中々大変だった。
そこに妥協は許されない。
完全に、完璧に再現するために、ユティアは自国だけでなく外国も飛び回った。具体的には二年前のことだ。
まだ学園に入る前で、貴族令嬢としての勉強や振る舞い方を身に着け終わり、時間に余裕があったので、それならば夢の一つだった、現物大の「白銀の獅子」のぬいぐるみを再現するための材料を集めようと決心したのだ。
取引をしたのはエルニアス王国と親交が深い国ばかりだ。ただ、少し遠いので材料を得る際には実際に国へと赴いて、自分の目で確かめてから購入してきた。
もちろん、購入の際にはさまざまな取引をしている。普通は現地で買った物を自国で売りさばくには色々と契約をしなければならないし、そこには国同士の規約が発生する。
だが、売買するためではなく、少量を個人的に使用するものであったので、商品を売買しないという契約書を書き、無事に購入出来たのである。
そして、鉱山は兄の嫁の実家の領地内にあるもので、こちらも色々と交渉している。
材料の準備は出来ているのだ。
ただ一つ、いや、最も大きい問題以外は。
「ですがっ……ですが、私には……白銀の獅子を作り上げる腕がないのです……!」
ユティアは悔しげに唇を噛む。ここまで悔しい思いをするのはこの件以外にないだろう。
一方でルークヴァルトだけでなく、ミルトもぽかんと口を開けていた。
「ええっと、どういう意味だ?」
呆けていた表情を元に戻し、ルークヴァルトは訊ねてくる。
「大変、お恥ずかしいことなのですが……。私、裁縫の才能が皆無なのです」
「ん……?」
「見て頂いた方が早いかもしれません」
ユティアは持参していた小さな鞄から水色の生地のハンカチを取り出す。
そして、ハンカチを広げつつ、そこに刻まれているものをルークヴァルト達へと見せた。
「っ……。こ、これは……」
「白銀の獅子の姿を刺繍したものです」
水色の生地に刺された銀色の糸──の塊が、そこにはあった。
何かの生物を縁取っているのが微かに読み取れるのは尻尾の部分だけは、かろうじて上手く刺せたからだ。
青い瞳の部分はもちろん青色の糸を使っている。目の方向がおかしいため、かなりお茶目な雰囲気になってしまった。
凛々しさはどこへ行ったのだろうか。
「このように、刺繍もまともに刺せないほどに裁縫の才能がないのです」
ユティアに裁縫の才能がないように、サフランス家の面々には苦手なものがあった。
例えば父は片付けが苦手で、いつも書斎が散らかっている。
母はかなりの音痴で、あやすために子守歌を歌っているつもりでも赤ん坊からすれば、魔獣の咆哮だ。
剣術大好きな兄は道を覚えることが出来ないほどに方向音痴だし、嫁いでいった魔具制作が好きな姉は料理やお菓子を作ろうとすれば必ず食材を爆発させる才能を持っている。
このように、サフランス家は一つのことに特出している反面、どうしようもない苦手要素を含んで生きているのである。
「その刺繍も……中々、味があるものだと思うが……」
ルークヴァルトがかなり言葉を選んでいる。
ミルトはいつの間にか、表情を無に戻していた。さすが、王城で仕事をしている者は表情筋が強い。
「……お気遣い頂き、ありがとうございます。見苦しいものを失礼致しました」
ユティアはハンカチを畳み直し、鞄の中へと仕舞い込んだ。
たとえ、下手くそだとしても、自分にとっては大好きな白銀の獅子を刺繍したものだ。
何度も洗濯しては、大事に使っている。
「今はまだ、このように未熟者ですがいつか必ず腕を上達させて、自分の力で白銀の獅子のぬいぐるみを完成させるのが私の夢なのです……」
全ては最高のお昼寝のために。
たとえ裁縫の腕前がなくても、この決意は揺らぐことはない。努力あるのみだ。
「……では、いつかユティア嬢が白銀の獅子のぬいぐるみを完成させたら、俺にも見せてくれないか?」
「え?」
「君がそれほどまでに熱情を持って、取り組んでいるんだ。きっと、素敵なものが出来ると信じている」
「殿下……」
優しい。
とても、優しい。
あの裁縫の腕を見ておいて、彼は自分がぬいぐるみを完成させることを疑わず、信じてくれているのだ。
胸の奥に抱いた嬉しさを表に出すことなく、ユティアは頷き返した。
「もちろんです。もし、完成致しましたら、殿下にも抱き心地を試して頂きますね」
「ああ、楽しみにしているよ」
苦笑するルークヴァルトに対し、ユティアはほんの少しだけ目を細める。
……良い人だなぁ。ぬいぐるみが完成したら、一番に見てもらって、もふもふを試して頂きたい……。
今はまだ腕が追い付いていないが、必ずや最高傑作を作ろう。
そして、二人と一匹で、暖かな陽だまりの下でお昼寝をするのだ。想像しただけで何と幸福な光景だろうか。
……よし、裁縫を頑張ろう。
夢を実現させるためには裁縫の腕を上げるしかない。
ユティアはこっそりと気合を入れ直した。




