第二王子、訪問する。
晴天となる今日、ルークヴァルトはついにサフランス家へと訪れた。
もちろん、サフランス家を訊ねる際には事前に訪問の許可も貰っているし、訪問する際の馬車は王家の者が乗っていると分からないように、見た目は普通の馬車のように擬装されている。
この日のために、母から貸してもらった馬車なので、気を付けて使わなければならない。
そして、何より自分の姿。本来は銀髪に深い青色の瞳だが、今日のために髪の色を魔法で薄い金髪に変えていた。
中々扱いが難しい魔法で、気を抜けば解けてしまう可能性があるので要注意だ。
瞳の色は基本、魔法を使っても変えることは出来ない。だが、髪の色を変えるだけで、やはり印象は変わってくるものだ。
「……よし」
深く息を吸ってから、ルークヴァルトは気合を入れ直し、サフランス家の敷地へと入っていく。
門に囲まれた敷地内には古いが趣がある屋敷、そして隣接するように建てられた真新しい小さな一軒家があった。
サフランス家には新婚の次期当主夫婦が一緒に住んでいると聞いているが、彼らの家だろうか。
それに温室らしきものも建っている。貴族の家ならば、温室がある家はよくあるようだが、それにしては大きすぎないだろうか。
むしろ、屋敷と匹敵するほどに温室は大きかった。
……あとで、伯爵に詳しく聞いてみるか。
ルークヴァルトはぐるりと周囲を見渡してみる。
庭には季節の美しい花々が植えられている。だが、命にかかわるほどではないが毒草にもなり得るものが一緒に植えられているのは何故だろうか。
いや、よく見てみれば植えられている花は薬としても使えるものだと気付く。
「……」
何だか、不思議なところに来てしまったような感覚がふと沸き起こってくる。
「……緊張されていますか、殿下」
後ろからそっと声をかけてきたのは、付き人として付いてきてくれた侍女のミルトだ。
正確に言えば、ルークヴァルトとその兄の乳母であった女性の娘である。幼い頃から彼女に子守りされていたのは苦い記憶だ。
年の離れた姉のような人だが、侍女としての仕事だけでなく「護衛」としての仕事も出来る優秀な女性だ。
「それは、まぁ……」
「ちなみに、王妃様から本日、殿下が口にされた言葉を全て記憶してくるようにと仰せつかっていますので」
「……」
思わず、遠い目をしてしまう。ミルトの言葉には、母からの伝言が含まれていたからだ。
……つまり、情けない報告は聞きたくはない、ということか。
ミルトは母お気に入りの侍女だ。わざわざ彼女を自身の侍女、そして護衛として寄越してきたのは今日の顛末をそのまま知るためだろう。
「……行くぞ」
ミルトに気付かれないように小さく息を吐いてから、ルークヴァルトは一歩を踏み出していった。
事前に訪問の連絡を入れておいたので、ルークヴァルトは特に待たされることなくサフランス家の当主と会うことが出来た。
ちなみにユティアには今から一時間後に家に迎えに来ると伝えてある。でなければ、当主と直接、話す時間が持てないからだ。
当主もルークヴァルトに合わせてくれているようで、訪問したことをまだユティアには伝えていない。
……この場に彼女を入れて、話を聞かれたくはないからな……。
ルークヴァルトは瞳を目の前に座っている男、ムルク・サフランスへと向ける。
薄茶色の髪に、空色の瞳。
ユティアが受け継いだ色を半分持っている男がこちらを見ていた。
「ようこそ、お出で下さいました。……ルークヴァルト第二王子殿下」
「こちらこそ、訪問を受けて頂き、感謝します」
応接間にはムルクとルークヴァルト、そして後ろに控えているミルト以外には誰もいない。
テーブルの上に二人分の紅茶とお茶菓子を置いたあと、使用人達はすぐに部屋から出て行った。部屋の外からは人の気配が感じられないので、事前に人払いがされているようだ。
穏やかな沈黙を破ったのはムルクだった。
「……まず、殿下にお詫び申し上げます」
「お詫び、ですか?」
謝られるようなことなど、あっただろうか。首を傾げそうになっているとムルクは深く、頭を下げた。
「うちの娘が殿下にご迷惑をおかけしてしまったようで……。誠に申し訳ございません……!」
「え、いや、伯爵……?」
「本来ならば、親である私が魔法管理局に連れていかなければならないというのに、すっかり忘れてしまっておりまして……! あの子も自分から言い出すような性格ではないと分かっていたというのに……」
どうやら、ルークヴァルトがユティアを魔法管理局に連れていくことを申し出た件について謝っているようだ。
「どうか、頭を上げて下さい、サフランス伯爵。……魔法管理局に連れていくと、進んで約束したのは私です。……実は、彼女が創った魔法を目にした際に、『特別指定魔法』に入りそうなものがありまして。それならば、王家の者である自分も一緒に行った方が良いだろうと思った次第です。何せ、普通の魔法を登録する場合よりも、少し登録が面倒なものですから」
「え」
「……?」
「とくべつしていまほう?」
ムルクはルークヴァルトの言葉を繰り返したが、その表情は間抜けと言っていいほどに気が抜けている顔をしていた。
「特別指定魔法って、その……一般人向けに公表されていない魔法のことですよ……ね? 確か、存在を知る人間も限られている上に、使用許可が国王陛下か魔法管理局の局長くらいしか出せないという……」
「ええ、その認識で合っています」
「……」
真顔になったムルクは次の瞬間、べっしーんと彼自身の右頬を己の右手で叩いていた。
「伯爵っ!?」
ムルクの突然の行動に驚いたルークヴァルトは思わず、座っていたソファから腰を上げそうになってしまう。
「……はっ……。夢ではなかった……現実、だと……?」
「……」
何故だろうか、ユティアとは別の意味で世間から離れたような空気が、ムルクから漂ってくるのは。
ムルクは姿勢を正してから、ルークヴァルトへと向き直る。
「大変、見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません。……うちの娘がいつの間に、それほど大層な魔法を創っていたなど……知らなかったもので……」
ムルクの反応を見ていれば、それが事実だと分かる。だが、それにしても随分と憔悴しているように見えるが、大丈夫だろうか。
「……その、ユティア嬢は幼い頃から魔法を自在に操っていたと聞いておりますが、その様子を大人達は見守ったりしていなかったのでしょうか。幼い頃に魔法を使うとなると、危険が伴うのでは……」
「いやはや、お恥ずかしい話ですが……あの子が幼き頃は見守っておりましたが、大人顔負けの技術をするすると習得していきまして」
「……」
「すると、知らずのうちに自ら魔法を編み出すようになっていたのですよ……。まぁ、全てユティアの『趣味』に通じる魔法ばかりでしたが……」
「それは……」
幼い頃から才能が溢れていた故に、常に付きっきりで見守らなくても大丈夫だと判断した、ということだろうか。
「それに魔法の修練に関することはユティアの母……妻の実家、ザクセン家が受け持ってくれていまして」
「ザクセン家……。ああ、ザクセン辺境伯家ですね」
「そうです。あの家の当主……つまり、妻の母であるユランネル・ザクセン辺境伯は魔法に長けたお方でして……。ユティアが幼い頃はザクセン辺境伯に預けて、魔力の制御を教えて頂きました。おかげで辺境伯からも、自分の意思で魔法を使っても大丈夫だと認可も頂きました」
「それは……凄いですね。確か、辺境伯は魔法に関しては一切、手を抜かないお方だと聞いたことがあります」
「ええ、とても厳しいお方です。……私も妻との結婚を認めてもらおうと、何度も魔法で手合わせしてはぼろぼろにされました。……まぁ、その気概を買ってもらい、妻と結婚することが出来たのですが」
「そうなのですね」
ザクセン辺境伯、それは隣国との国境を守ってくれている家だ。
そこの当主を務めている女性はすでに六十を超えていると言うが、それまで培ってきた魔法の技術や知識を以って、国境を守ってくれている。
もちろん、戦争時ではないので、隣国が我が国にちょっかいをかけてこないようにと、睨みを利かせてくれているだけだ。
魔法が上手くなりたい者の中には、ザクセン辺境伯のもとへと自ら訪れて、弟子入りする者もいるようだ。
ただし、魔法の修練はかなり厳しいようで途中で逃げ出す者もいるらしい。
たとえ、自身の孫であっても、甘く教えることはないのだろう。
そのような者からユティアは魔力の制御方法や魔法を教わってきた故に、幼い頃から魔法を自在に操れるようになり、さらに創ることも出来たのかもしれないと、ふと思った。




