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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
一章 お昼寝令嬢、第二王子と出会う。
3/75

お昼寝令嬢、名前を教える。

 

 しばらく笑っていたが、少年は落ち着きを取り戻したのか深く息を吐いてから、改めてユティアの方へと振り返った。


「とりあえず、一つ確認させて欲しい。君はこの学園の学生で良いんだよな?」


 初めて視線を重ねた時よりも少年の表情は幾分か柔らかくなっている。やはり、呆けた顔をしているよりも穏やかな顔をしている方がこの少年には似合うようだ。


「……エルニアス王立学園の制服には本人しか着られないように魔法がかかっていると聞いていますが」


 そう答えつつ、ユティアは胸元に光る、自身の名前が刻まれている校章をわざとらしく見せる。

 この制服は王立学園に所属する者しか着ることが出来ないように、かなり特殊な魔法が組み込まれていると聞いている。


 入学当初、制服は季節に合わせて数着程、学園側から学生達に支給されるものだ。それは貴族であろうと平民であろうと同じである。


 だが、身体の大きさが合わなくなったり、ほつれが目立ってきた制服を新調しようとする際には自分で購入しなければならなくなるのだが、その際には面倒な手続きが必要となると聞いている。


 金銭的な面においても貴族ならば懐に余裕がある者は新調しやすいかもしれないが、平民は支給された制服を卒業まで大事に着まわしつつ、出来るだけ新調しなくて済むようにしているらしい。


 もちろん、入学した学生が卒業生から制服を借りるのも禁止されている。


 校門を通る際には校章に刻まれている名前と本人が一致するか、認証魔法が瞬時に行われているらしく、学園側に登録されていない人間は校門を通過出来ないようになっている。


 つまり、役目を終えた制服を誰かに譲ったとしても、それを着た別の人間が学園に入ることは出来ないのである。


 また、校門の認証魔法は兄妹間でも通用されるため、同じ家名だったとしても本人が制服を着ていなければ通用しない優れものだ。


 それを前提とした上で、ユティアは少年に校章に刻まれた名前を見せる。

 この校章は本人を確認するための学生証みたいなものだ。


 ユティアの胸元をじっと見つめていた少年はやがて納得したように頷き返す。


「……ユティア・サフランス、か。確か伯爵家の……。あの家には令嬢が二人いると聞いているが」


 どうやら貴族の家に詳しいようだ。と言うことは、目の前に居る少年は貴族に属する者なのかもしれない。


 この学園には貴族だけでなく平民も通っている。表向きには平等を謳っているがそれでも身分差による隔たりなどはたまに見られているようだ。

 少年も他の学生と同じように身分を気にする人間なのだろうか。


「サフランス伯爵家の次女です。姉はすでに学園を卒業して嫁いでおります。私は今年、入学したばかりのユティア・サフランスです」


 このエルニアス王立学園の入学年齢は基本的には十五歳からと決められている。

 貴族出身のユティアも、すでに卒業した兄妹達と同じ学園に今年入学したばかりであった。


 そのため、誰が貴族で誰が平民なのか、まだ分かっていない。


 何故ならば、入学当初のユティアは他人と繋がりを作るよりも、自分にとっての最高の昼寝空間を見つけることを優先していたからだ。


 幼少の頃より昼寝が最も大事だったため、繋がりを持とうとしてくるお茶会などの誘いを回避して来たことで、ユティアが名前を覚えている程に親しい友人は片手で足りる程だ。


 それにより、同じクラスの誰がどれ程の爵位を持っている家柄の出身なのか今も分からずにいた。もしかすると、目の前でユティアに質問を投げかけている少年も良い家柄の人間なのかもしれない。


 どことなく、高貴な雰囲気を纏っているようにも見える。仕草や話し方もとても落ち着いており、上品に感じた。


 だが、ユティアにとってはどうでも良かった。少年が今後、ユティアの昼寝の邪魔をしないならば、それで良いと気楽に考えていた。

 だからこそ、訊ねようとはしなかった──彼の名前を。


 もう、答えるのも面倒くさくなってきたし、眠気も戻ってきた。彼が抱いていた疑問に関してはしっかりと答えることは出来たため、応答として満足してくれているはずだ。

 まだ、授業が始まるまで時間はあるし、もうひと眠りしたいところだ。


 だが、少年はユティアを寝かせてはくれなかった。


「……君は俺のことを知らないようだが……。俺が誰なのか訊ねないのか?」


 引き留めるように自分のことを知らないのかと名前を伏せて訊ねてきたため、ユティアは更に首を傾げる。

 目の前の彼は、誰でも自分のことを知っていると思い込んでいる自意識過剰な人間なのだろうか。


 だが、それを言葉にすることも面倒なので、何となく頭に浮かんだ言葉を口にすることにした。


「お名前を存じ上げず、申し訳ありません。入学したばかりで同じクラスの同級生の名前さえもまだ覚えていないのです」


 半分嘘である。正直に言えば、同級生の名前でさえ興味がないというのが真実だ。


 ユティアの思考力や記憶力は全て、いかに快適に昼寝をするのかに全振りされている。余計なことや必要のないことに思考を回す余分はないのだ。


「そうか」


 ユティアの特に深く考えていない答えに少年は口元に手を当ててから、低く笑う。


 いや、だから笑うところはあっただろうか。

 言葉にはせず、心の中で突っ込んだ。


「すまない。……少し、面倒な環境に身を置いているせいで自意識過剰になっていたようだ」


「はぁ……」


「俺は──ルークヴァルト。ちなみに学年は君の一つ上だ」


「それは、どうも……初めまして……」


 寝起きだからという理由もあるが、ユティアは興味がないものは覚えない性格だ。

 今、目の前で名前を名乗っている少年の名前も数分後には忘れてしまっているだろう。


 自分には関係ないことに頭を使う程、暇ではない。

 全ての時間は昼寝のためにあるのだから。


 ルークヴァルトと名乗った少年は、ユティアがどのような反応をするのか待っていたようだが、ユティアは特に喜色や驚愕を見せることもなく頷き返した。

 感情を表情に出すことさえも面倒だと思ったからだ。

 

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