第二王子、虚しくなる。
「それで、そのご令嬢にはいつ、エスコートの件を伝えるの?」
給仕の者が室内から出て行ったのを確認してから、母は追加のデザートを口に運びつつ訊ねて来る。完全にルークヴァルトの話を肴にしているようだ。
エスコートしたいとユティアに伝えようとしていることも言わなければならないのかと苦い表情を浮かべそうになるが、言わなかったら後々が面倒になるだけだと分かっているので素直に返事を返すことにした。
「いいえ。……まずその前に彼女は俺が『第二王子』だということさえ気付いていないようなので、そのことを伝えてからエスコートの件を申し出た方がいいと思っています」
「え」
「え?」
「え……」
ルークヴァルト以外の三人が同時に、訊ね返して来る。その表情は理解出来ないと言わんばかりに固まっていた。
「……ルークヴァルトと名乗ったのよね?」
母がおずおずと言った様子で訊ねてくる。
「名乗りました。家名までは名乗っていませんが、初めて顔を合わせた際に」
「あなた以外に『ルークヴァルト』という名前の学生は在籍しているのかしら」
「いえ、いないようです」
「……」
すると、今度は義姉がすっと手を挙げた。質問があるらしい。
「あの、私の記憶が正しければ、王妃様譲りの銀髪は侯爵家の血筋の方々以外に殿下方だけだと認識しているのですが……」
「彼女は俺の銀髪を見ても、特に反応は変わりませんでした。王家の者とは気付かなかったようです」
「……」
次に、兄がゆっくりと手を挙げる。ルークヴァルトはそちらへと視線を向けると彼は戦々恐々と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「その令嬢は……ルークヴァルトのことを男として見てくれているのだろうか」
「……初めて会った時から、自分に対しては淡々とした様子でしたね。令嬢らしい反応は何一つとして返ってきていません」
「それは……男というよりも、人として認識はされているのだろうか……」
「……兄上、悲しくなるような言い方は止めて下さい。彼女は自身が好きなことにただ、ひたむきなだけです。決して、俺のことを無視しているわけではありません。心を傾けているものの存在が大き過ぎるだけで、決して……決して、存在を認識されていないわけでは……」
「ルーク……」
自分で言っていて、とても悲しい気分になってきてしまう。
今のところ、自分が声をかければユティアはちゃんと受け答えしてくれているし、何より昼寝をしてみたいと申し出た時には昼寝仲間が出来たと喜んでいた。
確かに昼寝中心に彼女の世界は回っているが、それでも認識されていないということはないはずだ。……恐らく。
「ぷっ……」
「くっ……」
その場に二つの笑い声が漏れ出る。
「……笑えばいいではありませんか。そうやって、押し留めていても感情は隠し切れていませんよ」
ルークヴァルトがそう告げれば、女性二人は押さえていた最後の関を取り除き、盛大に笑い声を上げて笑い始める。
「ふふふっ、あははっ……! 想い人に認識されていないなんて、可哀そう……ふふっ……」
「くふっ……ふふっ……。も、申し訳ないと分かっているのですが、あまりにも報われなさ過ぎて……」
母と義姉はそれまで堪えていたものを吐き出すように大笑いしている。
「どれだけ、興味を持ってもらえていないのっ……。ルークってば、虚しい……。くふっ……」
「……」
瞳に涙を浮かべながら笑い声を上げている母の横腹を肘で突きたい気分になったが、ぐっと抑える。
だが、母の言葉の通り、ユティアはルークヴァルトに深い興味を持っていないのは事実だ。
「大丈夫ですわ、ルークヴァルト殿下。基本的な恋愛というものはお互いのことを知らない状態から知っていくものです。そこには双方による、お互いを知りたいという努力が必要となります。なので……まだ、きっと大丈夫、ふふっ……」
義姉は恋愛初心者であるルークヴァルトに助言を与えようとしていたのだろうが、笑いが再び込み上げてきたようで、彼女の言葉は途中で止まってしまっていた。
「はぁー……笑った、笑った。……まぁ、あなたもうぬぼれていたってことよね、ルーク」
「……返す言葉もございません」
母の言葉に対して、ルークヴァルトは苦い物を食べたような表情を浮かべる。
確かに、心の中では第二王子である自分のことを知らない人間はいないだろうと思っていたのかもしれない。
「サラフィアが言っていた通り、あなたは努力をするべきだわ。相手のことを知り、自分のことを知ってもらう努力を。そうやって、人は信頼関係を築いていくの」
「……はい」
ごもっともである。
「ふふっ……。でも、まぁ、相手に振られないといいわねぇ。人の信頼と好意を無の状態から上げるのは難しいと思うけれど、大事なのは誠実さよ、誠実さ」
力説するように母は何度も首を振りながら、そう告げる。
「誠実に接すれば、相手はきっと自分のことを見てくれると思うわ。……やりすぎると、ただの『良い人』止まりになってしまうけれど」
「一番、嫌な立ち位置じゃないですか……」
「そうね。だから、人間の感情を揺らすことって、難しいのよね」
口でそう言いつつも、母の表情は楽しげなままだ。これは恐らく、ルークヴァルトが色々と悩んでいる状況を楽しんでいるのだろう。
それでも決して茶化し過ぎないところは絶妙だと言える。茶化し過ぎれば、ルークヴァルトが一切、口を利かなくなると分かっているからだ。
その辺りの加減さは長年の賜物だろう。
そして、母の絶妙な加減に翻弄している自分はまだまだと言ったところだろう。
……これも社交界を渡り歩くという場数を踏んできたことによる明確な差なんだろうな。
そんなことを思いつつ、ルークヴァルトは母に気付かれないように静かに溜息を吐いた。




