第二王子、名を告げる。
盛り上がっていたイルンはやがて落ち着いたのか、ルークヴァルトの方へと向きなおしてから訊ねてくる。
「それで相手は誰なのか、教えてはくれないの?」
「……俺の婚約者候補として、婚約話を相手方に勝手に、そして無理矢理に打診しないと誓って下さるのであれば、教えます」
ルークヴァルトは先手を打つことにした。でなければ、この世話焼きな母はサフランス家に勝手に婚約話を持って行きそうだからだ。
「あら、ルークの初恋相手にそんな野暮なことはしないわよ~。……多分」
微かにだが「多分」と聞こえたため、ルークヴァルトはじっと母を小さく睨むが、当人は楽しげに笑っているだけだ。
一つ、深い息を吐いてからルークヴァルトは呟くように名前を口にした。
「……サフランス家のご令嬢です」
「まぁ、サフランス家だったのね。想像以上に予想外だわ」
イルンはころころと楽しげに笑っている。
「サフランス家と言うと、当主夫妻と次期当主である長兄夫妻……ああ、彼らは学園時代の同級生でしたわね。そして先日、嫁いだと聞いている令嬢と、あとは……」
サラフィアは頭に入っている貴族名鑑の中から、家族構成をすぐに割り出していく。本当に有能な義姉である。
だが、義姉に割り出される前にルークヴァルトは名前を告げた。
「ユティア・サフランス令嬢。……彼女こそが、俺がエスコートをしたいと思っている令嬢です」
まるで家族の前で好きな相手を暴露しているような気分だがまさにその通りなのだろう。
ルークヴァルトは顔へと熱が集まるのを感じながらも、無を装いつつ言葉を続ける。
「歳は俺よりも一つ下で今年、学園へと入学してきました」
「あらあら」
「まぁ~」
女性二人から楽しげな声が聞こえてくるがあえて無視である。母と義姉がこの手の話を好んでいることは把握済みだからだ。
「でも、そうか、サフランス家のご令嬢か」
兄は「そうか、そうか」と弟の報告を真面目に聞きつつも楽しそうである。
「あの一家は色々と特殊だからねぇ」
「特殊、ですか」
「サフランス家の次期当主……ウティオ・サフランスと私は同級生だったのだけれどね。普段は人当りが良くて穏やかな好青年って感じなのに一つの物事に対しては集中力が半端なくて、それに賭ける愛情が並大抵ではないんだ」
「その一つの物事とは……?」
ルークヴァルトが試しに訊ねてみると兄は、まるで昔を思い出すような笑い方で小さく微笑んでから言葉を返してくれた。
「剣術だよ。サフランス家は騎士の家系ではないのに、彼──ウティオ・サフランスは剣術が大好き過ぎる人だったんだ。時間が空いていれば、すぐに練習用の剣を手にして、外へと素振りをしに行っていたくらいだからね。朝も昼も夜も。話しかければ最終的に落ち着く話の内容は剣術についてだし、極めすぎて自分だけの型を編み出していたくらいだよ」
「……それは、凄い人だったのですね」
「そうなんだよ。……私はあまり身体が丈夫ではないから剣術は不得意だけれど、一度くらいはウティオ・サフランスと試合をしてみたかったなぁ。彼、剣術を心底楽しんでいる人だったから」
学生だった頃を思い返しているのか、カークライトはどこか楽しそうに小さく笑っていた。
「ウティオ殿は騎士団から勧誘が来る程の腕前でね。まぁ、次期当主だったからその勧誘は断ったらしいよ。騎士団長が凄く残念がっていたようだね。……それと当時から婚約者のことを溺愛していたなぁ。学園内で婚約者にべったりしながら楽しそうに会話しているウティオ殿を見かけたことがあって、あの時はさすがに驚いたよ。剣術のことしか考えていないと思っていたからね……」
「あら、エルリス・リブールさんのことですわね。とても快活で気遣いが上手い方だったので、たくさんの後輩達から慕われていたのを覚えておりますわ」
そこへ話題に乗るようにサラフィアがカークライトへと頷き返す。ユティアの兄と兄嫁の二人は王太子夫婦の同級生だったようだ。
「私達が在学中にウティオ殿の二つ下の妹が学園へと入学してきたけれど、彼女は確か魔具の制作者として次々と新しい魔具を生み出していると聞いたことがあるよ。まぁ、ウティオ殿と同じく、一度集中し始めたら、中々集中力が切れなくて周囲が困ったことがよくあったらしいけれど」
「好きなものには集中してしまう一家ですものねぇ」
ユティアと兄と姉の様子を聞いただけだが、性格が互いに似ているような気がして、彼女の一筋さは血筋も影響しているのかと妙に納得してしまった。
「ああ、サフランス家は皆、そんな感じよねぇ。権力にも地位にもお金にも目を向けずに、ひたすらに自分の好きなことに取り組んでいるのよねぇ。歴代のサフランス家の血筋の者もそんな感じだったって聞いたことがあるわ」
イルンもサフランス家のことを知っていたようで、カークライトに同意するように頷き返している。
政治や社交の場面でサフランス家の名前が挙がることはないが、それなりに有名な家だったようだ。
「それでどんなお嬢さんなの?」
母は楽しみが隠し切れないと言わんばかりの表情で訊ねてくる。息子の恋路を見守りたいのが半分、好奇心が半分と言ったところだろう。
「……興味がないことには関心を持たず、自分の好きなことを好きだとはっきりと告げることが出来る令嬢です」
「まぁ! それじゃあ、ルークとは正反対なのね! 素直な子も好きだわ!」
そこで引き合いに自分を出さないで欲しいと思う。確かに自分の中に素直さという部分はないと自覚はしているが指摘されると複雑である。




