第二王子、感情に気付く。
「……ルーク」
振り返った先には呆れたような顔のラフェルが居た。
「お前……。案外、子どもっぽいところがあるよな」
「なっ……」
何故、いきなり嫌味を言われなければならないのだろうか。ルークヴァルトが眉を寄せると、ラフェルはふっと深い息を吐いてから言葉を続ける。
「難しい話はよく分からないが結局のところ、お前がその子に興味を持っているということは、少なからず好意を持っているんだろう」
「好意……」
それは何だと言わんばかりにルークヴァルトは口元に手を当てる。一方のラフェルは面倒くさそうに頭を掻いてから、数度目の溜息を吐いた。
「相手のことが気になるんだろう?」
「……ああ」
「相手ともっと話したいと思うか?」
「それは、まぁ……」
「相手と少しでも長い時間、一緒に居たいと思う」
「……そう、だな」
「相手が好きなものを知りたいし、自分のことも知って欲しい」
「……それは……分かる、気がする」
「相手に触れたいと思うし、声を聴きたい、笑顔を見たいと思う」
「っ……」
「どうなんだ?」
「……」
「ここが一番大事だぞ」
どことなく真剣な表情でラフェルは問いかけてくる。
ルークヴァルトはごくり、と唾を飲み込むとともにすぐに発してしまいそうになった言葉を押さえ込んだ。
ユティアに触れたい、ユティアの笑顔を見たい。
そう思ってもいいのだろうか。
自分の手に触れた時の柔らかさと優しい温度、鈴が転がるように軽やかな声、そして春の陽だまりのような笑顔──。
……もう一度、と思ってしまってもいいのだろうか。
そう思ってしまえば、きっと後戻りは出来ない地点まで到達しているに違いない。
何となく、胸の奥がぎゅっと握りしめられたような気分になっていたが、決意したようにルークヴァルトは言葉を告げる。
「……思う。俺は……彼女に触れたいと思うし、声も聴きたい。……笑った顔が見たい、と思う」
絞り出すように声を出せば、目の前からは深い息が吐かれた。
それは呆れではなく、安堵に似たものだった。
「はぁー……。そこまで分かっているなら、簡単じゃねぇか」
「は?」
「これ以上、俺の口から言わせようとするな。……こういう類の話は不得意なんだよ」
ラフェルはどこか気まずそうに彼の右頬を指先で掻いている。
「その割には……分かっているような口調だったが」
「うるさい」
ルークヴァルトにとって、ここまで気軽に話すことが出来るのはラフェルだけだ。だからこそ、ルークヴァルト自身が気付かないにも気付いてくれるのだろう。
「……だが、そうか。俺は……」
いつの間にか、ユティアを一人の人として想うようになっていたらしい。
好意を寄せる、たった一人の相手として。
どのくらい想っているかと言えば、ユティアの「昼寝」に対する熱を少しだけで良いから自分に向けて欲しいと思える程には彼女の心を欲しがっているようだ。
……俺も随分と欲張りだな。
出来るだけ、目立たないように。
そして、特別を作らないようにしてきたというのに、それでも心を制御することだけはまだまだらしい。
何度か息を吐いてから、ルークヴァルトはラフェルに向かってはっきりと告げる。
「……明日、エスコートの相手が決まっているか聞いてみるよ」
ルークヴァルトが決意を見せれば、ラフェルはどこか安堵するように笑みを浮かべた。
「分かった。……だが、お前がその相手と今後、どうしたいのかはちゃんと考えておけよ。……婚約者にもなり得る可能性だってあるんだから」
「婚約者……」
つまり将来、婚姻を結ぶ者ということだ。
自分と、ユティアが。それを想像してしまったルークヴァルトは右手で顔を隠すように覆った。
「……ルーク」
ラフェルの呆れた声が耳に入ってきたが、答えることは出来ない。
「ほんっとうに、初心だな、お前……。今まで、迫りくる令嬢達を避けに避けまくった代償が今頃やって来ているんじゃないのか? お前のことを冷たいと言っている奴らが見たら驚くだろうな……」
「うるさい」
「まぁ、俺としては安心だけれどな。お前にも想う相手が出来て。……とりあえず、今後のことをどうするか考えた上で、エスコートの打診をしてこいよ?」
「分かっている」
ルークヴァルトは相変わらず、手で顔を隠しつつ、小さく唸っている。
……今後のこと。もちろん、俺と一緒に居れば、彼女にも迷惑がかかってしまうだろう。
自分はユティアのことが好きだ。
今まで、人を好きになるという感情を友情や家族愛以外で感じたことはなかったため、これが恋なのかと聞かれたら、恐らくそうなのだろうと答える程には好きだ。そう、好きなのだ。
……だが、ユティア嬢はどうなのだろうか。
ここ数日、共に秘密の場所で昼寝をする仲にまで発展しているのだが、それまでだ。
ルークヴァルトが年頃の少年だというのに、ユティアは全く警戒することなく、「おやすみなさい」と告げた途端に、一瞬にして眠ってしまう。
自分に対して警戒心を抱かないことは良いことなのか、それとも悔しいことなのか。
あまりにも無防備に眠っているが、それでも少なからず、彼女にとって自分が信用出来る存在であるのは確かなのかもしれない。そう思いたい。
何事にも興味を抱かず、昼寝のために生きているようなユティアだが、恐らく──新入生歓迎パーティーのことは忘れているだろう。
そんな彼女にパーティーのエスコートをさせて欲しいと頼んだとして、嫌がられたりしないだろうか。
「……ラフェル」
「何だ?」
心の中に新たな不安が生まれたルークヴァルトはラフェルに懇願するような瞳を向ける。先程まで赤く染まっていた頬は、今度は引き攣ったものに変わっていた。
「エスコートの練習をしたいから、相手役になってくれ」
「嫌だよ!!」
図書館の隅、拒否を示したラフェルの叫びが静かに響いていた。




