お昼寝令嬢、昼寝仲間を得る。
「ですが、男性が私を家にまで迎えに来ると告げれば、家族に驚かれそうですね」
「……そういえば、婚約者はいないのか」
「いません」
婚約者を作る機会を逃げに逃げまくった故に、年頃であってもユティアには婚約者がいなかった。
両親も無理に婚約させようとは思っていないため、かなり自由にさせてもらっている。ありがたいことだ。
「なので、ルーク様のことは『昼寝仲間』だと家族に伝えておこうと思います」
「昼寝、仲間……」
「はい。ふふっ、私に初めての昼寝仲間が出来たと知れば、家族も驚くでしょう」
ユティアは思わず、笑みを零してしまう。
ここぞ、という人に昼寝の素晴らしさを勧めてきたのだが、中々理解を得られず、ユティアには今まで昼寝を愛する「昼寝仲間」が一人もいなかったのだ。
共通の趣味を持ち、その素晴らしさを分かち合える者がいないのは少し寂しいものだ。
「私、ルーク様が昼寝をしたいと仰って下さったの、とても嬉しかったのです」
「そ、そうか……」
ルークは照れているのか、少しだけ頬を赤らめてから視線を逸らしていく。
「なので、私と趣味が共有出来る理解者がついに現れたことを家族に報告したいと思います」
「報告するまでのことなのか」
「そうです。だって、今まで誰一人として私の趣味を共有出来る人はいなかったのですから。……確かにお昼寝が好き、という私の趣味は他の人から見れば、訝しがられるものでしょう」
ふわり、と爽やかな風が吹く。昼寝をするには最適な心地良さだ。
「ですが、私は自分の好きなことを誰かの価値観に当てはめられて、否定されたくはないと思っています。私が好きだと思っていることは──私にとって大事なものですから」
「……」
ルークヴァルトがはっと息を飲みこんだような音が微かに漏れ聞こえた。それでもユティアは静かな口調で言葉を続ける。
「なので、ルーク様が私の趣味に興味を持って下さった上に、共有したいと思って下さって、とても嬉しく思っているのです。……ルーク様は私にとって、本当の意味での理解者です」
ユティアはルークヴァルトの方へと身体の向きを変えた。真っすぐと彼の青い瞳を見つめながら、まるで望みが叶ったと言わんばかりに優しく微笑んでみせる。
「ありがとうございます、ルーク様。私の初めての共有者になって下さって」
「っ……。……いや、こちらこそ……」
ルークヴァルトはユティアから、そっと視線を外して、小さく呟くように言葉を零した。
「……俺も、出会えて良かったと思う」
囁くような声だった。それでも、ユティアにとっては満足過ぎる一言だった。
何故なら、彼が「昼寝」に「出会えて良かった」と告げたからである。
「ふふっ、これからどうぞ宜しくお願い致します。ルーク様にお昼寝の良さをもっとご理解頂けるように尽力しますので」
「あ、ああ……。初心者なので程々に頼む」
小さく苦笑しながら頬を掻いているルークヴァルトにユティアはにこりと笑みを見せる。
「それでは魔法管理局に行く際の詳細は後々、決めるとして……。とりあえず、今からお昼寝を体験してみませんか。せっかく、寝る場所も用意していますし」
ユティアは先程、風魔法を使って用意していたふわふわのベッドを両手で指し示す。
「まだ、お昼休みが終わるまで、数十分ほど時間はありますし、ゆっくりと休むことが出来ると思います。眠気がなくても、横になるだけで十分に気持ち良いと思いますよ」
さぁ、どうぞと言わんばかりにユティアはルークヴァルトに昼寝を勧める。
「……では、お邪魔するとしよう」
決心したのか、ルークヴァルトはゆっくりとベッドに手を付く。瞬間、ルークヴァルトの手はベッドの中に少しだけ沈んでいった。
「柔らかいな……。まるで本物のベッドのようだ」
「体重をかけて下さって、構いませんよ」
「ああ、分かった」
靴を脱いだルークヴァルトはゆっくりとベッドの上に身体を沈めていく。
「この柔らかさは……何とも癖になりそうだ」
「気に入って頂けて、嬉しく思います。さぁ、遠慮なさらずに、ぽーんっとそのお身体をふわふわベッドの上へと投げ出して下さい」
ルークヴァルトの反応を嬉しく思いながらも、ユティアがその先を勧める。
風魔法を使って、柔らかさを調節するのは大変だったが、ルークヴァルトがとても気持ち良さそうな笑みを浮かべてくれるので、これまでの苦労が一瞬で消え去ったくらいだ。
……頑張って良かった。
昼寝に関することだけ頑張るユティアだが、自分の行いによって誰かの笑顔が見ることが出来るのは嫌いではない。
「……よしっ」
ルークヴァルトはぼふん、と柔らかそうな音を立てながらベッドの上へと寝ころんだ。
反動でふわりと布が揺れたが、固めてある風魔法には何も影響は及んでいない。
そして彼の身体はまるで、ふわふわのベッドに沈んでいるような状態となっていた。ルークヴァルトは右手で顔を覆ったまま動かない。
「……お加減はいかがでしょうか」
ユティアはルークヴァルトの反応が知りたくて、たまらずベッドの心地を訊ねてしまう。
ルークヴァルトは絞り出すように声を上げた。
「……これは……最高、だな……。何と表現すればいいのか分からないが……何時間でもこの場所で寝ころんでいたいと思える。そんな、心地だ……」
どうやら、ユティア自家製ベッドはルークヴァルトのお気に召したらしい。思わず安堵の溜息を吐いてしまう。
「どうぞ、そのまま目を瞑って下さい。……耳を澄ませば、小鳥のさえずりや木々のざわめきが子守歌のように聞こえてくるはずです。あ、周囲には私達の姿が見えないように不可視の魔法をかけているので、安心して眠って下さいね」
「ああ……」
もはや、ルークヴァルトはふわふわのベッドの虜となってしまっているらしく、返ってくる返事は空返事ばかりだ。
それ以上は会話をすることなく、静かな空気が流れていく。
……さて、私もお昼寝をしましょう。
さすがに未婚の男女がベッドの上に隣同士で眠るわけにはいかないので、ユティアはいつもと同じように芝生の上へと寝転がる。
ベッドのふかふか具合と比べると、こちらはしっとりとした包み込み具合だ。
目を閉じて耳を澄ませば、寝息のようなものがルークヴァルトから聞こえてきたため、意外に思ってしまう。
彼は警戒心が強そうな人間だったので、そう簡単に眠る人ではないと思っていたからだ。
……疲れていたのかな。
先日、令嬢達に追われていたと言っていたので、疲れが溜まっていたのかもしれない。
大変だなと他人事のように思いつつも、ルークヴァルトがこの場所で昼寝をする際には、昼寝仲間として彼が快適に過ごせるように色々と手助けしようと心に誓いつつ、ユティアは次の瞬間には眠りについたのであった。




