お昼寝令嬢、迎えの約束をする。
「……ユティア嬢」
何かを心に決めたのか、それまで右手で頭を押さえていたルークヴァルトだったが、渋いものを食べたような表情を浮かべつつ、諭す口調で話しかけてくる。
「はい、何でしょう」
ユティアはいつものように、こてんと首を傾げてから訊ね返した。
「君は学園に入る年齢──つまり、もう十五歳だ」
「そうですね」
「……魔法の登録をしよう」
「え……」
ルークヴァルトにそう告げられた瞬間、ユティアは苦いものを食べたような表情を浮かべる。
面倒だと思っている時によく浮かべる表情だが、どうやらルークヴァルトにはユティアの感情が分かってしまったらしい。
「面倒に思っていては、後々大変なことになると思うぞ? それにその魔法を後から生み出した者に創作者の権利を奪われてしまうかもしれない」
「別にそのあたりは気にしたことはありませんが……」
何せ、あまり人前では使わない魔法なので、認知もされていない。もし、他の創作者が出て来たならば、そちらに権利があったとしても一向に構わないと思っていた程だ。
結局のところ、色々と面倒なのでやりたくはなかった、というのが本音だが。
「いや、やっておこう。登録は大事だ」
「うぐ……。でも、魔法管理局は確か王城にあるんですよね?」
「正確に言えば、建物が隣接しているだけで王城の中に魔法管理局があるわけではない。一般市民の中にも新しい魔法を生み出す者がいるのに、王城の中に魔法管理局を置いていては入りづらいだろう?」
「確かにそうですね」
そう答えつつも、王城なんて行ったことがないので全く分からないが。
それでも行くのは面倒だと思ってしまうユティアに、ルークヴァルトは提案してくる。
まるで、小さい子に言い聞かせるように。
「……魔法管理局にはそれまで登録された魔法が記載された膨大な過去の記録書があるのだが知っているか」
「いいえ」
「閲覧してみたいと思わないか?」
「え?」
「もしかすると、その記録書の中にユティア嬢が好む魔法があるかもしれない。……君が昼寝をする際に応用出来る何かしらの魔法を見つけることが出来るかもしれないだろう?」
「っ!」
ルークヴァルトの言葉にユティアはきらりと目を光らせていく。
それまで、凪のように静かだった心には一瞬にして炎が灯ったように熱くなってきた気がした。
つまり、やる気の原料が投下された瞬間だった。
「記録書の中には貴族だけしか閲覧出来ない特別なものもあるらしい。……魔法を登録するついでに、記録書を見てみないか?」
「み……見てみたいですっ」
一気にやる気を出したユティアを見て、ルークヴァルトは小さく笑う。
「では、今週の休みは空いているだろうか」
「はい、空いております」
ユティアは頭の中で、すでに組まれている今後の日程を確認しつつ答える。
「もしよければ、俺も一緒に魔法管理局に行きたいと思っているのだが、いかがだろうか」
「ルーク様もご一緒に、ですか?」
こてん、とユティアは首を傾げる。
ルークヴァルトも魔法管理局に何か、用事があるのだろうか。
「ユティア嬢は魔法管理局に行くのは初めてだろう」
「そうですね」
「俺はよく足を運んでいるから、魔法管理局の中を案内出来るし、魔法を登録する際には色々と教えられると思う。……まぁ、君の家族が魔法管理局まで付き添ってくれるというならば、辞退するが……」
ルークヴァルトからの申し出に対して、ユティアはうーん、と考える素振りを見せてから答えを出す。
「出来れば、ルーク様に付き添って頂く方が助かりますね。嫁いだ姉ならば魔法管理局へと足を運んでいたようですが、彼女以外の家族の中に、魔法管理局を多く利用する人間はいませんので、頼れる人がいないのです」
先日、嫁いだ姉ならば自作した魔具を登録するために魔法管理局へとよく足を運んでいたが、嫁いだばかりの彼女を呼び出して付き添ってもらうのはいささか気が引けてしまう。
しかし、今の実家には姉並みに魔法管理局に詳しい人間はいないだろう。それならば、慣れているルークヴァルトに頼んだ方が良いかもしれないとふと思った。
「そうか……」
ユティアの返答に、ルークヴァルトは心から安堵しているような溜息を静かに吐く。
それほど魔法管理局を案内したかったのだろうか。
もしかすると、魔法管理局に行くことに慣れ過ぎて、ルークヴァルトにとってはもはや庭のような場所となっているのかもしれない。
「それでは次の休みに……君の家に迎えに行っても良いだろうか」
「えっ、そこまでお手数はかけられません。魔法管理局の門の前で待ち合わせすることにしてはいかがでしょうか」
「……慣れない場所で待ち合わせするよりも、迎えに行った方がお互いに行き違いにならずに済むと思ってな」
「なるほど。ですが、それだとルーク様の時間をたくさん頂いてしまうことになるのでは?」
「次の休みの日は公務……ごほんっ。いや、丸一日、何も用事が入っていないから大丈夫だ」
「そうなのですか」
ユティアはふむ、と小さく考える。
さて、どうしようか。ここはルークヴァルトの気遣いを受けるべきか。
魔法管理局には一度も行ったことは無いため、確かに一緒に行った方が楽ではある。
ルークヴァルトは迎えに行くことは苦ではないと言わんばかりに気軽な感じで誘ってきているが、果たして本当に迷惑にはならないだろうか。
すると、ユティアが考えていることを読み取ったのか、ルークヴァルトはにこりと笑ってから穏やかに告げる。
「俺が君を迎えに行きたいだけだ。……駄目だろうか」
「……」
その言葉に、一瞬だけ胸がざわついたような気持ちになる。
今の心地は、昼寝に適した新しいクッションを発見した際に思わず心のままに触ってしまった時の心地と似ている気がした。
ユティアは令嬢方の間で流行っている恋愛小説を読むことはほとんどない。
だが、親友がどういう本のこういう場面が良かったと話してくるため、内容だけは知っていた。
……今の台詞は何だか、恋人が逢引する時の台詞みたい。
けれど、そう思っただけで、自分に対して特別な言葉だとは思わないようにした。
ただ、とても親切な人だなと留めておくことにする。それ以上の感情は、自分にはよく分からないからだ。
「では、ルーク様のご厚意に甘えさせて頂きましょう」
そう答えるとルークヴァルトはぱぁっと笑顔になる。
それ程までに迎えに来たかったのだろうか。
やはり、彼はとても奇特な人のようだと、昼寝好きな自分のことは棚に上げつつ思っていた。




