お昼寝令嬢、魔法の説明をする。
「では、一度この魔法を解くので、今度はご自身で魔法を使ってみて下さい」
「分かった。間違った部分があれば、遠慮なく指摘してくれると助かる」
「分かりました」
ユティアは指を軽く鳴らしてから、ルークヴァルトにかけていた魔法を解く。見た目は何も変わっていないが、これで通常と同じ状態になっているはずだ。
ルークヴァルトは彼専用の魔具である薄手の手袋を取り出し、両手にはめていく。
黒い革手袋は彼が長年、愛用している物のようで、少し擦り切れている部分があった。見栄を張って新しい物をすぐに買おうとせず、最後まで大事に物を使う人なのだろう。
「ご自身の魔力を髪の毛一本から、足の爪まで身体全体に纏わせることを意識して下さい。薄く結界を張るような感じです」
「言っていることは何となく分かるが……。実践しようとすると少し、難しいな……」
ルークヴァルトは両手を自身の胸元にかざしつつも、出力している魔力を身体に纏わせるために奮闘しているようだ。
集中している横顔は真剣そのもので、彼がこの魔法を一生懸命に覚えようとしていることが窺える。
余程、この魔法を必要としているのだろう。
「あとは……そうですね……。纏わせた魔力に熱を持たせるのです」
「熱?」
「私は日向ぼっこをする際の暖かで緩やかな熱を想像するようにしています。そして、その熱を今度は固めていくんです。人には見えない、けれど厚い壁を作るように」
「……難しいな」
「私もこの魔法を完全に習得するまで一週間はかかりましたから。あとは気合と魔力量で勝負です」
「わ、分かった……」
ユティア自身、あまり人に教えるのは得意ではないと自覚しているのだが、はたしてルークヴァルトにちゃんと伝わっているのか不安だった。
「よし、何とか上手くいったようだ」
「えっ」
こんな短時間でユティアが言ったことを理解して現実にすることが出来たというのか。
思わず口をぽっかりと開けそうになるのを抑えてから、ユティアは次の段階に移るように促した。
「それでは私が先程、呟いた呪文と同じものを発して下さい。──『光導く森の息吹は満ち足りて。汝が纏う鋼の盾となる。見えぬ鎧よ、邪なる心を打ち砕け。透き通る鋼の鎧』です」
ユティアは呪文に魔力を込めないように注意しつつ、唱える呪文をルークヴァルトへと教える。
この呪文もユティアが様々な魔法を研究して取り込み、術式を考え、そして形作ったものだ。
ルークヴァルトがこの魔法を発動出来るようにと静かに見守ることにする。彼は口の中で何度か呪文を言い間違えないように練習しているようだ。
しばらくして、呪文を完全に覚えたのか、ルークヴァルトは何度か深呼吸してから、はっきりとした声で言葉を発した。
「……光導く森の息吹は満ち足りて。汝が纏う鋼の盾となる。見えぬ鎧よ、邪なる心を打ち砕け──透き通る鋼の鎧」
瞬間、ふわりとルークヴァルトの銀髪が、周囲に風が吹いていないにも関わらず揺れた気がした。呪文の詠唱は一文字も間違えていなかったようだが、魔法は成功しただろうか。
「……上手く、いった……のか?」
「試してみますか」
「ああ」
ユティアは魔法で先程と同じ氷の短剣をすぐに作り上げていく。
「では、いきます」
氷の短剣をルークヴァルトへと軽く放り投げると、接触した瞬間に氷の短剣は破片と化していた。見えない鎧の強度もそれなりのようだ。
ユティアは満足そうに頷いてからルークヴァルトに視線を向ける。しかし、彼は驚いたように目を見開いているだけで、どうやら固まっているらしい。
「接触した際に痛みはありましたか?」
「いや、全くない」
「それならば、魔法の発動が成功したのでしょう」
「成功……。俺はこの魔法を習得出来たということか」
「そういうことです。……でも、悔しいです」
「え?」
呆けるルークヴァルトに向けて、ユティアはぷっくりと頬を膨らませてから答える。
「私、この魔法を創ってから完全に習得するまでに一週間かかったというのに、ルークヴァルト様は十数分程で自分のものにしてしまわれたんですもの。……私、あまり魔法の実力に関して興味はないのですが、自分が創った魔法をあっという間に身に着けられてしまうと少々複雑です」
面倒くさいことが嫌いなユティアだったが、この魔法を自分のものにするために、実は結構努力していた。
魔法の効果が確かに機能しているか確かめるために、何度も自分自身を攻撃してみたり、衝撃がどれ程伝わって来るのか、二階の部屋の窓から飛び降りたことだってあった。
家族は泣きながら危険なことはしないでくれと言っていたが、ユティアにだって譲れない矜持があった。
新しい魔法を創ったからには、その創作者は安全性や効果などをしっかりと理解していなければならないからだ。
それ故にこの魔法を習得していた時期のユティアは最も怪我が多かった。
もちろん、嫁入り前に傷を残しておくわけにはいかないので治癒魔法などで、綺麗さっぱり治してもらっており、今は一つも傷がない状態である。
「……すまない。それは申し訳ないことをしたな」
ルークヴァルトがどこか困ったように告げたため、ユティアは首を横に振ってから、薄く笑い返す。
冗談のつもりだったが、ルークヴァルトは生真面目なのか、嫌味として受け取ってしまったのかもしれない。
「冗談です。それに私の努力が足りないだけですよ。……その魔法がルークヴァルト様をしっかりとお守りすることを私は望んでいますので、どうかお気になさらないで下さい」
「……君の冗談は分かりづらいな」
「よく言われます」
ユティアが苦笑すると、それにつられるようにルークヴァルトも笑い始める。
あまり男性と話す機会はないため、ここまで流暢に喋るのは家族以外ではルークヴァルトが初めてかもしれない。
彼が纏う雰囲気や言葉はユティアにとって、とても穏やかに感じられたため、想像以上に話しやすかった。