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労働組合員のお仕事

作者: 金玉斎

『もしもし、労働組合の山本です』

『もしもし。山本さん?総務部の上野です』

『ああ、上野さん。どうかしましたか?』

『うん。えっと、うちの神山部長と飯島さんが不倫してるのよ』

『はい?』

『不倫ってさ、別に二人の問題だから、私がとやかく言うことではないよ。でも、職場での二人のできちゃってる感が半端なくて、私たち女性社員は働きにくい。で、新人とかニ・三年目の女の子だと本人たちに言いにくいと思って、私が労働組合に電話したわけ』

『不倫ですか・・・。個人的な問題については、労働組合として扱いにくいのですが』

『いや、だから職場環境の問題よ。働きやすい環境を整えるのがお宅の仕事でしょ?』

『あ、すみません。その通りです』

『あと、もう一つ問題があって、うちの部長、人事評価がフェアじゃない。飯島さんには色を付けて、他の女性社員の評価は低いのよ』

『それは問題ですね』

「でしょう?だから、そっちで神山部長を懲らしめて」

『・・・』

 会社の労働組合には、取扱い要注意の案件が次々と舞い込んでくる。ベテラン社員の上野さんはまだよい方で、電話でしっかりと部署の状況を説明してくれた。以前にも同じような社内不倫の内部告発が女性社員からメールで労働組合に寄せられたが、不倫の状況説明をメールで繰り返し確認していると、いつの間にか、自分が不倫やらセクハラやらの表沙汰にできないことに関わっているような気がして嫌なものだ。

『分かりました。内部告発として受理しますので、神山部長と飯島さんの不倫の状況について、労働組合への提出書類に分かる範囲で結構ですので、記入して頂けますか?』

『いいわよ。で、どういうことを書けばいいの?』

『どうって、職場で見聞きしている不倫についてです』

『例えば、神山部長が椅子に座っている時に飯島さんのスカートの中に手を突っ込んでいることとか?』

『はい』

『でも、それって難しくて、私から見たらセクハラだけど、二人にとっては愛を育んでいるだけだからねぇ。そういう相手の細かい所をチクチク突っつくのは、私の性に合わないわ』

『でも、職場での不倫ってそういうものですよね?』

『まあ。ふーん、分かった。書くわ』

『お手数をおかけします』

 後日、正式に上野さんから受理した内部告発状を基に、労働組合では神山部長の職場でのセクハラなどについて徹底調査。一週間後には、人事部から神山部長に厳重注意が言い渡され、神山部長は自ら辞任を申し出て「一身上の都合」で退職した。そして、神山部長を追うかのように飯島さんも退職してしまった。労働組合では、このような内部告発と心中のセットを「女性社員のガス抜き告発」と呼んでいる。


『もしもし、労働組合の山本です』

『もしもし。山本さん?総務部の上野です』

『おお、上野さん。また何かありましたか?』

『うん。あのさぁ、社内の噂で聞いたけど、労働組合長の中川さんと総務部の町田さんが不倫してるらしいよ』

『えっ!?うちの組合長が不倫ですか?』

『うん。こういう場合って、どうすればいいの?お宅らは鈍感だから気づかないだけで、総務の女性社員の間では不倫の噂で持切りになって、町田さんも働きにくいけど、私たちも働きにくいのよね。例の内部告発状、私が書いたらいい?』

『ちょっと待ってください。上野さんの話だと社内の噂のようですので、一度、労働組合の方でも、組合長に確認してみたいです』

『ふーん、分かった。でも、早くやってよ。総務の人間関係が悪くなる一方なんだから』

『はい、分かりました。調査の上、連絡させて頂きます』

 噂は本当だった。恐る恐る組合員三名で組合長を問い詰めてみたが、あっさりと白状してしまった。労働組合は人の出入りが少ない。その利点を活用して、私たち組合員が帰った後、組合長が町田さんを呼び出し、週に二回ほど、応接室でセックスしていた。

 そしてわずか二日後に、中川組合長は自ら辞任を申し出て「一身上の都合」で退職してしまった。時同じくして、中川組合長を追従するかのように町田さんも会社を辞めてしまった。この事件は、労働組合の名誉と教訓のために「女性社員のガス抜き」とは呼ばせず、「会社は子作りする場所であらず」として、紙に筆と墨で書きつけて組合の応接室に張り付けている。


 三月末。総務部の上野さんは定年退職された。私は過去二十年間分の内部告発状を整理してみたところ、上野さんの告発により会社をクビになった社員は延べ六十三名に上ることが分かった。内部告発は、上野さんにとって大事な仕事の一つだったのだろう。

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