まさくる木の葉
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おほ〜、ようやくこの辺りも梅の花が咲き始めたか。今年はだいぶ時間がかかったな。
梅の花って、一度咲いたら、結構長めに花開き続ける印象がある。ちょうど節分の辺りから勢力圏を増し始める気配もあって、季節の移り変わりを感じずにはいられない。
俺はいまだ、海外へ旅行したことがないんだけど、よその国じゃ四季というものが存在しない国もあるらしいな。そんで逆に、日本みたいに湿気が多いところで、体調を崩してしまう外国の人のケースも、耳にすることがある。
季節の違い、環境の違い。これは素直に受け入れていくしかないんだろうな。そして、そこで、その時でしかできない人や動物たちとの触れ合い、過ごし方を、大切にしていくべきなのだろう。
ある時期までは、そんなセンチなことを考えることはなかったんだが、あることをきっかけに考えるようになってしまってね。その時の昔話、聞いてみないか?
小学生の時分のGW明け。
男子のひとりが、新しいキャラクター鉛筆を引っ提げて、教室に乗り込んできたんだ。
クラスで人気のアニマルキャラクターのものだったけど、他の使っている人と比べると、描かれたキャラはまだ製品化の予定がなかったはずだという。
私的なオリジナルグッズ。興味をそそられた俺が、探りを入れたところ、「タヌキ屋」で引き換えてもらったとのこと。
タヌキ屋。聞いたことがない店の名で、尋ねてみたところ、彼は次のように語ってくれた。
GWに彼が親のお使いの途中で、近所の公園の前を通りかかったところ、赤い生地に黒の手書きマジックペンで、「タヌキ屋」と書かれたのぼりが立っていた。
なんだ? と思って近づいてみると、のぼりはリヤカーのヘリに差し込まれており、下の部分には「掘り出し物あります」と、ちょこんと小さく書き加えてある。
荷台にあたる部分は毛布で覆われていて、その上に商品が並んでいた。ラジカセや目覚まし時計といった日用品から、お人形やぬいぐるみなどのおもちゃも置いてある。その中に件の鉛筆も混じっていたらしい。
即席のリヤカーカウンターを挟む店主は、まだ少々時期の早い麦わら帽子をかぶった、ワイシャツ姿のおじさん。パイプ椅子に腰かけて、時々、呼び込みをしている。
彼が足を止めて鉛筆を見やっていると、こう告げてくる。
「このお店じゃ、お金は使えないよ。代わりに、木の葉を持ってきな」
不可解だ。相場も目的も、分からない。
けれども、このキャラクター鉛筆は、初めて見るもの。こいつはみんなの先を行けるぞと思ったそうだ。
値札がなく、店主の言い値で取引することになるが、木の葉に指定はない。この公園にあるものでも構わないとのことだった。
彼は茂みから適当な葉をむしり、店主に見せると「この葉だったら、あとこれだけ必要だな」と教えてくれる。それがゲームにおける、次のレベルへの必要経験値を表しているみたいで、彼はじょじょに楽しくなってきたそうだ。
葉の種類によって、値打ちは違う。より大きく、より深緑に近いものほど評価は大きくなるらしい。数十分かけて公園の大きい葉をあらかた取り尽くし、それでも足りない分を小さめの葉で補って、ようやく手に入れたとのことだった。
「私はこの辺りの公園を転々としている。もし見かけたら、またおいで」
友達の去り際に、店主はそう言い残していったそうだ。
店の名前。そして木の葉を集めていることから、俺たちはその店主がタヌキだと思い始める。
タヌキやキツネは、何かに化ける時は木の葉を頭に乗せる、という話を聞いたことがある。もしかして、店主が変身するための木の葉を集めているんじゃないのか、と噂になったんだ。
しかし、彼の持っている鉛筆は本物。
メルヘンで語られるように、俺たちが触れたとたん、煙のごとく、ぱっと消えてしまうとか、変化が解けて正体たる木の枝が出てきた、などという事態にはならなかった。
例の店主を探してみよう。そう考えた俺たちは、自分たちの通学路で通りかかる公園へ、放課後に足を運んでみたんだ。
ターゲットとした公園へ足を運ぶ途中、正面からこちらへ駆けてくる、年下の男の子とすれ違った俺。
手には、彼が見せてくれた鉛筆と同じものが握られていたんだ。その子が走ってきたのは、公園がある方向から。
もしや、と思って向かってみたら、あったよ。中途半端に葉をむしられた茂みの緑の上より、赤い生地に黒のマジック。「タヌキ屋」の文字が。
まじか、とのぼりの下へ向かうと、話に聞いていた麦わら帽子にワイシャツの店主が。
「見ていくかい?」と声を掛けられる。ちらりとカウンターに目をやると、例のキャラクター鉛筆が一本置いている。
一瞬、気持ちがそちらへ向いたが、すぐに引っ込めた。
これでは、二番煎じに過ぎない。もっと掘り出しものらしい掘り出しものがあれば、それの方がいい。
さっとカウンターの品々を見やると、これまた人気のアニマルキャラクターを模した、筆箱が目に留まる。
ファスナー部分がキャラクターの口にあたり、立てても寝かせても使えるデザインだ。大型百貨店で同じシリーズの動物たちが売られているのを見たが、やはり、まだこのキャラの筆箱は出回っていなかったはず。
こいつは目立つぞ、と購入意思を告げる俺に、「これはお目が高い」と、もっともなことを告げながら、笑みを浮かべる店主。
店ののぼりが見えた時点で、俺はすでに、手近に生えていた葉っぱを、何枚か確保していた。早速、店主の査定にかけたが、数秒間の観察の後、1000枚近い枚数を指定されたんだ。
相場が分からないから、勉強してくれているのか、足元を見られているのかも判断がつかない。それでも、俺は条件を呑み、せっせと同じ葉を集め始めたんだ。
けれども、足りない。800枚あたりで、同じ葉っぱが尽きてしまう。
仕方なく、他の葉っぱによる補填を申し出ると、また法外な――あくまで俺の感覚であって、「法」があるのか知らないが――量を提示されたよ。でも、中途半端であきらめるのは心残りだ。俺はせっせと葉っぱを摘み、抱え込んでは店主の下へ。
じょじょに減っていく残りカウントを頼みに、俺は公園の各所へ足を運んだ。もはやいくつかの植え込みは、すっかり裸にしてしまっている。元からあまり葉が残っていないものもあり、あの鉛筆を購入したと思しき、すれ違った少年の苦労がしのばれた。
「待っている子供たちのためにもねえ、葉っぱが必要なんだよ」
持ちきれなくなった葉っぱをカウンターへ届けるたび、店主は葉っぱを一枚一枚つぶさに眺めながら、語ってくれた。
店主はいわゆる出稼ぎで、この近辺をめぐっているらしい。家族はそろいもそろって暑がりで、これからの時期に備えて、冷たいものを用意しなくてはいけないとのこと。
「ジュースとかアイスとかじゃダメなの?」と尋ねる俺に、店主は手を横に振る
「ダメダメ。飲んだり、溶けたりしたら終わりだ。そんなものじゃ、あの子たちの面倒は見切れない。育ち盛りって奴でさ、早く育て切ってしまいたいのさ」
そういえばタヌキは、早いものだとそろそろ乳離れの時期か、と俺は思った。
狩りの仕方を覚え始めるとのことだが、化けるのだって大事な要素。そのためには練習のための葉っぱは、たくさんあるに越したことはないだろう。
そんなことを考えながら、葉っぱ集めに従事する俺。お目当ての筆箱を手にする時には、すでに公園の半分近くの植え込みから、夏が消え去っていたよ。
しばらくはヒーロー気分。更に追従する面々も現れたのは、公園たちの惨状を見れば明らかなこと。次々にオリジナルグッズたちが、教室に姿を現した。
かつて俺がタヌキ屋を利用した公園も、中央に立つクスノキの生え変わったばかりの葉は軒並み全滅してしまっている。そして、件のタヌキ屋も、ぱたっと姿を見せなくなった。
「ノルマを達成したかな?」と思い出した、雨上がりの夕方。通っていた塾の帰りに、コンビニでお菓子でも買おうとしたところ。
びゅうう、と音を立てて風が吹いて、俺は思わず肩を震わせた。
冷たい、なんてもんじゃない。寒かった。
他の通行人たちも、身震いしながら先を急ぎ始めているのが目に付く。更に、足元に広がっていた水たまりで、「ぴきっ」と音が。
目に見える速さで、水面に氷が張っていくんだ。空気はますます冷たさを増し、それに比例して氷の面積もひび割れ具合も大きくなり始める。
お目当てのコンビニは、もうすぐ近く。飛び込むように逃げ込んだ僕だが、そこの駐車場の車止め脇。かすかに生えている草たちに、霜が降りているのがはっきりと見えたんだ。
つい温かい飲み物を買ってすすってしまったが、この寒さはわずか20分ほどで、急激に引いて行ってしまう。草の霜、水たまりの氷などもすっかり解けてしまい、つい先ほどまでここにあった寒さの証は、文字通り氷解していった。
あまりにも短い時間かつ、局所的だったせいか、このことはニュースの天気予報でも触れられずに終わったよ。
俺はタヌキ屋が怪しいとにらんでいるが、証拠はない。ただ、タヌキ屋が葉っぱと一緒に、景色から夏の気配を奪うことを依頼したのは確かだ。
きっと、迎える夏に、しばらく出番がなくなることを恐れた霜や氷たちのため、あの時限りの「冬」に、主人は化けたんじゃないかなと、俺はそう思っている。




