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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第9話~手を繋ぐ~

 女子と一緒に下校。

 まさにパワーワード。それは世の男子高校生の憧れといっても過言ではないだろう。そしてそれは俺だって例外ではない。実際、そういったことを妄想しなかったかと言われれば嘘になるし、むしろ望んでいたくらいなのだ。


「千種さーん、遅いですよー。時間は有限なんですからぼけぼけしてるとおいてっちゃいますよー」


 相手があいつじゃなければな。


 高校の最寄駅に向かう道すがら、日和が俺の三メートルほど先でそう急かしてくる。あの小さい体のどこにそんなバイタリティが隠れているのかは知らないが、俺には俺の歩くペースがあるのだから少しはそれに合わせてほしいものだ。


「いやー、普通は男性が女性に歩調を合わせるものかと思いますがー、あー、そうでしたねー、女の子と歩いたことのない千種さんには少し高尚なお話でしたねー」


 どうやら俺の思いは断片的にではあるが言葉に出ていたようだ。しかしそれに対しての突っ込みは、言ったことの十倍ほど強烈なものとして返ってくる。軽く小突いたつもりが、思いっきり助走をつけてドロップキックをかまされたような気分だ。


「何をそんなに急いでるのかは知らないが、とりあえず目的地を教えてくれないか。行き先がわかれば、それに向けて時間の調節もできるだろ」


 そう、俺はこの後一体どこに向かうかを何も知らないのだ。昼休みの脅迫、もとい約束をした後、普通に午後の授業を受け帰宅しようと校門を出たところで拉致された。


『絶対に千種さんは逃げると思っていましたよー』


 周囲の人からは彼氏を待つ健気な彼女に見えていたかもしれない。

 実際、その言葉を発した時の日和は笑顔だったうえに、いつもの邪悪さをきっちりと隠していた。だが、その笑顔に正面から相対していた俺だけは見ていた。いや、見せられたと言った方が正しいだろう。満面の笑顔の中、目だけが笑っていなかったのを。

 あれは獲物を狙う捕食者のそれだった。その目を見てしまった以上、最後の抵抗も放棄し日和と一緒に下校するしかなく今に至るというわけだ。


「黙って帰ろうとしていた千種さんは大人しく私についてくればいいんです。女の子と一緒に帰るのが千種さんにとってレベルが高すぎるのはわかりますが、一生に一度の機会になる可能性が高いんですから楽しまないと損ですよー」


 相も変わらずの毒舌っぷりにもはやため息も出てこない。

 確かに今のところそういう予定はないが、将来はわからないじゃないか。もしかしたらとてつもない美人と、笑いあいながら並んで歩く未来もあるかもしれない。むしろあってくれ。


「そのお相手の笑いはきっと愛想笑いなんでしょうねー」


 とことん失礼な奴である。

 だが実際、もし自分が美人と歩くようなことがあれば、まるでしゃべれずとても気まずい空気になっている様子が容易に想像できてしまう。考えるだけで悲しくなってきた。


「ですから私がそんな千種さんとデートしてあげてるんじゃないですかー。ほらっ、ため息ばっかりついてないでしっかりとレディをエスコートしてください」


 そう言いながらスキップでもしそうな勢いで前を歩く日和。

 お前はレディというよりもガールの方がお似合いだ。などという余計な一言を言えば間違いなく殴られそうなので、胸の奥に封印しておく。

 しかし不思議なものだ。ひと月前まではこの道を三年間ずっと一人で歩くものだと思っていたのに、なぜか後輩の女子と一緒に歩いている。しかも先ほどの予想に反して日和との会話は途切れることなく、しかも限りなく自然体で接することができているのだ。

 人生とは本当に何があるかわからない。

 さっきまではスキップしそうであったはずの日和の歩みは、今では完全にスキップになっており、小さな体が上へ下へとぴょこぴょこ踊っている。それに合わせて髪を結んでいるリボンが一緒に揺れる。あの体の中にはどれだけのエネルギーが内包されているのだろうか。まるで歩く核弾頭のようだと俺が思ってしまっても仕方ないと思う。


「千種さん!どうしてそう目を離すとすぐに離れて行っちゃうんですかあなたは。スーパーではしゃいで迷子になっちゃう子どもなんですか!?仕方ありません。そんなお子様な千種さんは、素敵なお姉さんが手を引いてあげないといけませんねー」


 スキップしながら先に進んでしまう日和から少しだけ距離ができたと思ったら、そんなことを言いながら戻ってきた。そして俺の目の前まで来ると、その小さい右手で俺の左手をとる。


「お、おい日和!?」


「一緒に帰れるだけでなく、手までつなげるなんて今日で大人の階段を三段飛ばしくらいで登ってしまったんじゃないですかー?」


 繋がれた手が熱い。

 表情にはなんとか出さないようにしているつもりだが、内心相当焦っている俺をしり目に、日和はといえば余裕しゃくしゃくと言った様子だ。これではどちらが年上かわかったものではない。

 つながれた左手が熱く、そこに全神経が集中してしまうような感覚すら感じている。自分の物とは違う、小さく柔らかい感触に心臓が早鐘を打っているのがわかる。いきなりの子の展開は、純粋無垢な俺には刺激が強すぎたようだ。


「千種さん?初体験に感動しているのはいいですけど行きますよー」


 そんな俺の思いを知ってか知らずか、つながれた手を引いて歩き出す日和。もはや俺に余裕がないのはばればれなのだろうが、それでもなけなしの意地くらいの持ち合わせはある。

 女の子、しかも年下に手を引かれて歩くなど言語道断だ。歩を少しだけ早めて、一歩前を歩く日和に追いつき、そしてしっかりと手をつなぎなおす。


「まったく、いい加減どこに行くか教えてくれよな」


 どうだ。

 いきなりのことにちょっと焦りはしたがすでに心は平静を取り戻している。お前をリードして歩くくらいわけないんだよ、と内心で勝ち誇ってみた。


「手汗でべとべとの手で言われてもなんの説得力もないんですよねー」


 どうやらここでの勝負も俺の負けのようであった。いつになったら俺は日和に勝てるのだろうか。


 帰宅する学生やサラリーマン、買い物に出てきている主婦でごった返している夕方の駅前。

 家路を急ぐためなのか、それとも夕方のタイムセールに向かうためなのか。道行く人すべてが少し早歩きで歩いているようにも見える。平時であれば、俺自身あの雑踏に紛れて歩く一人なのだが、今日は違う。経緯にこそ多少問題はあるものの、後輩女子と手をつないで歩いているのだ。シチュエーションだけ見れば、まさしく勝ち組と言えるのではないだろうか。


「千種さん?さっきよりも手汗の量が増えてませんかー?やめてくださいよ。いくら私が可憐で美人で妖艶だからといって、こんな往来で興奮しないでください」

 

 相手側に多分の問題があるがそのくらいは我慢しよう。中身はどうあれ、日和は見た目は可愛いのだ。なんとなく認めたくはないがそれは事実だから仕方ない。

 他人からみれば青春の1ページだが、実はただ一方的に俺が罵られている状況。その状況の打開の糸口を見つけられないまま、日和に引っ張れるように駅ビルの中に突入する。

 そしてそこからさらに数分。一人では来たことのないエリアに到着した。


「レストラン街?」


 軽食のとれるようなカフェからしっかりと食事のできるレストラン、果ては今はまだ営業していないようだが、もう少し遅い時間に客が増えそうな居酒屋と、より取り見取りなフロアに俺と日和は足を踏み入れた。

 そこに一歩足を踏み入れた瞬間からすでにいい匂いが漂い始めており、夕方という一番腹が減るこの時間、腹がしきりに空腹を訴えかけてくる。


「ここです!ここのお店に来たかったんですよー」


 フロアの中ほど。その中でも周りの店と比べて特に目立った外観に目を引かれる店舗の前で、日和はテンション高く飛び跳ねる。


「前から気になってはいたんですけどねー。いかな私とはいえ、ここに一人で入る勇気はなかなか持てなかったんですよー」


 千種さんがいてラッキーでした、と言いながら満面の笑みを浮かべている。その笑顔に嫌な予感しかしないのだが、短いこいつとの付き合いとはいえ外れているとは思えない。

 パステル調の外観、ディスプレイされているのは見てるだけで胸やけしそうなスイーツのサンプル、店内に見えるのはどこもかしこも男女のカップル。そして極め付きはなんといっても店舗の入り口、一番目立つところにたてられたプラカードだろう。


“カップル応援フェア!カップルで来店のお客様に限り、お会計から三十パーセントオフ”


 なるほどな。

 ここまで見れば、どんなに鈍い奴でも自分が連れてこられた理由を察するというものだ。


「悪いが急用を思い出した」


「逃がすとお思いですかー?」


 握られた手に痛いほどの力を込めてくる日和。言外に絶対に逃がさない、逃げたら覚悟しろよという雰囲気がにじみ出ている気がするが、きっと気のせいではないだろう。


「ここのパンケーキが絶品だと巷で評判なんですよー。ただお値段が少々しましてですね。そこにやってきたこのフェア。そして隣には千種さん。これはもう運命と言うしかないんじゃないでしょうかー」


「運命も何も全部わかっててお前がここに俺を連れてきたんじゃないかよ……」


「細かいことはいいんですよ。私はパンケーキを安くいただける。千種さんは念願のカフェデートを体験できる。これぞまさしくウィンウィンですねー」


 輝かんばかりのドヤ顔でそう熱弁する日和。すべてが日和の掌の上のようで少々癪な気もするが、ここまで来て帰るほど俺も子どもではない。だからといって、このままはいわかりましたでは、それはそれで面白くないというものだ。


「ならここの料金はもちろんお前がもつんだよな?お前が食べたくて俺を強引に連れてきたんだから、そのくらい当然だろう?」


 もちろん日和一人に払わせるつもりなど毛頭ないが、こちらとしても少しくらい反撃したってばちは当たらないはずだ。

 これで日和が素直に謝るなりお願いするなりをしてくれば、それで勝ったようなもの。日頃の恨みを少しでも晴らせるというもの。

 しかし、その考えが甘いことをその直後に思い知らされる。


「そうですかー。千種さんは後輩の女の子とデートをして、女の子が行きたいと行ったお店が気に入らないからと驕りを強要するような人だったんですねー。まぁ、私はそんな千種さんでも構いません。千種さんに身も心も委ねると決めてますから」


 芝居がかったその台詞に、何言ってんだ馬鹿野郎と言ってやりたいところではあるが、いかんせん場所が悪い。

 ここに来る客は何も俺たちだけではなく、このカップルフェアに釣られた客がたくさんいる。現に店の前で俺と日和が言い争いをしている間も、何組ものカップルが入店していっている。その中には同じ学校の制服を着た奴ももちろん混じっているわけで。そんな中でこんな発言をされて、万が一聞かれてでもしたらどうなるかは言うまでもないだろう。

 それが聞かれた奴らの中だけで終わってくれればいいが、明日以降で誰かに言いふらさないとも限らない。というか間違いなく一人は言うに決まっている。

 噂という物は恐ろしい。

 仮に知らない顔の奴であったとしても、噂の力というのはすさまじい。尾ひれ背びれがついて広がれば、最悪校内での俺の印象は地に落ちてしまいかねない。もっとも今の印象がそこまでいいかと問われたら微妙なのだが、今よりもさらに悪くなるのはご免こうむりたい。

 とにかくだ、これ以上ここで日和に余計なことを言われるのはまずい。早いとここの減らず口を閉じてしまわなければなるまい。


「日和さん、早いとこ店に入らないか。俺は今猛烈にパンケーキが食べたい気分なんだ」


「まったく千種さんもしょうがない人ですねー。出来る後輩が付いていってあげましょう」


 いつの間に立場が逆転してしまった。情けない限りだが、こういうときは下手にでるのが一番だってじっちゃんが言ってた気がする。じっちゃんとか会ったこともないけどさ。

 しかしプライドを捨てたことで印象の暴落は下げられたのだからよしとしよう。納得はいかないけどこれでいいのだ。

 俺の返答に満足したのか、店の中に歩を進め始めた日和にほっと胸をなでおろす。だがそこで日和がふと歩みを止めてこちらを振り返った。非常に嫌な予感がする。


「この場合、パンケーキが食べたいのは千種さんなのですからお代は当然千種さんが持っていただけるんですよねー」


 予感的中。華麗なカウンター。

 満面の笑みで三十秒前の俺の台詞をそのまま引用してくるあたり、こいつは本当に小悪魔だ。

財布の中身大丈夫だったかな。


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