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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第6話~蠢くもの~

 自宅の最寄りのバス停で降車し、そこから家までは徒歩で十分ほど。日が短くなってきたとはいえ、夜の帳が降りきるまでにはまだそれなりの時間を要する。それでも少し薄暗くなってきている道を家に向かって歩いていく。

 今日はバイトのシフトも入っていないため、いつもより帰宅時間がだいぶ早い。早かろうが遅かろうが家で誰かが待っているわけでもないので構わないのではあるが、なんとなく今日は一人で家にいたくなかった。その理由は分かり切っているが、かといってどこに行くあてもない。気が付けばすでに家の扉の前まで来てしまっていた。


「ただいま……」


 シンっ、と静まり返った家に自分の声が響く。

カーテンが閉め切っている家の中に窓の向こうからの明かりは届かず、外よりも早い夜を迎えていた。

 両親は昔から忙しい人だったが、高校に入ったくらいからさらに忙しくなり、帰ってこない日も珍しくなかった。最後に三人で過ごしたのは一体いつだっただろうか。思い出そうとして、その思考に意味がないと感じすぐにやめる。 

 制服から部屋着に着替え、テレビのリモコンに手を伸ばしやめる。

 今はそんな気分ではない。

 どうしても昼間の日和との会話が頭から離れないのだ。あれだけ話を否定した本人のくせに、話の内容が気になってしまってしょうがない。考慮するにも値しない内容、それなのにどうしても忘れることができないでいた。


「闇、ねぇ……」


 言葉に出してみると尚更現実離れしているその言葉。

 しかし、急に雰囲気の変わった日和の様子と、その真面目な様子も同時に思い出す。


「普通に考えてありえないだろ」


 世界には闇という存在があり、それのせいで大きな戦争がいくつも起こった。そして自分の通っている高校でもそれが検知されたので、闇と闘う素質をたまたま持っている俺と一緒に戦いたい。内容を要約するとそんな感じだったはずだ。


「ばかばかしい話だ」


 自分の夕食を用意するため冷蔵庫の中身をチェックする。ベーコンと玉ねぎ、じゃがいもも確かあったはずだ。ホールトマトの買い置きもあったはずだし今夜はミネストローネとオムライスあたりでも作ろうか。

 一人で夕食を食べ始めた最初の頃こそ、コンビニやスーパーで買ってきたものを食べていたが、いつしかその代り映えしないメニューに飽き飽きし、自ら自炊をするようになっていた。

 それこそ初めての時なんて食べ物かどうか怪しいものしか作れなかったが、今となってはそれなりのものは作れるようになったと自負している。もちろんここにたどり着くまでに犠牲になった食材は数知れないが、今は作れるようになったのだからそれでいいのだ。

 材料を細かく切り鍋にいれよく煮込む。

 料理をするのは嫌いではなかった。むしろ好きな部類に入っていると言ってもいいくらいだ。時間も潰せて食費も浮き、自分好みの美味しいものを食べられる。

 料理を作っているときは沈んでいた気持ちの日であっても、その気分を少しだけ忘れることが出来た。

 しかし今日はどうだ。

 何をしていても昼間の会話がどこかにちらついてしまう。気にしないようにと努めれば努めるだけ思考容量の多くの部分がそれを考えてしまっていることを自覚する。いつもなら没頭できるはずの料理の時間も集中をすることがきず、結果、少しばかりオムライスがしょっぱくなってしまった。


 夕食を食べ終え後片付けをし、風呂に入り明日の用意も終わった。

 時計を見れば時刻はまだ二十一時を少し回ったところ。いつもならここから自身の思考の世界へ潜るのだが、今日はやめておいたほうがよさそうだ。どうしたって日和のあの表情がちらついて離れない。あの真剣な眼差しがずっと頭の中でこちらを見続けている気がする。

 これがもっと甘酸っぱい方面のことだったらまだよかったかもしれないなと、そこまで考えて強制的にその考えを止めた。


「何を考えてんだよ俺は」


 脱線しかけたというよりも、線路を突き抜けて公道に出てしまったとすら思える思考を元に戻す。

 もう今日は寝よう。

 何もかも忘れてしまおう。

 一晩眠ってしまえば大抵のことはある程度は頭が消化してくれるはずだ。人間の脳は眠っているときに、その日にあった出来事を整理しておいてくれるとどこかで聞いたことがある。そう思い、いつも寝る時間よりもだいぶ早いが就寝準備を整えベッドに入る。


“くれぐれもご注意を”


 最後の日和の言葉が、もう何度目かのフラッシュバッグを起こす。それを振り払うかのように寝返りを打つ。

 眠れない。

 どれだけ目を瞑り頭の中を空っぽにしようとも思い出してしまう。こちらの内面を見透かしてでもいるかのようなあの目を。

 結局、しっかりとした入眠を得られたのはそれから三時間後、日付を跨いでしばらくしてからのことだった。



 暗い校舎の中をそれは歩いていた。

 ぎこちない足取り。生まれてはじめて一人で立ち上がった直後の小鹿のような、今にも倒れてしまうのではないかといった様子で。時折立ち止まっては歩き、また立ち止まっては歩く。

 どこに向かっているかもわからない。しかし確実に歩を進める。それの足音だけが響く廊下は昼間、ここに通う生徒の喧騒で溢れかえっているはずの場所。時間とそこにいるものが違うというだけで、まるで別世界のようにその印象を大きく変えてしまっている。

 ひどく暗く陰鬱で物悲しい、そこにいるだけで心が折れてしまいそうなそんな感覚。


「誰かいるのか!?」


 不意に暗闇に光が差し込む。

 限局されたか細い光。それは考える。見つけなければよかったのにと。


「そこで何をしている!?」


 近づいてくる誰かに対してさらにそれは考える。

 今すぐ逃げればいいのにと。

 近づいてきた光がそれを下から順に照らし出すのを感じながらそれはまた考える。

 やめておけばいいのにと。


「こんな時間に一体何をっ……!?」


“カランッ”


 音を立ててそれを照らしていた懐中電灯が廊下に落ちる。

 壊れてしまったのかあたりを照らしていた光は途切れ、また周囲は元の暗闇に戻る。

 元通りの静寂を取り戻した空間でそれは思った。


“美味しかった”


 それが感じた強い感覚は、これから先、それの行動原理となっていく。この暗い校舎の中でうごめくただ一つの理由へ。


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