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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第5話~闇という存在~

 九月も半ばになってくるとまだまだ暑さは八月とほとんど変わりないが、日の長さは少しずつ短くなってくる。行きに汗だくで登ってきた坂道を、今度はゆっくりと駅に向かって下っていく。

 結局、帰りもバスに乗ることはなかった。行きと帰りで往復四百円くらいの定期代を損しているなんてことも頭の片隅で考えたが、一人でゆっくり考えながら歩きたい想いの方が強かったのだ。歩きながら思考を巡らすのは、昼休みの日和との会話。


「私と協力して“闇”を取り除くのを手伝っていただきたいんです」


 ただの与太話。

 そう言ってしまえばそこで終わりのはずだし、むしろお前は何を言っているんだと笑い飛ばしてもいいくらいの話だ。事実、あの後いろいろ考えた今でも思考の大半はそう考えている。

 それなのに、俺は完全にその話を否定することができないでいる。あの豹変ぶりとただならぬオーラ。おそらく俺が否定しきれていないのはそのせいだろう。雰囲気だけで人の思考を誘導するなど、それだけでおかしいと思うからこそさらにドツボにはまっていく。

 

 あの後、昼休み終了のチャイムが鳴り終わってからもまだ、日和の話は続いていた。


「端的に言いますと、校内に“闇”が蔓延しています。このままの状態が続けば誰かに被害が出ることは間違いありません。ですから千種さんには私と一緒にその原因を突き止め、取り除くことを手伝っていただきたいのです」


 いたって真面目な日和。それに対して言葉を返すことができない俺。

 五分くらい前の話のテンポが嘘のように感じる。それは話の内容のぶっとび様のせいかもしれないし、再び雰囲気のかわっている日和のせいかもしれない。どちらにせよ、俺は黙ってその話を聞くことしかできないでいた。


「おかしな話をしているということは十分に理解しているつもりです。中二病全開の痛い奴、よくて精神を病んでいるんじゃないかと思われるのが今の話を聞いた人の正しい反応だと思います」


 自覚しているのなら、“実は全部冗談なんですよー”と言ってほしかった。間延びした語尾でそう言ってくれたなら、きっと俺はまたチョップを喰らわすだけで済んだのだから。

 しかし、俺のそんな気持ちとは裏腹に話はさらに続いていく。


「ですが聞いていただきたいんです。これは嘘でも冗談でもなく極めて真面目な話ですので」


 そこで一呼吸置くと、日和は再び話し始めた。


「いきなり今の状況をお話しても理解しづらいと思いますので、順を追って説明させていただきます」


 確かにその方が話の理解は早いと思う。だが、それはあくまで常識的な話をしているときであって、こんな話をいかに順を追ったところでどう理解しろというのだろう。

 

「古来より人々が生きていく中で必ず大きな争いが起きてきました。紀元前では中国で起こった中華統一戦争。ヨーロッパを中心として展開されていたキリスト十字軍による争い、近代では第一次、第二次世界大戦などいずれも聞いたことのある大きな戦争です」


 歴史はあまり得意ではない方だが、それらの名前くらいは聞いたことがある。どれも教科書で大きく取り上げられている有名なものだ。


「これらの戦争、もっと小さな戦争や歴史上数々の争いごとなどもそうなのですが、その背景には必ず“闇”の存在があったと言われています。というよりも、そもそも争いの原因を起こす黒幕が“闇”なのです」


 あっけにとられるとはこのことか。内容のぶっ飛び具合がすごすぎて、うまく反応が出来ていない。

 しかし、そんなこちらの反応を伺いつつ日和は話し続ける。


「“闇”に関して詳しいことは残念ながらわかっていません。ですが、大きな争いが起きるところには必ず“闇”が存在していることは間違いないです。そして今回、この西高校で“闇”の反応を検知しました」


 詳しいことがわからないのに異常を引き起こすことは分かるらしい。言っていることがすでに矛盾している気がする。


「ということは何か、この学校で何か起こるっていうのか」


「そこが難しいところなのです。“闇”が存在すれば争いが起こるというのは必要条件であって十分条件ではないんですよ」


急に数学的な用語が出てきた。悪いが俺は数学もそんなに得意ではない。


「つまり大きな争いの裏には必ず“闇”がいるのですが、“闇”がいるからといって争いが必ず起こるわけではないのです」


 どうやら俺がその表現を理解していないということに気が付いたらしい。もう少し噛み砕いた説明をしてくれた。そのおかげで言わんとすることは理解できたが、内容は一向に理解などできてはいない。というより理解する気がないというのが正解だろう。


「しかし“闇”が検知された以上、そういった争いが起こる可能性は捨てきれません。どんなに小さな可能性であってもそれが危険である以上、火種は小さいうちにつぶす必要があります」


 話す声は冷静なようでどこか熱を帯びているように聞こえる。それだけ日和にとっては真剣なことなのだろう。しかし話を聞いているこちらとしては、それらの話は他人ごとにすぎない。そもそもにして、争いや火種云々の前に“闇”とはなんだというのか。獏前的としたその単語だけでは全く想像もつきはしない。

 その単語を聞いてあまりいいイメージを思い浮かべることはできないが、あくまでもそれは“闇”という言葉の持つ意味に対するものだ。人なのか概念なのか、はたまた信仰のようなものなのか。なんであれそれが実際に存在し、かつ大きな争いを引き起こすと言われてピンとくるものもなければ信じる理由もない。


「悪いがその話を俺が信じるにはいささか無理があると思うぞ。というよりもそんなこと誰も信じやしない。“闇”だかなんだか知らないが、そういったごっこ遊びは小学校で卒業したんだ。面子が足りないのなら誰か他をあたってくれ」


「そうできればいいのですが残念ながらそれは出来ないんです」


 首を振る日和。

 なぜだ。


「“闇”に対抗できる人材は限られています。この高校でその素質を持っているのは千種さんだけなんです」


 ここにきて更なる設定の追加。どうやら俺にまで特殊設定が付与されてしまったらしい。

 もはや笑いを通り越して少し哀れな気さえしてきてしまう。なぜその設定にそこまで固執するのか。それとも俺が信じるとでも思っているのだろうか。

 だとしたら答えはノーだ。


「そこまでいうなら何か根拠を見せてくれ。今の話が何か一つでも正しいという根拠を。それすらないのに今日会ったばかりのお前の話を信じられるわけがない」


「現時点で私が示せる根拠は何一つありません」


 目を伏せ俯く日和。話しにならない。


「信じてくださいとしか今は言えません。後日必ず何かしらのアクションが起こるはずですから」


「それじゃあそのアクションが起こったら呼んでくれ。それを見て信じるかどうか決めさせてもらうよ」


 昼飯のゴミを拾いその場を後にしようと立ち上がる。

 話は終わりだ。すでに午後の授業は始まってしまっている。どこかで時間をつぶして六限の授業に入るのがいいだろう。いくつかの候補を頭に浮かべ日和の傍を離れる。

 そんな俺に対して日和は何も言わない。何を言っても無駄と判断したのだろうか。それで正解だろう。何を言われたところで俺が信じることはないのだから。

 旧校舎に続く扉へ手をかけ開く。体を滑り込ませたと同時に俺の手から離れた扉は、慣性に従いゆっくりと屋上と校舎内を隔てていく。日和の姿があと少しで見えなくなると言ったその時だった。


「“闇”は必ず脅威を引き起こします。大きいか小さいかはわかりませんが。くれぐれもご注意を」


 俺の背に今日一番の威圧を込めた言葉が飛んできた。思わず振り返りそうになったが、なんとかそれに堪えその場を後にすることに成功したのだった。


 今思い出しても最後の台詞に寒気を覚える。圧倒的なまでの威圧感と凄み。どちらもあの小さな体から発せられたものだとはとても思えない。

 それでも俺があの話を信じることはないのだ。

 かつて憧れた世界は時と共に非現実だと結論はでている。今更それを蒸し返すつもりだとない。絶対に。

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