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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第4話~豹変~

 お互いに昼飯を食べ終わった(しつこく“あーん”をさせようとしてくるのを撃退するのに苦労したが)ここからが本題だ。


「さて、それじゃあ一つずつ質問させてもらうぞ」


「はいー、どうぞご自由にー。でもスリーサイズとかはだめですよー。乙女の禁則事項にあたりますので。体重も同じくですのであしからず。でもでも、好きな男性のタイプとかでしたら」


「話が進まないから質問に対する答え以外はしゃべらないでくれ」


「えー、お互いを知るためには会話が不可欠ですよー。敵を知れば百戦危うからずともいいますしー」


 一つの言葉にその数倍の返事が返ってくるので、こちらの返答も余計な蛇足が増えて本筋からそれていってしまう。これでは時間がいくらあっても足りやしない。


「わかった。それじゃあまずは自己紹介といこう。どうやらそっちは俺のことを知っているみたいだが、俺は何も知らないんだ。それじゃあフェアじゃないからな」


 名乗る前から素性を事細かに知られているということを問い詰めたくはあるが、そこから話をしてたら日が暮れてしまう。今はそれについては聞かずに我慢するのが大人の対応であろう。


「それもそうですねー。それでは私から自己紹介させていただきます。西高校一年二組、本山日和もとやまひよりと申します。十六歳、AB型、しし座、好きな食べ物はふわふわオムライス、嫌いな食べ物は茄子とピーマンです。好みの男性のタイプは」


「もういいわかった。それで十分だ」


 止めどなく出てくる言葉に何とかストップをかける。

 こいつに自由にしゃべらせていては余計な情報がどんどん増えていってしまう。だがここまでのやり取りの中で、ようやくこいつとの会話の方法が少しずつではあるがわかってきた。ある程度好きなようにしゃべらせ、必要な情報が出きったところでこっちから会話を中断させる。好き勝手しゃべる割にはこっちがもういいと言えば律儀にそこでしゃべるのを辞めるのだ。朝からの漫才はどうやら無駄ではなかったらしい。


「本山日和……ね」


 予想はしていたが案の定知らない名前だった。どれだけ記憶を思い返してみても名前に心当たりはないし、本山という苗字にも思い当たるところはない。


「私のことは日和と呼んでください」


「いや、今日会ったばかりなのにいきなり下呼びっていうのも……」


「何チェリーボーイみたいなこと言ってるんですかー。中学生じゃないんですから照れなくたっていいんですよー」


 気を使ったはずなのに貶められているのはなぜなのだろう。しかも見た目上は屈託のない笑顔でそういうのだから、なおの事たちが悪い。


「でしたらひーちゃんとか、ひよっちとかでも構いませんよー。は、まさか奥さんとか嫁とかそんなさらに進んだ呼び方をしたいとそういうことですか!?流石にそれはまだ早いと思いますよ。まずはお互いのことをよく知るのが先決だと思います!!」


「よし日和、次は俺の番だな」


 再度暴走しかけたので大人しく下の名前で呼ぶことした。事態がこじれる前に流すに限る。経験とはしっかりと生かしてこそのものなのだ。


「すでに知っているみたいだが改めて、名前は千種秀介、二年三組、血液型A型、星座はおとめ座、年齢十七歳」


「はいー、全部知ってますよー」


「だからどうして知ってるんだよ」


 軽い恐怖を覚えるのも致し方ない気がする。

 考えてもみろよ。初対面のはずの奴に自分の個人情報を知られているんだぞ?確かに今の情報化社会ではSNSやグループトークアプリなんかから、特定の人物の情報を得るのは簡単なのかもしれない。その気になれば、俺と同じクラスの奴に聞けばその辺りの情報は出てくるだろう。

 しかしだ、俺はSNSとかそういったものを一切やっていない。自分で言うのもなんだが、クラス内で浮いている俺のプロフィールなんて知っているやつはいないはず。言ってて少し悲しいがそれはいい。にも関わらずそれらを知っている目の前の女子生徒は一体なんなんだ。


「ご心配なく。そこまで警戒されなくても私はあなたに危害を与えるつもりはありません」


 日和の声のトーンが一段下がる。話し方もその雰囲気も直前までとはまったく異なる。まるで別人になったかのように。


「あなたに警戒されないようにと、なるべくフレンドリーな形にしてみたのですが、返って逆効果だったみたいですね」


 返事を返そうと思ったが、その豹変ぶりに言葉に詰まってしまった。それほどまでに異質。気のせいか威圧すら感じる。


「なーんてどうでした。大人のオーラ全開の私に見惚れちゃいましたかー。ほらっ、素直

に言っていいんですよー。日和さんの妖艶さにムラッときちゃいましたーって!」


「……お前」


「どうしましたー?ほんとに惚れちゃいました?私としては嬉しい限りですが、それでしたらしっかり言葉にだしていただきたいんですが」


 先ほどの不気味とも思えるほどのオーラなどすでにない。あるのは元通りの人のことを小馬鹿にしたかのように俺の顔を覗き込む日和。吐息が届く距離。覗き込む目の中に自分が写っているのが見える。


「ちっ近いんだよ」


 その目を直視できなくて、目を逸らすと同時に体ごと日和から距離をとる。

 女性との関わりなんて数えるほどしかなかった俺にとって、日和の距離は近すぎる。心臓が跳ねて鼓動が大きい。まるで耳のそばに心臓があるかのような感覚に襲われる。しかしそれは決して異性と接近しすぎたからだけというわけではないのだろう。

 こいつは一体なんなんだ。

 明らかに異質。どう取り繕おうとも、さっきの一瞬で俺の警戒値は最大まで跳ね上がっている。

 逸らした目をもう一度日和に向ければ、先ほどと同じ表情でこちらを見ている。最初はただの少しおかしい女生徒だとしか思わなかった。不信感こそあったが、それでもこいつとの会話をどこかで楽しんでいる自分もいた。

 だがさっきのあの変わりようはなんだ?大人を演じたと本人は言うが、あれは断じて演技で出せるような威圧感ではなかった。もっと体の奥底からにじみ出るような、言葉では表現できない根源的なもの。むしろそっちの顔が本当の日和と言われた方が納得できる。そういうレベルのものだった。


「お前は一体なんだ……?目的はなんなんだ……?」


 余計な問答はいらない。

 いくらもとの口調で取り繕おうとも警戒レベルを下げるには至らない。思考の片隅では、今のこの状況からの脱出手段すら考えて居るのだから。


「あー、やっぱりそうなっちゃいますよねー。もうちょっとこう和やかなムードでお話したかったんですけどねー」


「いいから要件を言えよ。俺に用があるからわざわざここまで来たんだろ?望み通り聞いてやるから早くしろ」


 今のところ日和に敵意はないように思うが、果たして次の瞬間にどうなるかなんてわからない。

 おそらく客観的にみて可愛い部類の女子だろう。普通であればこんな乱暴な言葉をぶつけるような相手ではないし、性格はあれだったがもしかしたら仲良くなれたのかもしれない。

 だがこいつはおかしい。

 器と中身があっていないような、うまい表現が見つからないがまさしくそんな印象。小柄な女生徒の器の中に一体何が潜んでいるというのか。

 背中に嫌な汗が流れるのを感じる。

 そんなこちらの心境を知ってか知らずか、日和は穏やかな笑みを崩すことはない。


「はーい。これ以上の焦らしはまさしく逆効果になっちゃいそうですねー。焦らしプレイも嫌いじゃないですが、千種さんに嫌われたくはありません。わかりました。端的に要件をスパッとお伝えします」


 校庭にいた他の生徒たちが徐々に校舎に戻っていっているのだろう。先ほどまで周囲から聞こえていた喧騒が徐々に聞こえなくなっていく。昼休みもまもなく終わりに近づいており、そろそろ教室に戻らなければならない時間だということだ。

 しかし、今の俺の思考は日和の言葉に集中されている。目の前の人物から、視線を切るわけにはいかないのだ。


「今、この学校は“闇”に憑りつかれています。私が千種さんにお近づきした目的はひとつ」


 言われている言葉は日本語で、単語の意味も理解はできる。だけど言っていることが何一つ理解できない。矛盾するようだがそんな心境。朝のあの妄言とも取れた言葉が、嘘ではなかったとでもいうのだろうか。


「私と協力して闇を取り除くのを手伝っていただきたいんです」


 遠くで昼休みの終わりをつげるチャイムが鳴っている。

 しかし、俺はそこから動くことが出来ないでいた。その真実味のないありえない言葉を、一笑のもとに切り捨てることが出来なかったから。


 きっとここが分岐点。俺の今後を大きく変容させてしまう分かれ道。これより俺の日常は非日常へと向かっていくこととなる。


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