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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第36話~希望の消失~

 真冬の旧校舎の屋上は少し強めに吹く北風のせいで、ただでさえ寒い気温がさらに体感温度が低く感じられる。だけどそれは、きっといつも一緒にいたあいつが、ここにいないからということも大きいのだろう。失ってから気付くというのはこのことなのかと、否が応でも身震いする寒さから実感してしまう。


 こんな風に日和が突然ここに現れなくなり、一人で過すのは今回で二度目。だけどあのときと決定的に違うのは、俺がどんなに会いたいと思っていたとしても、もう会えることはないということだ。

 日和に出会うまでは、卒業までずっとここで過ごすのは一人だと思っていたはずなのに、一人じゃないことを一度経験してしまえば、こんなにも一人でいることが辛くなる。

 確かにそこにあったはずの物が忽然と消えてしまったというやるせなさに、ポケットに突っ込んでいた日和のリボンを無意識に握りしめていた。


「よう、やっぱりここにいたのか」


 何も考えず一人で黄昏るように屋上に立つ俺の耳に、この場所で聞くはずのない奴の声が聞こえた。


「よく……、ここがわかったな」


 こんな場所に来るような物好きは、俺のようなはみ出し者か、もしくは日和のように何か目的のある奴だけだと思っていた。

 もっとも伏見の場合は、きっと俺がいつもここで過ごしていることを知っていたのだろう。校内のあらゆる情報を網羅する伏見のことだ。知っていても、特に興味がないから関わることもなかったといったところか。


「あんなに必死な顔した奴のお願いだからな。結果も早く知りたいだろうと思ってこんなところまでわざわざ来てやったんだよ」


 感謝しろよ、と言いつつも涼しい顔をする伏見。こいつにとっては、俺が喉から手が出るほど欲しい情報を手に入れることなど朝飯前に違いない。

 俺と日和だけがいたはずのこの場所に他の奴がいる。あまりいい気分はしないはずなのに、今はあまりそうは感じない。


 多分俺は、そばに誰かがいることに安心しているんだと思う。今まで一人で過ごしていた俺に、日和という存在ができた。それを失ってしまった今、俺はきっと、一人でいることに耐えられなくなってしまったのだろう。

 やることがあるうちは、それを目指して頭を働かせているおかげで余計なことを考えなくてすんでいるが、多分、思考を止めてしまえばもう立ち上がれない。いまだに腕に残る冷たくなっていく日和の体の感覚。それを認めたくない一心でこうしているけれど、本当は心はぼろぼろで、今すぐにでも誰かにすがって泣いてしまいたい。

 ふとした瞬間に折れそうになる心。それを支えているのは、自分自身のやせ我慢というあまりにも不安定な柱。吹けば消し飛んでしまいそうなほど弱々しい。


「それでどうだったんだ?」


「お前から頼まれた、一年の“本山日和”についてだったか。午前中使ってしっかり調べてやったよ」


 だけどそんな折れかけた内情は表情には出さずに伏見に尋ねる。俺が伏見に頼んだのは、日和という人物についての校内でのあらゆる情報の収集だ。

 あんなことがあって初めて気が付いた。あれだけ一緒にいて、あまつさえ好意すら抱いていたというのに、俺は本山日和という人物について何も知らなかった。

 プロフィールだって、最初にあいつが捲し立てていたことしか知らない。それすらあの時はちゃんと聞いていなかったせいか、細かいところまであまり覚えていない。そもそもあいつに友達はいたのか、クラスではどんな様子だったのか、そんなことすら俺は何も知らなかったのだ。


 そんなことだから最後のあの場面、日和が自分から話すまで、俺は日和と過去に会っていたことすら気が付けなかった。あんなに日和が大切にしていた思い出ですら、俺は何一つ気が付いてやることができなかった。


 ただただ愚かで、救いようのない間抜け。


 だからこそ伏見に調べて欲しいと頼んだのだ。認めたくはないし、口にしたくもないが、仮に日和が死んでしまったのだとしても、あいつが存在したという確証が欲しかった。あわよくばあいつに繋がる何かを手に入れることができればいいと、そう思ったのだ。


 だけど現実はそう甘くはない。現実は、いつだって俺のそんな甘い考えを一瞬で折に来る。


「期待を持たせてもあれだからはっきり言う。一年、いや校内のどこを探しても“本山日和”なんて人間はいなかった。全学年、教師、それどころか用務員なんかも含めた校内に出入りする関係者すべてを含めてもだ」


「なに、いって……」


「事実だ」


 伏見の言葉が突き刺さる。

 その事実を告げる伏見の表情は真剣そのもので、嘘を言っているとはとてもじゃないが考えられない。平時であれば、その情報をこの短期間でどうやって集めたのか、情報の根拠は何なのかを問い詰めるところだが、とてもじゃないがそんな余裕などなかった。


「お前から聞いたクラスでも“本山日和”について聞いてみたが、そういったやつのことを知っている人も誰もいない。全員知らぬ存ぜぬときたもんだ。聞いて回ってた俺がまるで変人みたいな扱いだったよ」


 この結果も想定しなかったわけじゃない。いつだって日和は起こった事件に対する痕跡を綺麗さっぱり消していたという前例がある。今回だって、きっとあの黒服が日和がいたという痕跡を消去したのだろう。


 しかし今、伏見が言っていたことが事実だとするならば、おそらく日和があの日話したプロフィールは全部嘘。“闇”を倒すために、校内に潜伏する用にでっちあげたものだということだ。

 いくら想定していたとはいえ、俺自身の中でそうであって欲しくないと思い続けていただけあってこれは堪える。


「そっか。悪いな伏見、手間かけて」


 万策尽きたというわけではないが、正直精神的にそろそろ限界かもしれない。そんなに心が弱いつもりはなかったが、さすがに昨夜からの度重なる衝撃は容赦なく俺の心をひねりつぶそうとしている。そして、その攻勢に抗えるだけの余力が俺にはもうほとんど残っていないのだ。


 あいつがいなくなったという事実を認めて、山ほど泣き叫んで、その上であいつに出会う前の日常に戻れば、いつかはこの気持ちを忘れることが出来るのだろうか。

 こんなことなら、こんな気持ちになるくらいなら、いっそのこと何も思い出さなかった方が楽だったのかもしれない。


 収穫無しという事実が俺の心に深い影を落とす。俺の頼みに応えて、その上でわざわざ俺を探して旧校舎まで出向いてくれた伏見には悪いが、今はもう誰とも話したくない。


「昼飯、今度奢るからさ」


 ここに来ることもしばらくはないだろう。もしかしたらもう二度とくることもないかもしれない。ここにいると、嫌でもあいつのことを思い出してしまうから。


「千種」


 屋上から出ていこうとする俺を伏見が呼び止めた。


「前に警備員が一人行方不明になったって言ったよな。あれの続報だ。昨日の夜、宿直の教師が同じようにいなくなったみたいだぞ」


「それがどうした……?」


「いや、いい情報をやれなかったからな。せめてものお詫びだよ。情報屋としての矜持ってやつだ」


 もし二日前にそれを聞いていたらきっと目の色を変えて食いついたであろう情報だが、今の俺にはもうどうでもいいことだ。何もかもが遅すぎた。

 例えそこに“闇”が関わっていたのだとしても、今の俺にとって日和以上に優先することなんてない。だというのに、その目標すら潰えそうになっている今、俺が“闇”と戦う理由なんて何一つないのだ。


「それからもう一つ」


 何も言わない俺の背中に伏見がさらに言葉をかける。


「生徒会長がお前に話があるんだとさ。放課後に生徒会室に来いって言ってたぞ」


 振り返ることもなく右手を上げ、今度こそ俺は屋上を背にしたのだった。


今回は少し短めですみません。

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