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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第31話~伝えられなかった言葉~

 意を決して気持ちを伝えようとした俺の言葉に、被せる様にして呟く日和。その表情は俺が今までみたどんな日和とも違っていた。


「千種さんは、ああいった年上が好みですか?」


 不安げに揺れた瞳が俺を射抜く。その言葉は弱々しく、いつもの日和を知っている俺からすれば、とても信じられないほどに儚げだった。


「そう……だな、嫌いではないな」


 嫌いではない。それは俺の本心で、嘘偽りのない本音だ。


「そうですか……」


 俺の返答に、あからさまに落ち込む日和。自分で聞いたくせに、今は聞かなければよかったという表情で俯き地面を見つめている。繋いでいた手も小刻みに震えているような気がするのは、きっと俺の気のせいではないのだろう。


 こんなにわかりやすく自分の気持ちを見せている相手に対し、俺は何をしり込みしていたんだろうな。


 思えば最初から、日和は自分の気持ちをしっかりと俺に伝えていたではないか。

 あの坂道で突然話しかけられた時も、旧校舎の屋上に現れて一緒に昼飯を食べるようになった時も、喫茶店で自分の正体を明かしたときも、あの夜に俺を助けてくれた時も。


 いつだって日和はちゃんと気持ちを俺に伝えてくれていた。ただその伝え方が少し捻くれてて、さらには“闇”だなんだというおまけがついていたから分かりくかった。


 違うな。いつだって、俺が素直に受け止めていなかったから気づけなかったのだ。

 

「なぁ、日和」


 こいつも俺も似た者同士で、どこか捻くれているから相手に気持ちが正しく伝わらない。


「なんですか……?」


 だからこそ、こいつにこんな不安そうな目をさせることになっている。


「この数か月、お前に出会ってからいろんなことがあったよな」


 “闇”などという、荒唐無稽なものの存在を聞かされ、あまつさえそれと戦うことになってしまった。

 一度は死にかけ、日和に助けられ、そして再びそれに挑もうとしている。関わらなければいいことなのに、わざわざ自分から首を突っ込んで危ない橋を渡る。毎夜日和と二人で校舎を歩き、見つかるとも知れない“闇”を探し時間を浪費もしている。


 だけどそれは、全部俺が望んだこと。


 最初こそ日和のことを怪しんでいたが、結局のところ俺は、日和と一緒にいたいだけなのだ。その気持ちが大きくなっていったから、俺は今もこうして日和の隣にい続けるのだ。例えそこに危険がつきまとうことになろうとも。

 

「二学期開始早々に変な奴にいきなり絡まれてさ、最初はほんとどうなることかと思ったよ」


「千種さんに絡むなんて、随分と物好きな方がいらっしゃったんですね」


「ほんとにな。その日のうちに人の秘密の場所まで見つけ出して、挙句の果てに“闇”と戦えときたもんだ。開いた口がふさがらないってのは、ああいうときに使うもんなんだって思ったよ」


 俺の回想の意図が見えないのか、日和は少し訝しむような視線でこちらを見ているが、それでも話しを合わせてくるあたりは流石だ。さりげなく毒を吐く辺りも日和ならではと言ったところだろう。


「その後もそいつはさ、どんだけ俺が突っぱねても、何にもなかったかのように毎日毎日屋上に来て、一緒に昼飯食い始めるんだよ。こいつの神経は多分鋼鉄製なんだろうって、日に三回は思ったあの頃が懐かしいな」


「それは褒めているんでしょうか?」


「褒めたつもりはない。呆れはしているがな」


 なんとなく日和は不服そうだが仕方がない。これがその当時の俺の嘘偽りない心情なんだ。むしろそんな不審な奴なのに、邪険にせずに付き合っていたのだから感謝して欲しいものだ。いや、邪険にはしていたか。そこは訂正だ。


「そんなよくわからない毎日にも慣れてきて、それどこか、どこか楽しみを覚えてきた矢先の話だ。そいつが急にデートをしようとか言い始めてな。正直なところ、そんな経験もない俺にとっては、口ではいろいろ言ってたけど内心ではすごい嬉しかったんだ」


「その話は今は……」


「しないと話が進まないから」


 信頼した矢先の裏切り。上げてから落とすという、まさに常套手段を味わった時のやるせなさ。ここ数年の中でも一番の怒りと落胆を同時に味わった出来事だった。

 日和の表情がにわかに曇るが、それでも俺の気持ちをちゃんと伝えるためにはこの話は避けて通れない。


「その時は俺も頭に血がのぼってさ。言わなくてもいいことまでいろいろ言った気がするし、今はそいつに悪いと思ってる。そいつもきっと必死だったんだって今ならわかるんだよ。それでもその時はただ裏切られたって気持ちばっかりでしばらくの間不貞腐れてたっけな」


 本当に今思い出すと情けない以外の何物でない。

 相手の言うことに耳を貸さず、一人で怒って、挙句の果てには暴言を吐く。もちろん全て俺が悪いと言うつもりはないし、あんな話を信じるなんて言うのはいささか無理がありすぎる。

 それでも俺が今も後悔しているのは、あんな風に一方的に罵るのではなく、少しだけでもよかったから話を聞いてやるべきったんじゃないかということだ。例えそれがどんなにばかげた話で、どうあっても信じられないような話であったとしても。俺の生活に彩りを与えてくれた人物からの真剣な話だ。信じないまでも関係まで断つ必要はなかったのだ。


「自分から関係を終わらせたのにさ、あの時はしばらくほんとに無気力みたいになっちまってまいったよ。何にもやる気が起きなくて、それなのに意味も分からずそいつのことばっかり考えちまうんだ」


 その言葉に、曇っていた日和の表情に光が差す。

 自分で口に出していることなのだが、今の俺はだいぶ恥ずかしいことを言っていると思う。というか相当に気障でくさいことを言っているだろう。

 だけどまぁ、この後さらに恥ずかしいことを言おうとしているのだから、このくらい言えなければお話にならない。それを伝えるために、わざわざ日和が思い出したくないであろう話題まで持ち出しているんだから。


「考えるだけでどうしたらいいのかわからない。そんな毎日を過ごしているうちに、ついにあの夜が来た。俺の考えとか、常識とかを根底からひっくり返すあの夜がさ」


 忍び込んだ夜の学校で、命がけの鬼ごっこをしたあの夜。パイプ椅子で思い切りぶん殴っても、粉塵爆発で吹き飛ばしても倒すことが出来なかったあの人体模型。逃げ切ったと思ったあの屋上に日和がいなければ、こうして今俺はここにはいないのだろう。


「あの夜、ばらばらにしたはずの人体模型に追い詰められた時にお前に助けられた。そしてこうして今日まで、一緒に“闇”と戦っている。毎日をお前と、日和と一緒に過ごしながら、多分俺はお前のことが……、って聞いてるか日和?」


 人が一世一代といっても過言ではないことを言おうとしているというのに、こいつきたら、顎に手を当ててなにやら考えるポーズをとっているではないか。このくさい台詞を言うのにどれだけの精神力を使っていると思っているんだよ。

 そんな俺の気持ちなど知ってか知らずか、日和はとんでもないことを言い放ってきた。


「すいませんが、今の下り、もう一度言ってもらえませんか?」


「もう一度ってお前、いろいろと空気を」


「必要なことなんです!」


 なぜこんな状況になっているのだろう。さっきまでの雰囲気は、どう考えても日和が柚葉さんに嫉妬して、その流れで俺が日和に思いを告げようとしていた場面だったはずだ。それがどうして真面目な顔で、台詞の言い直しを求められているのだろうか。

 俺の言葉に感動して、もう一度聞きたいというのならまだ救いはあるのだが、どうやら表情的にはそうではなさそうだ。


「……ちなみにどの辺の所だよ」


「あの夜、辺りからお願いします」


 こいつ、本当は覚えてて俺に恥ずかしい思いをさせたいだけじゃなかろうか。

 それでもしぶしぶ、しかも嫌々ながらも直前の台詞を思い出そうとしているのは、きっと惚れた弱みってやつなんだろうな。


「……あの夜ばらばらにした人体模型に追い詰められた時に、お前が助けてくれたおかげで、俺は“闇”と戦うことになったって辺りでいいか?」


 完全に同じではないが、概ねこんな感じだったとは思う。その続きに関しては出来ればちゃんと伝えたいので、一度確認のために日和を見る。しかし、それに対する日和からの返事はない。

 俺の話を大事なところで遮って、復唱までさせた挙句に無視とはな。ほんとにこいついい性格してやがるよ。身長はちっちゃいくせに、態度の大きさはギネス級なんじゃないだろうか。


「確かめたいことがあります」


 仕方がないので日和が何かを言うのを待っていたのだが、思考の中から帰って来たかと思った途端、つないでいた手をいきなり離し、進んでいた方向へと走り出そうとするではないか。


「お、おい!?確かめたいことってなんだよ!!というかどこまで置いてきぼりなんだ!?」


 思考的にもすでに置いてきぼりだが、どうやら物理的にも置いていかれそうな状況に、慌てて待ったをかける。雰囲気がもう先ほどまでの甘いものではないということは分かっているが、流石に状況説明くらいはしてほしい。でなければ、俺のちっちゃな決意が流石に可愛そうだというものだ。


「今はお話している時間がありません!後で必ずちゃんと話しますので、今は許してください!」


 そう言って、今にも走り去ってしまいそうな日和の表情は相当焦っているように見える。一瞬、俺の話の続きが聞きたくなくて、この場から逃げるために適当なことを言っているのではないかとも思ったが、その焦りぶりからして本当に何か思い当たることがあるのだろう。俺の言葉の何にヒントを得たのかは分からないが、日和がこれだけ焦るのだ。多分“闇”に関する重要なことに気づいたことは想像に難くない。


「わかった。気を付けて行けよ」


 ならば俺にできることは、日和を気持ちよく行かせてやることしかない。

 俺の気持ちを伝えるのに、今はベストタイミングだったとも思うが、物事には優先順位ってやつがある。どう考えても今俺の気持ちは最優先事項ではなさそうだ。

 “闇”についてのことであるなら、絶対に優先させなければならないことだし、俺もついていきたくはあるが、日和の様子を見れば足手まといはいない方がいいだろう。


「本当にすみません!今日はとても楽しかったです、また明日学校で!」


 一刻の時間すらも惜しいのか、そう言いながら日和は走り出していった。一体、日和は何に気づいたというのだろうか。さっきの俺の話に特に重要なキーワードなどはなかったはずだが。


 走り去る日和の背を見ながら、自分が話した内容をもう一度最初から思い返し始めたのだが、もうだいぶその姿が小さくなった日和が、こちらを振り返り笑顔で言った言葉のせいで、俺の思考は今日一番の停止を見せることとなってしまう。


「続きは明日しっかり聞かせてくださいね!私もきっと同じ気持ちですから!」


 言うが早いか、再び走り出した日和が再度こちらを振り返ることはなかった。


 最後にそんなこと言うんじゃねぇよほんとにさ。


 もはや、日和に伝えた言葉なんて思い出せやしない。日和の最後の言葉が頭の中でリピートしてしまい、口角が上がるのを制御することができなくなってしまったのだ。


『私もきっと同じ気持ちですから!』


 気持ちはきっと伝わっている。それなら今夜はそれでいい。また明日、いつもと同じようにあの屋上で、しっかりと言葉にして伝えればいいだけなのだから。


 もう見えなくなってしまった日和の背中を追いながら、明日の昼休みに日和に会うことを想像する。そのせいで、口角どころか顔全体がおかしな動きを始めてしまったのは、きっと仕方がないことだと思うんだ。すれ違う人に奇妙な物を見る目で見られたのも、きっと仕方がないことだと思う。




 だけどそれが間違いだったことに気づくのはこの数時間後のこと。この時に強引にでも何に気づいたのか聞いていれば、あんなことにはならなかったはずだ。

 もしくは日和に一緒についていけばきっと、違った未来があったはずだった。


 そう思っても全てはもう遅い。俺はただ、一時の幸せに浸っていたのだから。


今回もお読みいただきありがとうございます。

また、始めて目を通していただけた方もありがとうございます。

もし少しでもお気に召していただけたら、『ブックマーク』『評価』をして頂けると嬉しいです。お手数とは思いますが、何卒よろしくお願いいたします。

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