第3話~再会~
今回少しきりが悪かったので短めです。
何卒、ご容赦ください。
普段授業を受けている教室のある新校舎棟から渡り廊下を渡り、実習棟を通過したその先。今は備品や使わなくなった教材やなんやかんやが詰め込まれ、ほとんど倉庫のような使われ方をしている旧校舎。この高校ができた当初に使われていたらしいが、時代とともに手狭になり、今の新校舎が完成してからは訪れる人がほとんどいなくなってしまったらしい。
その旧校舎の一番奥の階段を上った先。老朽化のせいか誰も来ないために閉め忘れたのか、鍵の空いた扉の向こうに広がる屋上の一角が俺のいつも過ごしている場所だった。その場所は新校舎棟や実習棟からはちょうど影になっていて、他の校舎から目に触れる可能性は低い。逆側も木々によって視線が遮られているため、誰の目を気にする必要もない。
おまけに給水塔が設置されている部分にちょうど小部屋があり、雨が降ってもその中なら何の問題もない。最初にここを見つけたときには、まるで自分の秘密基地を見つけた子どものように夢中になったものだ。
誰も来ていないだけあって汚れ果てていたが、それを片付けていく時間すら楽しく、見つけて一週間もたつころにはそれなりに過ごしやすい空間を確保することができたのだった。
「朝から散々な日だ」
小部屋の外、日よけのため迫出したコンクリートが日陰をつくるちょうどその部分に腰を下ろす。
朝から変な奴に絡まれ、授業には遅刻し、クラスメイトには変な噂をたてられる。午前中だけでこの不幸具合。ちょっとした厄日といっても差し支えないんじゃないだろうか。
思い返すだけで疲れてしまう午前中を思い出しため息をこぼしながら、菓子パンの袋を空け一口かじる。
「いやー、いい場所ですねー。年頃の男女が逢引するにはうってつけの場所だと思いますよー」
「ぶふぉっ」
「汚いですよー。いくら私のかもし出すフェロモンが刺激的だからって食べてるものを吹き出すのは感心しませんねー」
口に含んだパンは胃に入ることなく宙を舞いそのまま地面へ。若干気道に入ったがそんなことはこの際どうでもいい。
「どうしてお前がここにいる」
「朝はお話がちゃんとできなかったものですから。お昼休みだったらゆっくり話ができるかなーと思いましてー」
「俺が聞いているのはそういうことじゃなくて、どうしてここに俺がいるってことを知っているのかってことだ」
語気を強くして半ば脅すような雰囲気で問い詰めるが、目の前にいる奴はどこ吹く風といった様子でそんなことを宣う。
もちろん俺以外の誰でもここに来ることは可能だ。扉に鍵をかけているわけでもないし、特別この場所を隠すようなことはしていない。
しかし電気もろくに点かず、踏み込むことすら躊躇われるこの場所にすき好んでくる奴はそうはいない。しかも俺と話をするためにここを訪れているってことは、この場所に俺がいると知っていたということだ。それがわかっているのかどうかは知らないが、目の前の変な奴の表情は朝と変わらず笑顔そのままだ。
「そうですねー、話せば長くなるんですけど」
「端的にわかりやすく説明してくれ」
「尾行しました」
説明は6文字で終了した。
「いやつけるつもりとかは全然なかったんですよ?ちょっとお話をーと思いまして千種さんの教室に伺ったんですけど、ちょうどどこかへ行かれるようでしたので、どこへ行かれるのかなーと後ろを歩いていた結果、ここにたどり着いたというわけなんですはいー」
しかもそのまま説明し始めた。
身振り手振りを加えて必死に説明する様子はさながら小動物のようで微笑ましくもあったが、残念なことに今は笑顔で対応できる気分ではない。こいつのせいで朝から災難続きだったというのに、加えてその張本人に俺のお気に入りの隠れ家までばれてしまったのだ。この状況でにこやかに応対できる奴がいるとしたら、そいつはもう仏かなんかの類なのだろう。少なくとも俺にはそんな慈悲の心の持ち合わせはない。
「俺はお前と話すことは何もない。とっとと自分の教室に帰れ」
「そんなこと言わずに一緒にお昼しましょうよー。今なら思春期男子の憧れ、可愛い女の子のお手製弁当を“あーん”して食べさせてあげるオプションもついてますよー」
「……昼飯は一人で食べたいんだよ」
少し気持ちが揺らいだがなんとか表情には出さずにすんだ。
このままではまずい。俺は今この望まれない来訪者に対して怒っているのだ。毅然とした対応でこの場から速やかに排除し、一人の時間を取り戻さなければならないのだ。こいつのペースにのまれれば、朝と同じく漫才のような流れになってしまうことは必至。こういうときは舐められたら終わり。しっかりと自分の主張を伝えて速やかにこの場から退場させなければならないのだ。
「さーさー、時間がもったいないですし早く食べましょうー。さ、千種さん、ウインナーがいいですかー。卵焼き、唐揚げ、ブロッコリーもありますよー。心の広い私は千種さんのリクエストを絶賛受付中です」
「こっちの主張を聞けよお前。すでに食べる準備完了してんじゃねぇか」
俺の目の前に座り込み、すでに膝の上には女子っぽいパステルカラーのナフキンに置かれた弁当箱が広げられている。確かにコンビニに売られている味気ないパンやおにぎりと比べれば、それはさながら幕の内弁当のような輝きを放っており、またも心が少し揺らいでしまうこととなる。
「早くどれにするか決めてく下さいよー。優柔不断な男は嫌われちゃいますよー。もしかして今はやりの草食系男子ですか。葉っぱの食べ過ぎで獰猛な肉食獣からパンダになっちゃった感じなんですか」
こちらの言葉を理解する機能がこいつにはついてないんじゃなかろうか。もはや何もしゃべってもないのに次々と発する言葉は、留まるところを知らないようでいつまでも続いていく。
「でもその目の奥に見えるのはまさしく肉食獣のそれ。そういうことですか。草食系に見せかけたロールキャベツなんですね。キャベツという隠れ蓑で油断させて、油断しきったところで襲うつもりなんですね。やー。もー、大胆―。私も油断しちゃうー」
「いい加減やかましい」
「ひぶっ。……いひゃいです。……舌噛みました」
「自業自得だ」
しゃべっている途中にチョップを喰らわせたので、どうやら舌を噛んだらしい。知ったことではないが。
しかし、結局こいつのペースに乗せられてしまった。ここまで来てしまったら諦めの境地にも似たような心境だ。
実際よく考えてみればここに俺を追ってたどり着いたところはわかったが、他にも気になることはある。どうして俺のクラスを知っているのか。どうして俺の名前を知っているのか。このまま追い返すのは簡単……ではまったくないが、追い返すよりも、この場所を知られてしまった以上、相手から情報を聞き出す方が得策だろう。甚だ心外ではあるけどな。
「……こんな仕打ちを受けて、もうお嫁にいけません。責任とってください」
「……」
「はぶっ」
とりあえずこちらの質問をする前に、もう一度同じ位置にチョップをしておいた。