第29話~過去の記憶とリボン~
今でこそこんなに捻くれた正確になってしまった俺だが、幼少期はそれなりに明るく、人懐っこい性格だったと両親からは聞いている。
何事にも冷めた姿勢で、積極的に人とコミュニケーションを取ろうとはしない。今思えば、俺が高校で浮いてしまったのも自業自得と言えるのだろう。
一人でいる時間が長かったせいか、確かに消極的な態度になってしまうことに心当たりはあるので、仕方ないと言えば仕方ないのだが、今更それを治そうとする気もなければ治る見込みもないのだから、きっとこれから先もこんな性格のままなのだろう。
両親はそんな俺の性格を、自分たちが仕事にかまけたせいだと思っているようだが、それは違うと思っている。確かに両親は家を空けていることが多かったが、結局一人の時間を過ごしていたのは、ひとえに俺の社交性のなさのせいなのだ。
何より、俺を育てるために二人とも働いてくれているのに、それに文句を言うなど完全にお門違いだと思っている。
だからこの性格は誰のせいでもなく、自分が選択し、その末に構築されたもの。受け入れられない人は仕方ないと思うし、わざわざそれを捻じ曲げてまで受け入れてもらう必要もない。きっとそのせいでこれからも友人は少ないか、もしくは出来ないのかもしれないが、それでもいいと思っている。
今俺の隣には、そんな俺を受け入れて、対等な友人として接してくれている奴がいるのだから。
もっとも、そいつの性格にも多大な問題があるのだから、結局のところお互い様だと思っているのだが、それは言わぬが華だろう。余計な押し問答は嫌だからな。
そんな友人の少ない俺だが、かつて今の日和に近い、いや、もしかしたらもっと距離の近かった友人がいた。
まだあれは俺が小学校に入ったばかりの頃で、それなりに社交性もあった、まだ捻くれる前の話だ。
『しゅうくん!!』
家の傍の、小さな公園にいた年下の女の子。
いつも一人で砂場にいたその姿に、思わず声をかけてしまった日のことは、今でもよく覚えている。
『あそんでくれるの?』
舌っ足らずな言葉で、だけど笑顔で俺に話しかけてくるその子と、俺は毎日のようによく遊んでいた。
同級生の幼稚な言動には既に忌避感を抱き始めていたのだが、どういうわけかその女の子の言葉には好意的な感情以外は感じなかった。
『またあしたね!!』
毎日放課後を一緒に過ごし、俺の短い人生の中でも一番心を許した存在。まだ幼かったとはいえ、なんの打算もなく一緒に過ごした心からの友人。
『しゅうくんまたね!!』
『また明日。―――ちゃん!』
どうして俺は、彼女の名前が思い出せないのだろう。
◇
日曜の駅前は、人でごった返すというほど混んでいるということもなく、しかし少ないというほどでもない。
駅前の電灯に寄りかかり、改札の向こうから出てくる人を眺めながら、合間にスマホに目を落とす。集合時間まではまだ三十分もあるというのに、どうしてこんなに早く来てしまったのか。せめてこれだけ早く着くのなら、暖かい缶コーヒーでも買ってくればよかった。十一月にもなると、弱いとはいえ吹く風も身震いをしてしまうほど冷たい。
ほんとになんで俺は、早起きしてまで集合時間より大幅に早く来てしまったのか。
自問自答するが、実際のところそんなことは最初から分かり切っている。ああ、そうさ。認めようじゃないか。確かに俺は、今日という日が、日和とのデートが楽しみだったのさ。
昨日の夜もやたらと興奮してしまって寝付きもわるかった。にもかかわらずいつもよりも早く目覚めてしまう始末。
普段着ないようなジャケットを、クローゼットの奥から引っ張り出し、靴も俺の持っている中では一番いいやつを履いてきた。
ここまでしておいて楽しみにしてないというのは、いささか無理があるだろう。もっとも、いくら俺が楽しみにしてたからと言って、それを日和に伝えなければいいだけの話。そんなことを言ってしまえば、一体どんなからかいを受けるかわかったものではないからな。
「随分と早いですねー!さては日和さんとのデートが楽しみでこんなに早く来ちゃったんでは!?千種さんはとんだ困ったちゃんです!」
人のモノローグを真正面からぶち壊すのが、こいつのスタイルなのだろうか。俺の目の前、さっきまでは誰もいなかったはずの場所にたたずむのは間違いなく俺が待っていた人物だ。いつの間に来たのかまったく気づかなかったが、その辺りをこいつに言うのは間違いなのだろう。というか楽しみにしていたことを言っても言わなくても、結局はからかわれるのは決定事項なようだ。俺はまだ肯定も否定もしてないのにな。
さて、そんな日和の今日の出で立ちなのだが、いつも制服姿しか見ていない俺には非常に珍しいものだった。
ベージュのダッフルコートに膝上丈のスカート。季節に合わせた少し厚めの黒のタイツにブーツというその出で立ちは、男の好みを熟知したそれといっても過言ではないだろう。
しかしこいつ、もしかしなくても俺の好み知ってるんじゃないだろうな。その出で立ちが、まさに俺のストライクゾーンど真ん中過ぎて、まさかそんなところまで調べられたんじゃないかと深読みしてしまうほどに、今日の日和の服装は俺の好みに当てはまる物だったのだ。
「あの、のっけからそんな熱い視線を送られましても、私にも心の準備という物がありまして」
「外見はどうあれ、中身はやっぱりお前で安心したよ」
少しでもその出で立ちに、可愛いなと思ってしまった俺の少年のような純粋な気持ちを返してくれ。口を開いてしまえば結局、日和はどう転んでも日和なのだ。黙って言えば可愛いのにな。
さてそれでは行きましょうかと、当たり前のように俺の手を握ってくる日和は一体どういうつもりなのだろう。
いつものように俺の少し前を歩く日和に対し、やはりその答えを聞けない俺はどう考えてもヘタレの臆病者なんだろう。
半ば自嘲気味に緩くため息を吐き、前を歩く日和の後姿を見つめた。日和の歩く歩調に合わせて日和の頭の白いリボンが揺れている。
そういえばこいつ、いっつもこのリボンつけてるよな。
「日和」
「なんです?」
「そのリボン、いつもつけてるけど他のはないのか?」
ただ気になったから聞いてみた。そこに特に意味なんかはなくて、あわよくば話のネタにでもなればという軽い気持ちだった。
だけどどうやら俺は、また日和の踏み込んではいけないところに足を踏み入れてしまったらしい。いつもは周りの空気を読み、それに合わせて行動しているはずの俺なのだが、こと日和に関してはその境界線を妙に読み誤ってしまう。
「これは私の大切な物であって唯一無二のものです。代わりなんてありません」
「そんなに大切なんだな……」
「はい、私の宝物ですから!」
毎日身に着けているのだから、確かにそれほど思い入れのある物なのだろう。しかしなぜだろうか。真面目モードで話すのだから、それなりに俺は今、日和のパーソナルな部分を踏み越えてしまっているはずなのに、特に日和が怒っているようには感じない。むしろどこか嬉しそうにも見えてしまう。
それがなぜだか面白くなかった。腹が立つというほどではないが、何か腹辺りがむずむずするような、そんなすっきりしない感情が俺の中で渦まいているのがわかる。
「じゃあ俺が新しいの買ってやろうか?」
気が付いたらそんなことを言っていた。その理由はわからない。いや、多分わかってはいるけどそれは絶対認めたくはない。俺にも小さいがプライドくらいはあるからな。
「千種さんが、ですか?」
流石に怒ると思った。だって考えてもみろ。今の今、このリボンはとても大事な物で宝物だと日和が言ったばかりなのだ。よくよく見れば、ところどころに補修をした後も見受けられる。それはつまり、リボンがほつれてしまったとしても、自分で直してまで使おうとしたということだ。
それなのに、それを押しのけて違う物を買おうと提案している。怒らないにしても、嫌な顔をされてもしょうがない発言のはずだった。
しかし、俺のそんな予想はすんなりと覆される。
「それは名案です!」
日和の反応は俺の思っていた物とはだいぶ違った。怒ると思ったのだが、日和の態度はまるで逆。嫌な顔を見せるどころか、むしろ嬉しそうな顔をしているのはどういうことなのだろうか。というかお前、すでに買ってもらう気満々だよな?
「それでは今日のどこかでお店に寄りましょう!私のお気に入りのお店があるので、そこで選んでください!」
「俺が選ぶのか!?」
確かに買うと言ったのは俺だが、選ぶとまでは言っていない。というか女がつけるようなリボンなんて俺が選べるとはとてもじゃないと思えないぞ。
「言いだしたのは千種さんなんですから、ちゃんと責任とってくださいねー!いやー、千種さんが一体どれだけいいセンスを発揮してくれるのかが楽しみですー!」
どうやら俺は、一刻の気の迷いのせいでとんだ藪蛇を引いてしまったらしい。これであいつの意にそぐわない物を選んでしまったら、一体何を言われるかわかったものではない。
それにどうして日和が俺の提案を受け入れたのかも謎だ。表情を見る限り、機嫌がいいのは間違いないのでいいのだが、まったく、まだ始まったばかりだというのに、今日のデートの雲行きが早速悪くなってきた気がするよ。
しかし、その一方で俺はしっかりと気が付いている。日和の無理難題に対して、全く嫌な気がしていないということも、日和が俺が買おうと言った新しいリボンを受け入れてくれたことを、嬉しく思っているということもだ。
仕方がない、その店とやらに行くまでに、せいぜいがんばって日和の好みを探るとしよう。せめて好きな色くらいわかるように努力しないと、本当に何を言われるかわかったもんじゃないからな。
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