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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第27話~自覚する気持ちと二宮金次郎~

 歩く距離は日和の斜め少し後ろという距離感は、あの日以降も特に変わっていない。


 特別な、いわゆる恋愛感情のようなものがあったというわけではない。もちろん都城先輩と話したときに思ったように、日和が他の奴とは違うという自覚はある。


 ……。正直なところこの気持ちの行きつく先なんてわかり切っているのだが、今はまだそこに目を向けたくはないのだ。関係性の変化、今の心地いい日和との距離感が変わってしまうことへの怯え。


 つまるところ、俺はただの臆病者ということなのだろう。


 だというのに、あんな風に日和から行動に移されてしまっては、今まで気づきながらも目を背けていたその感情を意識しないという方が無理な話だ。俺だって健全な一男子高校生である以上、女の子、しかも少なからず意識している人から、頬とはいえキスなんてされた日には、何かを期待してしまっても無理はないと思うんだ。


 そんな俺の思いを知ってか知らずか、前を歩く日和は相変わらずのおちゃらけモードで、俺のことをからかって遊んでいるときたもんだ。

 ついさっきも、急に真面目モードになったので、また“闇”が出たのでは!?と警戒態勢に入った俺に対して、角を曲がった瞬間に不意打ちで驚かすという、小学生顔負けのいたずらをやってのけてくれたばかりだ。


「今日も収穫はありませんかー。とりあえず千種さん、何か面白いことをしてくれませんか」


「無茶ぶりもここまで行くともはや清々しいな……」


「そうでしょうとも。巷では私のことを歩く清涼飲料水と呼ぶ方もいるくらいですからねー」


「いや、それは褒めているのか微妙だと思うぞ」


 こんな話ができる空気。“闇”の気配などどこにもなく、もちろん警戒はしているが、どこか俺達の会話もだらけたものになってしまっている。


 十一月に入ってからというもの、十月までしつこく残っていた暑さも一気になりを潜め、夜廊下を歩くこの時も、底冷えする寒さが体の芯まで響いてくる。先月に比べ一枚余分に着込んでいるとはいえ、それだけで寒さをしのぎきるにはいささか心もとない装備だったようだ。

 これからはもっと冷え込んでいくことを考えると、明日からはジャケットなんかをクローゼットから引っ張り出した方がいいのかもしれない。


 そんなことを考えながら、窓の外に映る空を眺めた。雲一つない夜空には、星がいくつも輝いているのが見える。これも気温が落ちてきたせいだろう。冬になると、空気が澄んで空が綺麗に見えるって言うからな。理由は知らないけど。


「いやー、千種さんの手はあったかいですねー。手が温かい人は心が冷たいと聞きますが、千種さんはやはり冷酷な人で間違いはないようです」


 そんな、少しだけノスタルジックな気分に浸っていた俺の左手に触れる暖かい感触と、どこまでも人おちょくる日和の言葉。


 状況はこうだ。俺の左手を日和の右手が握っている。


 以上、説明終わり。


 いや、ちょっと待て。これはつまり手をつないでいるという状況ではないのか!?恋人同士が行うとされる、嬉し恥ずかしイベントじゃないのか!?


「日和さん、今のこれに対する説明を求めてもいいか」


「はい?少し冷えてきたので、千種さんの手で暖を取っているとこですよ。本来であれば、カイロなりあったかいお茶がいいところなのですが、この際背に腹は代えられませんので、暖かければなんでもいいかなーと」


「お前はやっぱりそういう奴だよ……」


 何かを期待してしまった自分と、正直すぎる男の性という奴が心底恨めしい。この繋がれた左手に特に意味はないはずなのに、だけどそこには確かに日和の体温が感じられる。それだけで、日和のふざけた戯言も許してしまえるというのだから、今の俺はきっと大概なのだろう。


「なぁ、日和。今日はもうこのくらいにして何か暖かいものでも食べに行かないか」


 だから多分この発言も、そんな気持ちの延長のようなものであって、特に他意はない。時計の針は二十一時を少し過ぎたあたりを示していて、お腹の虫が空腹を訴える時間という、ただそれだけのこと。

 決して左手の感触をもう少し堪能したくて、一緒にいる時間を引き延ばそうとしたということではないはずだ。たぶん。


「そうですねー。確かにこのまま何かを探しても出てくる兆しはありませんし、せっかく千種さんが奢ってくださるというのですから、それに乗っからない手はありません!」


「待て。どうして今の話の流れで俺が奢るという結論に行きつくんだ」


「古今東西、男性からの食事のお誘いというのは、男性側が奢るというのが決まりみたいなものなんですよー」


 男女平等を訴える割に、都合のいい時は女を出すのだから、まったくもって女とは便利な生き物だ。とかなんとか言っても、きっとこの後、俺は日和の言う通りしっかり奢ることになるのだろう。どれだけ文句は並べても、どれだけ言い訳を並べても、今このときに関して、俺は間違いなく日和と一緒にいたいと思っているだから。


 俺の手を引きながら前を歩く日和の姿に、思わず表情が緩むのを感じる。それに気づいて慌てて緩んだ頬を戻そうとするが、どうやらそろそろ認めないといけないのかもしれないな。

 気付かないように目を背けていた、自分の中で形になりつつあるこの気持ちを。



 アクシデントというのはいつだって唐突に訪れる。しかも警戒を解いた瞬間なんていうのは、特にその傾向が強いのではないだろうか。いわゆるお約束という奴だ。


「私、このお仕事をして結構経ちますけど、ここまで人の気分をぶち壊してくれた“闇”は初めてです」


「わかった!わかったから落ち着け!な?」


「無理です。感情を抑えられそうにありません」


 あの夜に見た、命をいともたやすく奪い取る黒塗りの大鎌を構え、俺の静止の声など聞くことなく歩を進める日和。会話こそしてくれるが、その声に抑揚はなく、こちらに耳を傾ける気がないことがわかってしまう。


「瞬殺しますので千種さんはそこで待っていてください」


「俺の訓練はどこに行ったんだよ!?」


 俺の叫びと同時に飛び出す日和。今の今まで目の前にいたはずの日和の姿がぶれ、そして消えた。


 なぜこうなった。


 つい数分前まで、なんだかいい雰囲気になって、これから何かを食べに行こうと話していたのはずなのに、気が付けばこの状況だ。


 一体何が悪かったのか。いや、実際には誰も悪いことなんてない。ただもし、この状況に無理矢理に理由をつけるのならば、相手が空気を読めてなかった。その一言に尽きるだろう。


 数分前、俺の手を引き歩く日和は非常に上機嫌だった。飯を奢ってもらえるとが嬉しかったのか、はたまた別の理由なのかはわからないが、とにかく日和の機嫌は天井知らずによかったのだ。


 校舎を出て裏門に向けて歩く間も、繋がれたてが離されることはなかったし、おまけに鼻歌まで歌い始めるくらいに、日和は笑顔だったのだ。


 ―ズンッ


 しかし、その笑顔は突如一変した。門まであともう少しといったところで現れた、ある影を見た瞬間にだ。


「おい、あれって!?」


 石造りのある人物を模した像。背中には背負子に薪を背負い、仕事をしながらも読書をするその勤勉な姿に、学業を習う人が少しでもその姿勢を見習うようにと、全国の学校に置かれた石像。それが重い足音を響かせてこちらに向かってきている。


 二宮金次郎の像がそこにはいた。


「七不思議の四つ目!おい、日和!あれももしかして“闇”じゃないか!?」


 目の前にいるのは間違いなく二宮金次郎の像で、それが本来いるはずの場所から離れて、しかも明らかに歩いているのだ。どう考えても“闇”が絡んでいるとしか思えない。

 だからこそ、俺は警戒度を一気に引き上げ、名残惜しくはあったが繋いでいた手を離してそれと相対した。同時にポケットからナイフを取り出し構える。石像に対して、ナイフなんかが有効だとは微塵も思えなかったが、それでも何もないよりはましだと思ったからだ。


「悪いけど今回もサポート頼むぞ!今回こそ何か心具のきっかけを……」


 前回は何もつかめなかった。だからこそ今回こそと思い、日和にサポートを頼もうと思ったのだが、俺はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。


「……たね」


「え……?」


「よくも千種さんの奢りを邪魔してくれましたね!!」


「どこに怒ってんだお前は!!」


 怒気を前面に押し出した日和は、自身の心具を発現され、二宮金次郎を屠るべく走り出す。残像を残し、無駄に高スペックな身体能力を俺に見せつけながら。


 数瞬後、大きな衝撃音とともに二宮金次郎が粉砕する姿を見て、俺は始めて“闇”に同情するのだった。


 お前は何も悪くない。“闇”として、その役割を全うしようとしただけだ。だが今じゃなったんだ。今出てきちゃいけなかったんだよ。


 そんな俺のやるせない気持ちなど露知らず、二宮金次郎はあっけなく倒されてしまったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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更新は不定期ですが、週に1回は更新していきたいと考えていますので、次回も読んでくださると嬉しいです。

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