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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第26話~生徒会室の長~

 音楽室の怪から後もほぼ毎日、夜の校内探索は続いていた。今のところの俺たちの考えはこうだ。“闇”が七不思議をその媒介にして活動をしているのだとすれば、七不思議をひとつづつ潰していけばその中心にたどり着くのではという物だ。


 “闇”の目的が見えない以上、決して効率がいいとは言えないが方法はこれしかない。日和の方でも独自に調べてはいるようだが、今のところ芳しい結果はでていないらしい。

 いつ、どのような方法で何が起こるかわからない今の状況。実際のところ、被害らしい被害は行方不明になった警備員一人だけで、目立ったものは何もない。このまま何事もなく自体が収束すればという淡い期待もあったのだが、日和によるとそれはないらしい。

 

 なんでも“闇”とやらは一度発生してしまうと、その場所で災厄を起こすか、もしくは滅ぼされるかしない限りは消え去ったりしないらしいのだ。つまり未だにこの学校に“闇”が存在し、尚且つ問題らしいものが起きていない現状、放置しておけば大きい小さいはともかく、いずれ絶対に何かしらが起こる。

 すでに“闇”と二回相対した俺としては、それがわかりながら何もしないというわけにはいかない。仮にあれが生徒や教師に無差別に襲い掛かってきた場合、例え警察や自衛隊が出張って来たとしても、心具がない以上ただ蹂躙されるだけ。そんな光景が予測できているのに、傍観しているというわけにもいかないのだ。


 いや、嘘だ。

 確かにそんな気持ちも少しはあるが、今並べた理由なんて全部詭弁にすぎない。

 俺は人のために、なんて理由で動けるほど出来た人間じゃない。正直、自分が助かるなら見知らぬ人がどうにかなったとしてもそれで良しと思うような、自己中心的な人間だ。


 ならなぜ、こんな危ないことをしているのか。


 どうしてあれだけ否定していた“闇”を打倒しようとしているのか。


 答えは単純。日和が“闇”をどうにかしようとしているから。日和が必死に被害が出ないように“闇”を倒して平穏を保とうとしているから。だから俺も“闇”を倒そうと思っている。だから毎晩、夜の学校を徘徊している。


 縁もゆかりもない大多数のためになんて戦えない。俺はどこぞのファンタジーに登場するような、それこそ聖人君子のような勇者でもなんでもなく、ただの一高校生なのだから。

 それでも戦うのは、少しでいいから役に立ちたいと思うから。小さい体で、それでも辛さを少しも表に出すことのないあいつを、少しでも楽にしてやりたいと思うからだ。


 理由なんて、そんなくらいが丁度いいんだと思う。



 ここまで俺たちが倒した“闇”は、今のところ二つ、いや、三つか。

 光るベートーベンの目、夜鳴る楽器、踊る人体模型の三つ。最初の二つは一緒にしていいのかはわからないが、今のところ音楽室で他にそれらしい動きはないからひとまずは置いておく。となると残りは四つとなるわけだが、これがまた厄介極まりない謎だ。


 二宮金次郎についてはまだいい。校庭の片隅に鎮座しているあいつが、おそらく動いて襲ってくるのだろうし、見張るのもさほど難しいことではない。

 しかしトイレの花子さんなんて、そもそも実在しないものを探すことなどできない。もっと悪いのは一段増える階段に、鏡にまつわる話だ。階段なんて学校中にいくらでもあるし、探そうにもきりがない。鏡にまつわる話にいたっては、もはや抽象的すぎて意味が分からなすぎる。

 そして最後の欠けた七不思議。これにいたってはお手上げの状態なので、現状は特に考えずに無視をしている。どちらにせよ残りの七不思議も手付かずなのだから、まずは分かっているものから片付けるべき。それが俺と日和の出した今のところの方針だ。



 毎晩夜の校舎に出向いているせいか、その反動で日中に眠気がやってくるのはごく自然なものだろう。休日は日中、基本的にずっと寝ているし、何日かに一度は休息日として探索を休んではいるが、それでも疲れは体に蓄積される。

 なので本来なら、授業が終わった放課後の時間は、速やかに家に帰り夜までゆっくりと過ごしたいのだが、今日はどうしてもそういうわけにはいかなくなってしまったのだ。


 日和という存在によって、学校で一人きりということは少なったが、基本的に俺がぼっちであることに変わりはない。時折、伏見が気まぐれに話しかけてくる以外は、校内で俺に話しかけてく人はほとんどいない。

 だけど、ゼロなのかと問われればそうではない。中にはいるのだ。どういうわけか俺のようなつまらない人間を目にかけてくれる人が。


 新校舎の二階。日当たりがよく、それでいて他の教室などと少し離れた位置に存在する部屋。同じ階には三年の教室や図書室もあり、放課後に人がいないわけではないのだが、この部屋の周囲に人が近づくことはあまりない。


「失礼します」


 他の教室と違い、ここだけは一般的な教室とは違う重厚な二枚の観音開きの扉となっていて、この部屋がそれだけ特別であるという雰囲気を醸し出している。扉から一歩踏むと目に飛び込むのは、一番奥に鎮座する一際大きな机だろう。どこかの一流企業を思わせるその机は、木の質感を残しつつも高級感を漂わる光沢を放っている。

 そこから目を左右に振れば、両サイドに少しサイズは小さくなるが、同じように高級そうな机が四つ。全ての机には書類が置かれ、今はここにいない机の主を今か遅しと待っているようだ。


「いらっしゃい、千種君。今日はわざわざ来てもらって悪かったわね」


 初めてではないが、校内にして異質な雰囲気に呑まれていた俺に、一番奥の机から声がかかった。


「いえ。それよりも珍しいですね。都城先輩がここに俺を呼ぶなんて」


「ちょっと千種君に聞きたいことがあったのよ。あまり人に聞かれたくなかったから、ここに呼んだの」


「まぁ、確かに生徒会室にすき好んで来るような生徒はいないでしょうね」


 俺のその言葉に満足気に頷く先輩。

 彼女は都城 静香。切れ長の目に、まるでモデルを思わせるすっきりとした顔立ち。キューティクルの綺麗な長い黒髪と、極め付きはそのスタイルのよさだろう。細身でありながら出るところは出ているという、女優も真っ青な完璧体系。十人が十人美人であると形容する彼女こそ、この西高校の生徒会長であり、生徒の中で一番の権力を持っている人物だ。


 先輩に促され、部屋の中央にある応接用のソファに腰掛ける。


「俺に聞きたいことって何ですか?先輩ならその気にあれば校内の情報なんて全て手に入れられるでしょう?」


 この高校の生徒会の力は絶大だ。


 生徒に対して、権利を害さない程度ではあるが命令権を持ち、教師への強い発言権をも持つ。加えて運営は高校の一組織でありながら、独立して生徒会自体が行っているため、あまりに逸脱した行いをしない限りは学校側から注意が入ることすらない。

 どういった理由で生徒会が今のような形をとるに至ったのかは部外者である俺は知る由もないが、そんな背景があるためか、生徒会は校内でのあらゆる情報を網羅する場所となっているらしい。


 そんな生徒会であるのだから、当然生徒会長の力は大きい。噂によれば高校の経営にまで食い込んでいるというのだから、もはや一般生徒のテリトリーから大きく逸脱していることがよくわかるだろう。

 私立の高校であるのならともかく、なぜ市が運営する高校でそのようなことが可能なのか。これもまた、一生徒である俺が関わっていい問題ではないのである。この高校で無事に卒業を迎えたいのであれば絶対に。何があってもだ。


「普通ならもちろんそうね」


 ゆえに生徒会が校内の出来事に関して、生徒会以外の生徒に何かを尋ねるなんてことは一切ない。そんなことをすれば、あらゆる情報を握る生徒会が、外部に自分たちが掴み切れていない情報があるなどと公言するようなものなのだから。


「二学期に入ってから、どうにも夜間のセキュリティがうまく働いてないみたいなの。あんな事件もあった後だから、生徒会としても警備体制はきっちりとしておきたいのだけれど、セキュリティレベルをいくら上げてもどこかに空白が生じているのよね」


「それってそんなにおかしいことなんですか?確かにこの学校のセキュリティはその辺の私立高よりもはるかに高いのは間違いないですけど、監視カメラとかじゃ全部を把握できないのはむしろ普通だと思うんですけど」


「そうね。でも、監視カメラの映像が数秒削除されていたり、音楽室や家庭科室の映像が不自然に編集されているのは普通ではないと思うのよ」


 ここでようやくどうして今日、俺が生徒会室に呼ばれたのかということがわかった。先輩は俺を疑っているのだ。あんな事件、つまりは多目的室の爆発や説明にあった監視カメラの細工の犯人が俺ではないのかと。


「昼間の映像には何もされてないところからも、誰かが夜の校内で何かをしていることは間違いないわ。それで、前歴のある千種君を呼んだというわけよ」


 都城先輩が薄く微笑む。何も知らない第三者が見れば、思わず見惚れてしまうような笑顔だが、俺にはその笑顔が般若にしか見えない。背後には絶対に逃がさないという文字が幻視できてしまうのだから、その迫力がどれほどのものかは説明するまでもないだろう。


「千種君。何か知っている事はないかしら?」


 背中に冷や汗が流れるのを感じる。

 なぜ俺が疑われているのか。その答えは単純で、以前数度行っていた校内への夜の侵入が都城先輩にはすべてばれていたからだ。

 俺は潜入の際、監視カメラの位置はすべて把握した上で、必ず位置取りをカメラの死角になるように調整していた。設置されていたのは全て固定式のカメラであり、映像が映る角度もそれほど広くはない。だからこそ俺は忍び込むが可能と判断したのだし、実際にカメラにも映ってはいなかったはずだった。


 新校舎内に設置されている、目に見えるカメラには。


 そう、新校舎には目に見えるカメラの死角を埋めるように、隠しカメラがいくつも仕掛けられていたのだ。もちろんこれらは日中、生徒がいる間は録画を停止しているが、夜になると全てが起動する。見えるものにしか警戒をしていなかった俺は、見事に隠しカメラに捉えられてしまったというわけだ。


「俺は何も知りませんよ?さすがにあれ以降、校舎に忍び込むことはしてないですから」


「嘘はよくないわ。あの時は本当に忘れ物を取りに来ただけだったから見逃してあげたけど、今回はことがことなの。いろいろと詮索されたくないでしょう?」


 笑顔は崩さずに言葉に直接的な脅しを加える都城先輩。あの時とはつまり、俺が以前に夜の校舎に忍び込んだ時のことだ。隠しカメラにばっちり映ってしまった俺は、今日のように生徒会室に呼び出され、その映像を見せられた。


『何か言いたいことはあるかしら?』


 映像に映る、何かから隠れるように校舎を移動する自分の姿。そしてそれを見せる笑顔の生徒会長。

 速攻で平謝りしたことは記憶に新しい。

 

 言い渡されるであろう罰に怯える俺だったが、意外なことに都城先輩は俺に対して何の処罰も科さなかった。それどころか映像も自分が見ただけであり、教師はもちろん警備員にすらも見せていないという。


『これは貸しにしておきます。その代わりというわけではないですが、たまに生徒会の仕事を手伝ってくれると嬉しいですが、どう?』


 変わらない笑みを浮かべる先輩に、俺がイエス以外の選択肢を持ち合わせるはずもなかった。

 それ以降、俺は時折先輩の手伝いとして、生徒会の仕事を手伝っている。なぜ先輩が俺を見逃したのか、それどころかなぜ自分の傍に置いているのかはわからない。わからないが、少なくともこれだけは言える。


 この人には極力逆らわない方がいい。


 それが、俺の先輩に対する絶対的な印象だった。


「そう言われても知らないもの知らないんです。というか監視カメラの映像を確認しているはずでしょう?そこに僕は映ってましたか?」


「残念ながら映っていなかったわ」


「それなら僕がこの件と無関係なのは証明できるはずです」


 そう言い切った俺に、先輩はこの日初めて笑顔を崩した。崩したと言っても、頬を少し膨らませて拗ね気味な顔に変わっただけなので、美人な雰囲気が可愛い方向にシフトしただけだ。それでも後ろの般若は消えないどころか、さらに迫力を増しているので、内心がかなりご立腹だということは想像に難くない。


 敵対を避けたい相手に正面から嘘をつく。日和の力により、隠しカメラに映像は残っていなかったとはいえ、ここに呼ばれている段階で、先輩がなんらかの疑いを俺に抱いているのは事実だ。

 

 それでも俺が嘘をつく理由は何か。


「用事がそれだけなら帰っていいですか?生憎この後用事があるんで、出来るだけ早く帰りたいんですよ」


「夜の校舎で爆発が起こっている。加えて一人行方不明者も出ている。この事実を踏まえてもう一度聞くわ。本当に何も知らないのね?」


「くどいですよ。僕は先輩に見つかってから、夜に学校には来ていません。もし僕を疑うのであれば、確たる証拠を揃えてからにしてください」


 それ以上の問答は無用との意味を込めて、俺は踵を返した。先輩からの追及はない。後ろを向いてしまった以上、表情は見えないが、きっと今頃般若が包丁を持ち出していることだろう。


「わかりました。何でもいいですから、思い出したことがあったらいつでも言ってくださいね」


 ため息交じりに背中に向けられた言葉に、無言で頷くことで返事にする。


 絶対的な会長に対して、明確な拒絶を俺が示した理由。言外に、旧校舎に着いて調べると脅されても半控訴を示した理由。その理由はきっと簡単だ。


『それではまた今夜お会いしましょーねー』


 あいつと、日和との時間を邪魔されたくない。俺が後先も考えずに愚かな行いを犯す理由なんて、なんてことない。そんなちっぽけなものなのだ。


今回もお読みいただきありがとうございます。初めての方も、目を通していただきありがとうございます。

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これからも執筆をつづけていきますので、どうぞよろしくお願いします。


次回も是非読んでくださることを願っています。

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