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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第25話~その感触の真意は~

 夜の家庭科室に不釣り合いなやかんでお湯を沸かす音。そろそろお湯が沸騰してきたらしく、ぽこぽこという音が聞こえてきている。しかし、日和はその音を聞いても火を止めることをしない。


「……驚きですね」


 俺の反省の言葉に対し、素直にそう驚愕を告げる日和。どうやらその表情を見るに、日和が俺の言葉から感じたことは、俺の思っていることと大分違うらしい。

 俺はてっきり、『勢い勇んで突っ走った反省が出来ているようで何よりですよー』くらい言われるものだと思っていたし、今回ばかりはそれを甘んじて受け入れるつもりだったのだ。しかし返ってきたのはそれとはまるで真逆の言葉だった。


「正直なところ、私は千種さんが敵の出方を伺いすぎて、相手の攻撃に対応できずにやられて終わりくらいを想像してたんですよ」


 もしくはそれすらできずに、小刻みにぷるぷる震えるかですね、などと真顔で宣う日和に、反省モードだった俺も流石に反論する。


「お前、いくらなんでもそれは俺を馬鹿にしすぎだろう」


 いくらなんでも、人体模型にボロ負けした後なのだ。俺とて何らかの対応策くらいは考えてくる。もっとも、それが何一つうまくいかなかったから、こうやって苛立っているわけなのだけども。


「馬鹿にするなんてとんでもないです」


 日和は真面目な表情を崩すことなく、俺の言葉を否定した。しかも先ほどよりも若干強めの否定だ。


「いいですか。千種さんは先日、相手こそ違うとはいえ、似たようなものに殺されかけてるんですよ?そんなものに対して、いくら最善の策を持っていたとしても、それを実行するということがどれだけ難しいことかわかっていますか?」


「そりゃそうかもしれないけど、お前がいざとなったら助けてくれるのはわかってるんだ。今後のためにも立てた戦略を試す場は必要だろう?」


 言われてみれば確かにそうかもしれないが、いくらなんでも大げさすぎやしないだろうか。あくまで俺は日和というバックアップがいるからこそ、あんなに大胆に動けたに過ぎない。いくらなんでも過大評価が過ぎる気がするが、その思いが顔に出ていたのか、日和はさらに言葉を続ける。


「確かに私がいるということは自信につながるかもしれません。保険があって、万全の準備を整えても、それでも動けないというのが恐怖ってやつなんですよ」


 私の目に狂いはありませんでしたなどと、ご機嫌な様子で紅茶を淹れ始める日和。


「人体模型のときもそうでしたが、攻撃をちゃんと避けるあたり目もいいんですかねー」


「だからそんなんじゃないって」


 褒められることに悪い気はしないが、やはり俺としてはどうしてもその評価を鵜呑みにすることなどできない。なんと評価をされたところで、俺はあれに勝つきっかけすらつかめず、無様に負けたに過ぎないのだから。


「なぁ日和、ひとつ聞いていいか?」


「構いませんよー。ひとつといわず十でも百でも聞いてください!」

 

 俺は日和のことを手伝うと言った。“闇”という人外の存在と戦うと決めた。しかし、結果はこの様、俺の力は何一つ通じずに日和に助けられるという結果に終わっただけ。


 だからどうしても聞いておきたかった。


 あの日、日和と初めて出会った日に言われたあの言葉の真意を。例えそれが、取り戻すことが出来た日和との仲に影響を与えることになったとしてもだ。


「お前が最初に俺に“闇”について説明したとき、俺には“闇”と戦う資質があるといった。その資質って何なんだ?」


 この質問の答え如何では、俺がこの先、日和と行動を共にすること自体に支障が出る可能性すらある。

人体模型との戦闘の後からずっと考えていたこと。日和は一体何をもって、俺に資質があると言ったのか。実はそんなものなんて最初からなくて、自分に協力してくれそうな何人か声をかけたところ、たまたま俺がそれに引っかかっただけ。なんてことも今まで考えなかったわけではない。

 そもそも俺に本当にそんな資質があるというのであれば、前回の戦いでも今回の戦いでも、なんらかの相手を倒す兆しが見えても良かったのではないか。しかし、そんなものは何一つとして感じられていないことを考えてしまうと、果たして本当に俺にそんな資質があるのかと疑ってしまいたくもなる。


 だからこそのこの質問。今更俺にはなんの資質もないと言われたところで、日和の手伝いを辞めるつもりはないが、それでもまた裏切られたと感じてしまう可能性はある。どうやら俺は、知らないうちに日和という存在に大いに影響されるようになってしまったらしい。まったくもって情けない話だ。


「資質とは大きく二つです。一つは意志の力。そしてもうひとつは創造する力です」

 

 そんな俺の思いを感じ取ったのか、日和は紅茶を淹れる手を止めて説明をしだした。

 資質とは意志と創造。そんな、なんとも漠然とした資質もあったもんだと嘆息する。


「意志により立ち向かい、創造により具現する。確かに漠然的に聞こえるかもしれませんが、これが資質の本質です」


 言っていることは分かる。意志がなければ、あんな化け物みたいな存在と戦おうとなどとは思えない。心具を発現するためには、それを創造しうる創造力がなければ対抗手段を得られない。

 それが資質と言うならば、俺にはその意志なり創造力があったということなのだろうか。確かに空想の世界に浸るのは好きだが、あんなのでよければ他にも該当者はたくさんいたはずだろう。俺だけが特別な存在だったとは考えにくい。


「そう思うのも無理はありませんが、確かにこの学校内には千種さん以外適正者がいなかったんです。そもそも心具はそんなに簡単に具現化できるものではありません。資質に加えて素質があると言われている人でさえ、最低でも1年はかかると言われているんですから」


 そう言われれば納得もできなくはない。資質や素質がどうであれ、心具というのは正しく“闇”への最終兵器なのだ。俺が心具というものを意識し始めてからの期間は、まだ一週間ほど。それを考えれば心具を発現するどころか、きっかけをつかめないことが自然なのだ。


 だが、それでは困る。それでは意味がない。


「だけどそれじゃ意味ないだろ。すでに闇との戦闘は二回目なんだぞ!?一年なんて悠長なこと言ってられ……」


「自惚れないでください」


 吐き捨てるような冷たい言葉だった。俺の言葉に被せる様に、しかしはっきりと向けられた言葉が突き刺さる。

 “闇”との戦いの上で、少しでも戦力となりたいがための焦り。そのためのきっかけすらつかめていないことへの苛立ち。おそらく、そんな俺の気持ちの全てを分かったうえで、日和は強くそう言った。


「心具は、私たちのように“闇”と長期間戦い続けていても全員が発現できるわけじゃないんです。確かに千種さんには資質があるとは言いましたが、だからと言ってすぐに発現できるわけがないじゃないですか」


 俺の物言いが、日和の触れてはいけない何かに触れたのだろう。それは俺のような素人が知ったような口を利いたことに対する怒りなのか、それとももっと他の別のものなのかはわからない。

 

 言われてみれば当然で、日和の言うことは正論。日和の所属している組織がどういったところで、どれだけの人がいるのかは知らない。だが、“闇”への対抗手段が心具である以上、全員が習得を目指すのだろう。

 きっと厳しい訓練があって、誰もが死に物狂いで心具を発現させようと努力しているはず。そんな組織であっても、全員が心具を発現することは出来ないと日和は言う。


 日和が怒るわけだ。


 俺のような素人が、高々二回、“闇”と戦ったくらいで手に入れられるほど心具は安くない。焦るがあまり心具という物のハードルの設定を低く見積もりすぎていたようだ。そりゃ、自惚れと言われても仕方がない。


 日和の言葉の後に再び訪れる静寂。こちらとしてもそれに対して言いたいことがなかったわけではないが、そうしてしまっては結局また以前のように感情的になってしまうだけ。 

 感情をぶつけ合うのもたまにはいいかもしれないが、少なくとも今はその時ではない。言葉が過ぎたのは俺の方で、それについて納得もしているのだ。それならば折れるのは今回は俺だろう。言いたいことを言って失敗するのはもういい。それよりももっと建設的な話し合いをするべきなのだ。


「悪かった。この話は終わりにしようぜ」


 和解を申し出た俺に、日和の体から力が抜ける。どうやら先に折れたのは正解だったみたいだ。


「そうですね。私も少し熱くなってしまったようです。申し訳ありません。それにそろそろいい時間です。帰る前にせっかく淹れたんですから紅茶、飲んでくださいね?」


 カップを差し出す日和の顔に怒気はもうない。どうやら以前の二の舞だけは避けられたらしいが、空気自体はお世辞にもいいとは言えない。飲み干したティーカップを片付ける最中も、夜の廊下を出口に向かう最中も会話はやっぱりなかった。


 校舎を出て、いつも別れる位置まで到達してもやはり会話はない。今日の所はしょうがないだろう。喧嘩の直前の雰囲気を、無理やり押しとどめたような状態なんだ。これで普通の対応をする方が無理がある。だったら今は早めに解散してしまって、とっとと寝て忘れる方が絶対にいい。一晩経てば、大概のことは忘れてしまえるものなのだ。


「それじゃ今夜はこれでな。さっきは助けてくれてサンキュー」


 半ば言い逃げのように用件だけを告げ、そのまま踵を返し歩き出す。あまり恰好のいいものじゃないが今はこれ以外に思いつかなかった。


「千種さん!」


 呼ばれるままに振り向いた俺の視界に入ったのは、日和の大きな目。そして視界いっぱいに広がる顔。


「さっきの戦い、敵に向かっていく千種さんは最高にかっこよかったです。思わず惚れちゃいそうになるくらいには!」


 直前まですぐそばにあった日和が離れていく。振り返る力でなびくハーフアップの髪から香るシャンプーの匂い。どうして女の子の髪というのは、同じようなシャンプーを使っていてもこうも匂いが違うのだろうか。成分やらはほとんど一緒であるはずなのに。


「だから今のはいいものを見せていただいたお礼です!それではまた明日!」


 日和はそのまま今度は振り返らずに一気に逆方向へと走り出し、あっという間にその後姿と髪に揺れる白いリボンは見えなくなってしまった。残されたのはただ阿保みたいにその場に立ち尽くす俺と、右の頬に残るやわらかい日和の唇の感覚だけ。


 その真意も理由もわかりやしないが、とりえず高校生男子に対する行動にしては少しばかり刺激が強いぞ日和さん。

 遅れてくる熱に身もだえをしながら思うのは、何とも言えない高揚感と明日に対する不安だけ。


 一体、明日からどんな顔してあいつに会えばいいんだよ。


 思わず頬を抑えながらうずくまる俺と同じく、少し離れた場所で同じように顔を赤くしてうずくまっている人影がいるのに、俺は当然気づくことなどなかった。


今回もお読みいただきありがとうございます。初めての方も、目を通していただきありがとうございます。

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これからも執筆をつづけていきますので、どうぞよろしくお願いします。


次回も是非読んでくださることを願っています。

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