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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第23話~先手必勝、ベートーベンもどきとの戦い~

 暗闇の中から浮かび上がる音楽室の扉。

 素人の俺には中の気配はわからないが、なんとなく感じ取ることは出来た。確かに中に何かがいるのだということを。なぜと聞かれても答えられないが、無理やり言葉にするのなら、扉の向こうに嫌な感じがする。本能が音楽室に入ることを拒否し、体にそれ以上まえに進まないように訴えかけてくるのだ。

 

 俺はそれを無視した。

 

 横開きの扉に手をかけ、勢いに任せて一気に開く。激しい音が鳴るが構いやしない。慎重に開けることも考えたのだが、こういうときは勢いに任せた方がいい。慎重になりすぎて動きが硬くなるくらいなら、多少無謀な行動の中で体を動かしたほうが、幾分動きもましになるような気がしたのだ。

 

 入口付近での待ち伏せはない。転がるように中に突入し、音楽室の中にいるはずの何かを探す。

 しかし、どうやらいるはずの何かを探す必要などなかったようだ。通常の教室二つ分ほどの広さの部屋。探すまでもなくそこに何かがいた。

 廊下が月明かりに照らされていたように、音楽室にもまた、月明かりが差し込んでいる。音楽室の後方の扉から入った俺に対し、教室前方にあるピアノのすぐそば。音楽室の壁に飾られた、過去の偉大な音楽家達の肖像画の数々。その中の一枚が月明かりに照らされて、不自然に宙に浮かんでいた。

 しかもそのキャンバスから上半身だけが飛び出しているというありえない光景が目に飛び込んでくる。


「光るベートーベンの目にまつわる怪談ですか。予想はしていましたが、芸がないのも考え物ですね」


 俺の後に続いて入って来た日和がそう呟く。抑揚のない声は音楽室に響き、場の空気をさらに張り詰めさせる。

 日和のその呟きが聞こえたのか、そもそもあれに聴覚があるのかどうかは知らないが、ベートーベンの絵から飛び出したそれは、日和の言葉に反応するかのように、おもむろに横にあるピアノに手をかけ、そしてそのまま曲を奏で始めたのだ。


 ピアノソナタ第14番。『月光ソナタ』。

 月明かりが照らすこの教室には、まさにぴったりの曲。不思議と聞き入ってしまう音色に、時間が止まったような錯覚を覚えてしまう。


「どうしますか?」


 その空気を断ち切るほどに冷たい日和からの問いかけ。常軌を逸しているはずのその光景を目の当たりにしても、その声はまるで揺るがない。

 言外に、“私が対応しましょうか?”という言葉が聞こえてくるようだ。

 常識外の光景に戸惑う俺と、見慣れた光景に対処を行おうとする日和。これこそが俺と日和の差なのだろう。経験の差、強さの差、そして覚悟の差。埋めようとしてもそう簡単に埋まることのない大きな壁。きっと俺が戦えば負けるであろう目の前の“闇”であっても、日和は余裕で倒してしまうのだろう。

 だが逆に考えれば、そんな日和がいるからこそ俺はあれと戦うことが出来る。男としてこれほどにみっともない話はないが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 前回、つまり人体模型との戦闘の時と違い、今回仮にピンチに陥ったとしても日和がカバーに入ってくれるはず。

 日和という保険。それは命のやり取りをするかもしれない戦いにおいては、何よりも重要なことだろう。命を顧みないというのは言い過ぎだが、守ってもらえると思えばある程度攻勢に出ることが出来るのだから。


「わかっていると思いますが、少しでも危険と判断した段階で私があれを撃破します。千種さんに無駄な怪我をさせるわけにはいきませんので」


「心強い言葉をありがとう」


 予想通りの言葉だが、やっぱり少し悔しい。常識の外の敵と戦うのだから、こちらも常識に縛られている場合ではないのだけど、それでも年下の女の子に守られるというのは抵抗がないとは嘘でもいえないのだ。


「今回で心具を発現するのは限りなく不可能に近いです。奇跡が三回くらい起こらなければ無理と言えるでしょう。ですから私がこの戦闘で千種さんに望むのは、何かしらのきっかけをつかんで頂くことです。何でもいいです。とにかく何かしらのヒントをこの戦いの中で掴んでください」

 

 日和の言葉に送り出されるように、音楽室の中央へ向けて歩き出す。


 静かに音楽室に響くピアノの戦慄が終盤にさしかかる。すでに先ほど流れていた曲は終わり、今の曲は確か交響曲第九番、第九と呼ばれるものだったと記憶している。

 なんとなく週末の早朝にやっているオーケストラ番組で聞いたことがある気がするが、まさかこんな場面で聞くことになろうとは思わなかった。もう少し年を取って、音楽の味がわかるようになってから聞きたかったが、本当に人生という物はわからないものだ。

 

 ピアノを弾くベートーベン、この場合は絵なのだけども、紛らわしいのでベートベンもどきとするが、俺との距離は、間に並べられた机や椅子を挟んで十メートルほどといったところだ。

 全力で駆け抜ければ三秒とかからないその距離。どう攻めるかはこの部屋に入る前から決めていた。だから迷いなどはない。実行できるかどうかが問題だったのだが、日和の言葉で覚悟も出来た。


 床を蹴り、机と机の間を一気に走りその間合いを詰める。

 前回の戦いで俺が思ったこと。それは先手をとるということの重要性だ。素人目には先手という物は、どうにも不利に感じるところがある。おそらくよく漫画などで、先に攻撃を出した方が、だいたいそれをいなされて敗北してしまうからだろう。

 しかし現実はそうではない。戦闘においては先手を決めたほうが圧倒的に有利に立つ。考えてみればそれも当然で、お互いの体力が百で開始したとしても、先に攻撃が入ればたちどころにその残量は減ってしまうからだ。

 例え切り札に必殺の技を持っていたとしても、それを打つだけの体力がなければそんなものは最初からないに等しい。ゆえに初手の攻撃という物は、非常に重要な役割をもつ。


 闇が憑りついたものに対しては心具以外の攻撃は無効だが、まるっきり意味をなさないということはない。少なくとも物理的な損壊を与えることはできる。すでにそれは先の戦いで実証済み。


 素手では無理だ。


 それは人体模型に対し、お互いの走る速度を乗せたパイプ椅子の交差法による攻撃が効かなかったことから明らか。だから対抗策を用意した。

 走りながらポケットを探り、目的の物を取り出した。


 フォールディングナイフ。


 柄に刃の部分を格納できるタイプのナイフだ。親父がアウトドアにはまっていた時に買ったと以前聞いたことを覚えていたため、こっそりと拝借させてもらったもの。打撃ではダメージが弱いというのであれば斬撃であればどうか。そんな短絡的な考えが通じるとも思えなかったが、いろいろと考えた末に持ってきた武器だ。

 仮に通じなかったとしても、丸腰よりも少しは心にゆとりができる。最初から倒せるとは思っていない。この戦闘の前提が心具発現のきっかけを見つけることで、倒すことではないのだ。


 勝てるとは思えない。日和も守ってくれる。危険はそれほど大きくはない。


 だからって、負けることが悔しくないなんてことはない。


「いくぞ!!」


 相手が常識の外にいる“闇”だったとしても、負けることを許容する戦いをするほど、まだ俺は大人ではない。どんなに負けることを擁護する理屈を頭で並べたとしても、心がそれを否定してしまうのだ。


 負けたくないと。


 ベートーベンもどきとの距離はもうほとんどなく、完全にこちらの間合いに入った。しかしそれは相手だって同じこと。ナイフが届く間合いなんて、腕のリーチと加速を加味しても1メートル。そんな距離であれば、相手の攻撃距離がどんなに短くても届いてしまうはずだ。

 だがベートーベンもどきの手は、未だにピアノの鍵盤に置かれたまま。演奏を辞めるそぶりもなく、攻撃に移る仕草も見せない。


 どう考えてもこちらの攻撃の方が先に届く。


 逆手に持ったナイフで狙うのはベートベンもどきの首。そこに右から斜め上にかけての斬撃を見舞う。突きにしようかとも思ったが、それでは突進力がそのまま前に流れることとなり相手の反撃に対し不利になる可能性がある。そもそもどんなに急所を狙おうが相手を倒せないのだから、初手の後に回避することを念頭に置かなければならない。

 だからこその斬撃。これであれば体の方向を進行方向左側に流すことができ、回避行動に移りやすい。ダメージ量としては劣るが、二撃目へのつなぎを考えればこれがベスト。

 

 俺の目論見は実現した。首への斬撃は正確に決まり、同時に鍵盤から離れ俺に向けて振るわれた腕も予測していただけあって、体を左側に流しながら回避することができた。

 だがそれ以降は予測の範疇から大きく外れる。これが対人戦であったなら、俺の行動は完璧だったといえるだろう。初手を取るという行動も、回避を成功させたことも、すべて想定通りにこなすことができたのだから。

 もっとも、生身の人相手に躊躇わずにナイフを振るえたかは怪しいが、どちらにせよ理論は正しかっただろう。

 だけど今回の相手は人ではない。人という領域を大きく超えた先にいる“闇”という存在なのだ。わかっていたつもりだったが、俺はまだそれをちゃんと理解できていなかったようだ。


 上半身だけのベートーベンもどきがこちらに向き直ると同時、その目が黄色く光る。七不思議の怪のひとつ。ベートベンの光る眼。それを体現するかのごとく光る眼が俺を捕らえる。

 それは目くらましのような眩しいものではなかった。現に俺の視界はしっかりと保たれているし、相手の姿もしっかりと見えている。だが、問題は目くらましよりもよっぽど深刻だったと言わざるを得ない。

 

 体が動かない。

 

 眼の光を見た瞬間から、まるで体が石になってしまったかのようにピクリとも動かないのだ。これではまるで無数の蛇を頭部に持つという、あのメデューサと一緒ではないか。もどきの動きは緩慢だが、こちらは動けないのだからすでに盤面は詰んでしまっている。状況を打開しようにもこの体をどうにかしなければそれすらも出来ない。


チェックメイト。まさにその言葉がぴったりと言える状況となってしまった。


今回もお読みいただきありがとうございます。

読者の方も少しずつではありますが増えてきて、評価も頂き感謝でいっぱいです。

もし少しでも気に入っていただけたら奈なら、ブックマークや評価をして頂けると非常に嬉しいです。

また次回もよろしくお願いします。

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