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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第22話~音楽室の怪~

 新校舎の中。


 爆発によってぼろぼろになった多目的室の中は、警察と消防によってあらゆるものが調べられていた。いかにそこに誰かがいたという事実に対し、完全な隠蔽工作がされたとはいえ、そこで爆発が起こったのは事実。警察がその事実を調べないわけがないのだ。

 爆発による残骸、指紋、そして犯人の痕跡を総力をあげて捜査していた。

 しかし彼らは見落としていた。いや、そもそも何も知らない彼らに見つけられるものではなかったのだ。その中で不気味にうごめくそのものを。

 

 それは思う。危なかったと。


 その感情は、それが初めて抱いたもの。自分が消滅の寸前まで追い詰められたことで新たな感情が芽生えた。


 次はこうはいかない。


 それは思う。次に会った時は、残さず食べつくしてやる。



 夜の校舎内を歩くのはこれで何日連続となるだろうか。

 日和から心具という物の詳細を聞いた翌日から、俺は日和について連日校舎内を徘徊して回っていた。


「ほらほら千種さん。せっかく女の子と一緒にいるんですからそんな辛気臭い顔しないでくださいよー」


 相変わらずのおちゃらけ具合だが、これはきっと少しでも俺の緊張をやわらげようとしているのだろう。

実際、俺は夜の校舎内というものに緊張をしている。その暗さ故、いつどこから何が飛びでてくるかわからない。加えてこの静けさが余計にこちらの緊張感を煽ってくるのだ。 

 もしかしたら次の角を超えた先には、人体模型のようなものが潜んでいるのかもしれない。下手をすると、それよりも強いものの可能性だってある。一度そう考えてしまえば、もう警戒を解くことなど無理だ。一歩を踏みしめるのにも、多大な集中力を使ってしまっている。


「何かが出てくる前からそんなんだと、いざ出てきたときに対処できませんよー」


「言われなくたってそんなことくらいわかってるよ。それよりも警備員とかは大丈夫なんだろうな」


 調査という名の徘徊を始めてからというもの、今日まで警備員に見つかるどころかその気配すら感じていない。一日二日ならたまたまということもありえるが、今日ですでに一週間だ。いくらなんでも偶然の一言では片付けられないだろう。


「そちらに関してはしっかり手を打ってありますので大丈夫です。人が相手であれば、いくらでもやりようはあるんですよー」


 だと思った。

 本当に恐ろしい奴だ。後学のために一体何をしているのか是非聞いておきたいが、やはりこれもやめておくのが無難なんだと思う。

 得るものよりも失うものの方が多そうだ。主に倫理観とかそういったものを。


 しかし今の日和との会話の中、ある一言に俺はひっかかりを覚えた。


 人が相手であれば。


 俺たちが相手をしているものは、やはり人ではないということだ。

 日和曰く、“闇”の形は千差万別。時には人の形をしていることもあるそうだが、どちらかと言えば不定形な物が多い。“闇”本体に形という意味はなく、一種の概念に近いものなのだそうだ。

 “闇”が憑りついた時点で、それはもう人や物とは呼べない何かとなる。そうなってしまってはもはや倒す以外に術はない。

 実際に相対したからこそ、その事実が重くのしかかってくる。

 前回は憑りついたのが人体模型という物だったからよかった。だが、はたして相手が人の形をしていた場合、俺は戦えるのだろうか。


「今日も何も出てきそうにありませんねー」


 そんな俺の葛藤など知る由もない日和の口ぶりはお気楽その物だ。


 違うか。


 たぶん俺にはそう見えるだけで、胸中はそうではないのだろう。きっとこいつは今までに俺の思う最悪の場面を何度も経験し、そして何度も切り抜けてきているはず。

 辛いことも、悲しいことも、きっと俺なんかでは想像もつかないほどあったはずだ。でなければ、心具の発現も、ましてあんな殺気を放つことなんてできるはずがない。

 それでもこいつは、日和は笑っている。その笑顔が仮に嘘だったとしても、表面上だけだったとしても笑っているのだ。

 その笑顔にどういう理由があるのであれ、それができることはやっぱりすごいことだと思う。少し前を歩く日和の背を見ながら、俺はそう思った。


「千種さん、止まってください」


 突然の日和からの静止。

 前に重心が乗っていた体を止めるのは容易ではなかったが、物理的な力、つまり静止を促す際に俺の前に出された日和の手によって、前に進もうとする体を支えてもらいなんとかその場に踏みとどまることができた。

 

 日和は何も言わない。

 

 普段の日和であれば、今のように仮に不可抗力なことであっても、少しでも体の一部に触れてしまったとなれば、やれ変態だ、変質者だと騒ぎ立ててくる。だけど今はそれがない。それどころか俺の方など見向きもせず、前方の暗闇に目を光らせている。


「警戒してください。おそらく何かがいます」


 短い言葉が余計に俺の緊張を加速させる。何度も体験していることだが、普段おちゃらけている奴が真面目な口調になる時ほど怖いものはない。それだけで、本気度が嫌でも伝わってきてしまうから。

 

 何かがいる。この状況で日和が警戒する何か。“闇”しかないだろう。


 夜の廊下は、窓からの薄明りによって数m先くらいまでなんとか見ることが出来るが、その先はまったくわからない。だが、その暗闇の先に何があるのかを俺は知っている。


 音楽室。

 

 日和から話を聞いてから、俺も自身で学校の怪談、つまり7不思議という物を調べてみた。

 その結果、各学校や場所により、特色やこんなものはここにしかないだろうというものも多数存在したのだが、基本的にはやはり7つ。そこから派生したり脚色を加えてできたものが多数を占めていた。


 光るベートーベンの目、夜に鳴る楽器、歩く二宮金次郎、踊る人体模型、一段多い階段、鏡にまつわる話、トイレの花子さん、欠けた7不思議。


 この7つが7不思議の基本形。

 その内の踊る人体模型に関しては、先日片がついているので残り6つ。この中でも日和が注視したのが二宮金次郎とベートーベンだ。

 その理由はいたって単純。実体があるかないかの違いだ。残り4つと違い、この2つには人体模型のようにすでに確固とした実態がある。対して他4つは、そもそもその仕組みがよくわからないものばかり。

 いるかいないかわからないものよりも、実際にそこにある物に憑りつく方がよっぽど早い。

ゆえに“闇”もこういった場合、実体があるものに憑りつく傾向があると日和は言っていた。

 

 それゆえ音楽室、中庭に関しては他よりも比率をあげて警戒にあたっていたのだが、まさか本当にヒットするとは思ってもいなかった。

 俺にはまだ何かがいるということを感じ取ることはできないが、空気がさっきまでと違うことくらいはわかる。喉が渇き背中に汗が伝う。先日の体験があるからこそわかってしまうし、できれば近づきたいと体が訴えてくるのだ。


「できれば千種さんに相手をしてもらいたいところですが、少し厳しそうですね」


 日和の顔には別に俺を馬鹿にするとか、軽蔑するとか、そういったマイナス的な要素は何一つなかったと思う。

 日和自身わかっているのだろう。なんの自衛能力も持たないやつが、あれと戦うということがどういうことなのかを。俺自身もそのことは痛いほどわかっている。体でも感情でも、どちらでも。

 もしかした、それはかつての日和も通って来た道なのかもしれない。自分の無力さも恐怖も、今俺が感じていること全て、日和は感じてきているのかもしれない。

 “闇”と戦うということはそういうこと。ここで出会う前の日和がどう生きて来たのか、その表情からは読み取ることはできなかった。

 

 日和が一歩歩を進める。窓から入り込む月の光が日和の顔を映し出す。

 月明かりに照らされたその表情に、俺は思い当たることがあった。いつだっただろう。もう思い出せないくらい昔のことだが、これと同じ顔をした奴と会ったことがある。自分は大丈夫だと笑いながら、陰で泣いていた奴のことを。

 

 一部だけが切り取られたかのような思い出。この学校で入学した日和とは関係ないはずの記憶。記憶の中の人物が誰だったのかも思い出せない。だけど重なった。今の日和の表情と記憶の中の誰かの表情が。


「いや、俺がやる」


 心具発現の糸口は未だに何一つ分かっていない。つまりそれはこの先にいる何かと戦う術を持っていないということだ。

 

 だからどうした。

 

 そんなことは関係ない。俺は日和に協力すると言ったんだ。だったらやらなきゃいけない。


 あの表情を、なぜだか俺は見たくはなかったから。


今回もお読みいただきありがとうございます。

もし少しでも気に入っていただけたら、ブックマークや評価をお願いします。

少しでいいので私に力を頂けると嬉しいです。

また次回もよろしくお願いします。

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