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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第21話~発現される心具~

 何度来てもやはり夜の学校というものは、それだけで俺のテンションを上げてくれる。体の節々がまだ痛むが、歩くくらいならなら差支えはない。新校舎に行くとなれば、屋上の段差を越えなければいけなくなる。今の体の状態では少し厳しいが、今夜の集合場所は校舎の裏門。その後に旧校舎の屋上に行くとしても、それほど問題はないのだ。


「こんばんは千種さん。今夜は月が綺麗ですね」


「その文章は誤解を招くもとになるからあまり推奨はしないぞ」


 俺が勘違いをしたらどうするんだ。

 かつて漱石が言ったとか言わないとされている文章を引き合いに出す日和は、俺が裏門に着いた時にはすでにそこで待っていた。いつもの制服に身を包み、髪にはいつものリボンをつけ、見かけはどこも変わったところなどない。

 だが、その姿に違和感を覚える。具体的にどこがと言われてもうまく答えられないが、どこか気配や雰囲気といったものが違う。纏っている空気がいつもとまるで違うのだ。


「まずは場所を移しましょうか。お昼にも言った通り、旧校舎の屋上の方が都合がいいですからね」


 促す日和に従い、いつもの侵入経路であるフェンスの切れ目から敷地内へと侵入する。移動中、俺と日和に特に会話はない。何かを話そうかとも思ったのだが、なんとなく今は言葉を交わすような時ではないと思ったのだ。俺がそう思ったのもきっと、今の日和の纏う雰囲気のせいだろう。

 

 鍵の空いた窓から校舎へ侵入し、屋上へと向かっていく。昨日の今日だからか、また背後から人体模型が襲ってくるんじゃないかという恐怖にかられてしまう。


「今夜は私がいます。何も心配はいりませんよ」


 人の不安を見透かしたかのように、優しい声をかけてくる日和。その言葉に安心している自分がいて、少しだけ悔しさを覚えたが、その気持ちに気づかないふりをしておいた。


 屋上の扉を開け外気に触れると、やっぱり少し気分が高揚していく。どんな状況であれ、夜の学校の屋上という非日常的な空気というのは、人の心を高ぶらせる効果があるのだろう。

 俺達は屋上の中央まで進み、そこで正対する。昼休みに行われるような軽いやり取りはやはり起こりそうにはない。


「時間がもったいないので早速始めていきましょう。私がどうやって闇に対抗する力を行使しているかを今から説明します」


 余計な前ふりもおふざけも何もない。解説をするときの真面目モードの日和ともまた、今の様子は似つかない。いうなれば侍。日和に対してその単語はどうかとも思うが、それしか浮かばないのだから仕方がない。神経を集中し研ぎ澄まされたその瞳はまるで一振りの刀のようにも見える。


「昨夜私が放った一撃。あれがなんだったかわかりますか?」


「いや、頭の上を巨大な何かが通過したような気がしたが、早すぎて何も見えなかった」

 

 その時の状況的によく見ていなかったというのもあるが、見ていたとしても俺の目に捕らえられたかは怪しい。何せ、日和の一撃から人体模型が吹き飛ぶまでの速度が異常だった。そこから考えても、果たして万全に目を凝らしていたからといって見えていない可能性の方が高いだろう。

 嘘をついてもしょうがないので正直に答えることにした。余計な意地で嘘をつく理由も特にはない。とにかく今は、これから対峙していく敵に対する対抗手段が必要なのだ。つまらないプライドでリスクを高めるなど愚の骨頂以外の何物でもないだろう。


「闇と戦うために大切になるのは素質ですと、以前言ったと思います。その素質とはありていに言えば心の強さです」

 

 心の強さ。


 確かにイメージとして、闇と戦うのに心が弱くてはダメな気がする。人体模型と対面していた時にすぐに心が折れていたら、逃げることも出来ずに俺は今ここにはいないだろう。


「その心の強さを具現化したもの。それこそが闇に唯一対抗できる手段なんです」

 

 そう言うと日和は俺から数歩距離を取る。右の手が虚空を掴むかのように前へと出され、そこで制止する。

 

 一体何が起こるというのか。

 

 精神を統一するかのように閉じられた瞳、そして呟かれる言葉。


「発現」


 言葉と同時に日和の右手に何かが現れた。

 右手で持っている部分。おそらくその物の柄になるであろう箇所だけで、日和の身長と同じくらいに長いそれ。その長い柄の先端から真横に弧を描くように伸びる黒色の刃。刃先は月の光を反射し鈍く光る。

 

 デスサイズ。

 

 死神が対象の命を刈るために用いるとされている大鎌。およそ現代においては不釣り合いで、それでいて殺すことに特化している武器。

 それを持ち静かに屋上に立つ日和。

 非現実的な光景だがなぜだろう、不思議と違和感はなかった。夜という独特の空気感のせいなのか、はたまた現実離れしすぎているからか。

 きっとそのどちらでもないのだろう。たぶん単純に綺麗だったんだ。デスサイズをという明らかに誰かを殺すための得物を持つ、日和のその姿が。


「心の強さは認識と覚悟により自身の内から外に出力されます。それが“心具”。闇に対抗するための唯一の手段となるものです」

 

 心の具現化。自らの心を武器として振るい、闇を打ち倒す。ますます現実離れした話になってきた。ファンタジーがそのまま現実に引っ越しでもしてきたらこんな話になるんだろうか。


「闇には通常の攻撃が通用しないことは昨日体験されたと思います。もちろん多少の足止めは出来ますが、完全に動きを止めることはできません。最終的には闇を対象物から引き離すことが必要ですが、その前段階。相手を戦闘不能状態にするためにはこの心具が必要なんです」

 

 大鎌を静かに持ち上げ、そのままの勢いで振り降ろす。振るった大鎌が巻き起こす風圧が、俺の髪を大きく揺らした。

 なるほど、あの黒い物体の正体はこれだったのか。というかこいつはこんなものを人の頭上で振るったというのだろうか。一歩間違えれば俺が真っ二つになるエンディングもあったのかもしれない。うん、考えるのはよそう。無事だったのだからそれでいいのだ。


 しかし疑問がいくつか残る。

 日和の持つ武器の巨大さは、並みの大きさではない。自身の身長に匹敵する大きさの武器。それを日和の細腕で振るうことなどできるのだろうか。もっとも、昨夜も今も、何の問題もなく大鎌をふるってる辺り、心具とやらは常識に左右されるものではないのだろう。

 そしてそれよりもさらに重要な問題がある。そもそもそれはどうやって発現させるというのか。認識と覚悟と言っていたが、それではあまりに抽象的過ぎる。


「具体的にそれはどうやったら発現できるんだ?というか俺にもできるのか?」

 

 闇への対抗手段である心具。それは実際に見て理解した。何もない空間から武器が出現する。言わば無から有を生み出すという質量保存の法則を真っ向から否定する行為。これには錬金術師もびっくりだろう。もはや科学を超越したその行為を果たして俺が行うことが可能なのだろうか。

 というか出来なければ困る。何度も言うが丸腰で戦地に赴くような真似はしたくない。


「結論からお話しするなら可能です」


「本当か!?」


 それならば俺もあの訳のわからないやつらと戦う手段を得ることが出来る。戦地からの生還の可能性がぐっと上がるのだ。


「ですがその方法をお教えすることはできません」


 持ち上げて落とす。希望をちらつかせて突き落とすとは、この期に及んでまでこいつは俺をおちょくっているのだろうか。


「誤解をしないでもらいたいのですが、決して私が千種さんに教えたくないというわけではないです」


「どういうことだ。それなら教えてくれてもいいだろう?」


 教える気があるなら出来ないことなどないはずだ。だが今の日和表情を見れば言っていることが冗談や虚言でないことは一目瞭然。つまり教えたくても教えられないのだろう。それを踏まえて考えられる可能があるとするならそれは何か。


「心具の発現条件は人によって違うのか?」


「頭の回転が早いようで助かります」


 心具とやらがどんなものなのかはわからないが、教えたくても教えられない、個人の心の強さを具現化する、というところから考えれば、人によって発現条件が異なることは想像に難くない。


「心具発現の前提条件は覚悟と認識です。これが一定基準に達することで発現の条件の一つがクリアされます」


「一つってことは他にも条件があるんだな?」


「そうです。そしてそこからの条件というのは各個人によって全く異なるものなのです」

 

 なるほど。それならば日和が俺に教えられない理由にも納得がいく。

 その場所にたどり着くまでの道は一緒でも、最後に用意された扉は各々違う。扉が違えばそれに合う鍵も違ってくる。だとすれば心具を発現させるためには、それを俺自身が見つけなければいけないということだ。


「ちなみにお前がその心具を発現させるための条件はなんだったんだ?」

 

 いかに条件が違うとはいえ、流石にノーヒントというのは厳しすぎる。何より前提となる覚悟と認識が一緒である以上、その延長線上に鍵がある可能性だってある。

 しかし俺はすぐにそれを聞いたことを後悔した。日和から返ってきたのは返事でもなければ、ましてヒントなどではない。紛れもない殺気そのもの。その殺気は人体模型の比にすらならない。目を逸らさずに立っていられたことが信じられないほどに強烈な物だった。


「私の条件は覚悟です」


 単語の一つ一つが突き刺さるように重い。


「前提となる覚悟のさらにその先。“闇”を打倒するという覚悟を心から決めた時、心具は発現しました」

 

 日和は自身が右手に握る大鎌を見つめる。その黒い刃に一体何を思っているのだろうか。日和の過去、これまで歩んできた道のりに一体何があったのを聞くのは、なんとなくだが今の俺にはまだ早い。そんな気がした。

 

「となると問題はどうやってその条件を見つけるかだな」


 だから俺は話しを戻す。もし日和に話す気があるのなら、そのうちさっきの意味を話してくれることもあるだろうから。


「それについては方法は一つです」


 あるなら教えてくれと言いかけてやめる。なんだその顔は。

 話を変えるためにあえてさっきの話を掘り下げなかったし、結果的に日和から出ていた殺気もなぜだか収まっている。だがしかし、今度はなぜか笑顔とはまた少し違った表情を見せているではないか。いうなれば小悪魔的笑顔。通常運転の日和の顔だ。


「おそらくですが、核を見つけるまでに何度か“闇”と戦闘を行う機会があるでしょう。そのときに覚悟と認識という言葉を頭に置いて戦ってみてください。そうすれば千種さんの心具発現条件が見えてくる可能性もあるかもしれません」

 

 さらっと言ったその言葉は、やはり今後も俺があいつらと直接的に戦わなければならないと言っている。確かにそのために心具とやらを欲しているわけだが、できることなら戦いたくなんてない。最終手段として戦う力を身に着けたいだけなのだ。


「心配しなくて大丈夫ですよー。もしものときは千種さんより強いこの日和さんがしっかりと守ってあげますからー」

 

 今ならその心具とやらを発現できる気がするのだがどうだろう。きっと今の俺の顔はいい感じにひきつっていると思うぞ。


「好き勝手言ってんじゃねぇぞこの野郎!!」


「きゃー、千種さんに襲われるー」


 霧散する緊張感。夜の屋上での鬼ごっこ。たぶんこれもつかの間の休息のようなものなのかもしれない。ここから先にとんでもないことが待っているのかもしれない。

 

 乗り越えてやるさ。だって今俺は、こんな状況だというのに、けっこうわくわくしてるんだからな。


今回もお読みいただきありがとうございます。

もし少しでも気に入っていただけたら、ブックマークや評価をお願いします。

少しでいいので私に力を頂けると嬉しいです。

また次回もよろしくお願いします。

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