第19話~再び二人の昼休み~
学校から抜け出したときには恐怖から抜け出した安心感と、日和との仲が戻ったことで都合よく忘れていたのだが、そもそも俺が学校でやらかしたことは相当でかい騒ぎになるはずだった。
教室一つを丸々吹き飛ばすほどの爆発を起こしたのだ。警察や消防が動いてもなんら不思議ではない。むしろ動かなくてはおかしいくらいだ。いかに自分の命の危険があったとはいえ、あんな出来事、実際に見ていなければ信じてもらえるはずもない。
朝起きてそれを思い出したときには、昨日の夜のテンションから一転、これからの灰色人生に絶望を覚えた。きっとこれは夢で、起きたら何事もない朝が始まると二度寝をかましてみたけれど、結局10分後のスヌーズに起こされた後も状況は当然変わるわけもない。
昨夜に引き続いていやな汗を流しながらの起床。今まさに家のチャイムが押されて、警察が来るんじゃないかという焦燥に駆られてしまう。
しかし予想に反して何も起こらない。警察の訪問もなければ、朝のニュースでも爆発騒ぎなどの報道はない。新聞の一面にもこれといった記事は確認できない。
まだ誰も気づいてないのかという疑念を持ちつつ、おっかなびっくり家を出て学校に向かう。犯人が現場に戻ってくるという心境が少しわかった気がしたが、できれば一生わからなくてよかったかもしれない。昨夜とはまた違う種類の不安が募って最低の気分だ。
学校に近づけば、さすがにマスコミでごったがえしているかと思ったが、一切そう言った気配はない。普段と変わらない朝の登校風景が眼前に広がるのみで、俺の想像とはまったくかけ離れている光景に唖然としてしまう。
昨夜のことは実は夢だったのではないか、と思ってしまうほどの穏やかな空気。
しかし、校門をくぐり高校の敷地内に入るとそれは一変する。
何かに群がる生徒。それを制しようとする教師。みんなが見ている視線の先に見えるのは、白い校舎の一角が黒く焼け焦げ、窓ガラスまで吹き飛んだ爆発の跡。
「あれは夢なんかじゃない」
昨夜の出来事は紛れもない真実だ。
確かに人体模型と命がけの攻防をしたという事実は存在している。あの爆発も全部現実で、実際に校舎の一部が吹き飛んでいるのだ。
ではなぜ、爆発の容疑が俺にかからないのか。
新校舎には各階、中央階段の上に必ず防犯カメラが設置されている。忍び込む際には絶対にそれに映りこまないよう、細心の注意を払っているが、昨夜の命がけの追いかけっこの際はその限りではなかった。
ただ必死に逃げることを第一選択として走り回ったのだ。中央階段も使ったし、その姿はばっちり記録だってされているはず。最大限に譲歩して犯人扱いされなかったとしても、重要参考人として名前があがることは間違いないのだ。
しかし、午前の授業が始まっても、俺に捜査の目が向くことなかった。
生徒の間では、テロではないのかとか、殺人犯が逃げ込んでいたのではとか、挙句の果てには宇宙人が何かやらかしたのではなど、憶測に尾ひれや背びれ、加えて足までついて噂が飛び交う始末。噂という物が拡散していく様子をまざまざと見せつけられた瞬間だった。
おそらくこの高校で一番の情報通であると思われる伏見が、同じくこの話題を教室内で友人と話しているのを盗み聞いてみたのだが、あの伏見でさえ、誰かが爆発物を爆破させたなどと言うことを言っていた。
もっとよく話を聞こうと視線をそっちに向けたのだが、タイミングよくこちらを見た伏見と目が合ってしまい思わずその視線を切る。別に視線が合ったくらい堂々としてればいいのに、今のような態度をとってしまえば、何かやましいことがあると思われてしまうかもしれない。
実際大いにやましいことがあるのだが、ばれていないのならこちらからボロを出す必要は全くないのだ。
幸いにも、その後に伏見からの追及などは何もなく、友人達との会話に戻っていったようだ。
罪を犯した人間の心境というものを、嫌というくらい思い知る午前中となってしまった。
だがこれはもう、あいつが何かをやったのは確定的だろう。昨夜のことを知る俺以外の人物は一人しかいない。俺に心当たりが全くないのだから、この不可思議な状態の原因はあいつ以外には考えられないのだ。
◇
「私が千種さんの痕跡をしっかりと消しておきましたので、何も心配することはありませんよー」
昼休みの旧校舎の屋上。失ったはずの日常が再びそこにはあった。
「あのままにしておいたら、確実に千種さんは檻の中ですからねー。よかったですねー。その年で前科者にならなくてー」
自分で作ったのか、女子らしい小ぶりな弁当箱に入っているたこさんウインナーを頬張りながら、何の気なしにそう言う日和。
予想通りと言えばその通りだが、そんなにあっけらかんと言うような問題でもないようだ気がするのだが。しかも話し方が通常時に戻っているので、尚の事、話題の重みが半減してしまうのだ。
「痕跡を消したってどういうことだよ」
「簡単に言いますと、千種さんが昨夜校内にいたというありとあらゆる事実をなかったことにしたんですー。方法も聞きたいですか?」
最後の一文のトーンだけを真面目モードで話す日和。
非常に興味をそそる内容ではあるが、自身のこれからのためにもやめておく方が賢明だろう。何より日和の目が少し怖い。
爆発事故はあったことは事実だが、そこに俺は存在しなかった。なるほど。確かにそれならば俺に容疑の目が向かいのは納得だ。
しかし、だとすれば今度は別のことに目が行ってしまう。
日和の言う通り、俺がいた痕跡がなくなったとしても、現に爆発は起きている。その事実はすでに全校生徒の知るところであり疑いようのない事実だ。その割には騒ぎの規模が小さすぎる気がするのだ。
高校で爆発事故なんて、マスコミの恰好のネタであるのは間違いない。どう控えめに見たって、全国ニュースで取り上げられて、どこの誰かもわからないコメンテーターが好き放題言っている光景が目に浮かんでくる。
俺のそんな疑問に対しても日和はどこ吹く風。今度は卵焼きを箸でつまみながら、順々に疑問に対する答えを解説していく。
「爆発という事実をもみ消すことは、はっきり言って私がどんな手段を使っても無理なんですよー。それこそ、どこぞの青いロボットのなんでもポケットでもあれば話は別なんですけどねー」
お前、そんな発言して気を付けろよ?月のない夜に襲撃されても知らないからな。いや、昨夜の日和の強さを想像するに、襲撃者が返り討ちになってしまうかもしれない、
逃げて―!青い猫を模したロボット、超逃げて―。
「だからこそ千種さんの痕跡を消したんですー。爆発が起こった事実は残りますが、その原因は不明。どうしてそこで爆発が起こったのか、どういった経緯で、何が起こって、そういった痕跡もすべて消しましたー」
口で言うのは簡単だがやっていることは異常そのものだ。
昨夜のあの騒動の後、一人でそれをやってのけたというなら、それはもう奇跡に近い。だが、たぶんそれは事実なんだろう。この時間になっても昨夜の件が表ざたになっていないことが今の日和の発言がすべて本当であると照明している。
「人間というのは不思議なもので、原因がわからないものほど隠したくなるものなんですよー。ましてここは県内でも有数の進学校。もちろん警察に連絡は行っていますが、どうやら裏でいろいろと大人の事情が働いているみたいですからねー」
様々な利権や事情、そういった大人たちの問題もを巻き込んだ鮮やかな隠ぺい工作。まさに悪魔の所業ってやつではなかろうか。
それに加えて、どうやら日和のバックボーンとなっている組織からの圧力等もあるとのことだが、そこも都合よく聞こえなかったことにしておいた。
それを聞いてしまったら、その時点で引き返せない領域に足を突っ込んでしまう気がしたからだ。すでに半分くらいは突っ込んでいる気もするが、それも気づかないふりをすることにした。自分の精神を守るためには仕方がない。すでにいろいろと俺のキャパシティを超えているのだ。
旧校舎の屋上の物置小屋の中は、居心地はいいのだが、いかんせんこの時期は寒さが厳しい。立て付けの悪い扉や窓のサッシの隙間から、隙間風が入り込んでしまうのだ。
暖房でもあればいいのだが、流石にそこまでを旧校舎のこの場所に求めるのは酷というものだろう。今度どこかで暖房器具でも調達してきたいとこだな。
「なぁ日和」
「ふぁんでふかー」
口いっぱいにご飯を詰めたまま返事を返す。お前はリスか。
「口の中がなくなってから話せ」
ほんとにこいつは昨夜の日和と同一人物なのか疑いたくなってしまう。
あまりにもギャップがありすぎて、双子の姉がいると言われればそのまま信じてしまいそうだ。いや、いないよな?嫌だぞ、この上似たような奴がもう一人出てくるなんてのは。
「はい、もう大丈夫です。ちゃんと呑み込みましたから」
何もいばることでばない。それにいちいち口を開けてアピールする必要もない。その脳天にいつものごとくチョップを喰らわせてやろうかとも思ったが、こんな奴でも一応は恩人だ。少しは丁重に扱うことにしよう。
「どうしました?久しぶりの日和さんにそんな見惚れちゃったんですかー、鼻の下がのびて……へぶっ!?」
しようと思ったがやめた。前言撤回だ。そんな減らず口を叩く奴にはやはりこのくらいが丁度いい。
頭を押さえてうずくまる姿は、本当に何度見ても昨夜とは別人だ。人体模型を攻撃した日和の姿。あの衝撃はこれから先も忘れることはないだろう。
そんな日和の姿と同じく、昨夜の出来事は忘れたくても今後一生忘れることなどできやしないであろう。そしてそれは今まさにこの瞬間も、どこかで起きようとしているのかもしれない。闇とやらはまだ根絶されていないのだから。
「闇が何かとかは以前に聞いたからまあいい。この学校内にそれがはびこって昨日みたいなことが起きていて、しかもこの先も起こる可能性が高いということもわかった」
「信じて頂けたようで何よりです」
あんなことを体験すれば信じざるを得ないだろう。記憶を消去できるならしたいくらいだ。
「俺からの質問は二つ。これから先、具体的にどうしていくつもりなんだ?あいつらを相手するにしても、闇の核を探すにしても、その目星はついているのか?」
闇を打倒するという最終目標ははっきりしているが、そこに至るまでの過程が現状ではさっぱりだ。そしてそれこそが何より大事なことは間違いない。
「少なくとも今までの調査と昨日の出来事でわかったことは、昨夜も言ったようにこの学校の闇は、怪談話に便乗する傾向があるということです」
その一つが走る人体模型。
今夜になればその他の怪談、例えば美術室のモナリザの絵が学校を漂うとでも言うのだろうか。
「残念ながら現状でわかっているのはそれだけです。今できることと言えば、怪談となるものに当たりを付けて監視するしかない状態ですね」
さっきまでの無駄に高いテンションはなりを潜め、真面目モードの日和が顔を出す。これが出るということは、今の話が冗談ではなく真実であるということだ。
つまり言ってしまえば具体的なことは何もわかってはいないのだ。次にどんな物が闇に憑りつかれる可能性があるのか、核となりえるものはどこにあるのか、対策はどうしていくのか。それらが何もわからない。
暗闇の中で探し物をするようなものだ。
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