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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第17話~抱擁~

 死ぬ間際には、周囲のスピードが遅くなるという走馬燈なるものを体験できるというが、そんなものはやってこない。

 もはや対処のしようがない。後少し早く気が付けていれば方法はあったかもしれないが、完全に不意をつかれたこの状況で、出来ることなどなにもないのだ。


『“闇”は必ず脅威を引き起こします。大きいか小さいかはわかりませんが。くれぐれもご注意を』


 思い出すのは日和のこの言葉。今更ながら、この異常事態はきっとその“闇”とやらが大いに関わっているのだろう。だがそれに気づいたところでもう遅い。脅威は今まさに俺を殺そうと拳を振り上げているのだから。

 

 回避は出来ない。防御も間に合わない。せめてもの抵抗として、思い切り目を瞑り歯を喰いしばる。この後すぐにくるはずの、衝撃と痛みを覚悟するために。


「千種さん伏せてください!!」


 衝撃と痛みの前に耳に届いた聞きなれた声に、咄嗟にしゃがむことに成功する。もっとも、ただでさえ何もできないと覚悟を決めた状況だったのだ。しゃがみ込むというよりも、もはや倒れこんだという方が正しい格好だ。

 

 どちらにせよ、その行動をとれたこと自体が奇跡に近い動きだった。


 俺のその行動とほとんど同時に頭上を通過する何か。

 次の瞬間に大きな音とともに吹き飛ぶ人体模型。吹き飛とんだそれは、屋上の地面を一回、二回と跳ね、三回目に地面に接触した時には今度は跳ねずにそのまま滑っていく。静止摩擦係数を超えた摩擦は熱を生み、人体模型の外装を焦がしていく。

 地面を滑った人体模型は、はるか向こう、屋上の端の壁にぶつかりようやくその動きを止める。遠すぎてよく見えないが、今の謎の衝撃により人体模型に致命的なダメージが入ったようだ。不死身かと思った人体模型も、今度こそ起き上がってはこないようだった。


 今度こそ本当に終わった。


 教室からの鬼ごっこの末、教室ひとつを丸々爆破してでも止まらなかった人体模型は、最後は第三者からの攻撃によって沈黙した。そして俺はその第三者に、いや正確にはその声に思い切り心当たりがある。


「いやー、まさに危機一髪、九死に一生ってやつですねー」


 絶対にこいつともう一度話をすると思い、なんとか生き延びようとしたのが馬鹿らしくなるほどの気の抜けた声。

 なんとなくそちらに視線を向けなかったのだが、そいつはそんなものはお構いなしとでもいうかのように、自分からこちらへ近づいてきた。

 この後のパターンはきっとこうだ。

 いつものように人を小馬鹿にしたような顔をして、私の言うことを信じないからこうなるんですよーとでも言ってくるのだろう。

 だがまぁ、今回ばかりは仕方がない。これが“闇”とやらに関係したものなのかは知らないが、少なくとも人知を超えた奇想天外なものに危うく殺されかけたのは間違いないのだから。

 そして寸でのところで日和に助けられた。これもまた疑いようのない事実だ。命を助けてもらったのだから、それくらいは受け入れる度量はあるつもりだ。


 しかし、そんな思いは今回も裏切られることとなる。もっとも、今回の裏切りはこの前と違って悪くはないものだったのかもしれない。


「千種さん無事でよかったです」


 どんな表情をすればいいかわからなくて、尚も顔をそむける俺の前まで来た日和は、あろうことか突然俺のことを抱きしめたのだ。


 これはまずい。いくらちゃんと話そうと決意をしていたのに、いざとなって何を言えばいいのかわからずに視線を逸らし続けてしまってたからとはいえ、この不意打ちはよろしくない。余計にどうしたらいいかわからなくなってしまうのは確実だし、何より彼女いない歴=年齢の年頃の男の子に、そういう行為はいろいろとまずいのだ。


 何もかもが近い。


 髪から香るシャンプーの匂いに頭がくらくらする。密着している部分はどうにもやわらかくて、男と女の違いを感じさせるのと同時に、心臓の動悸を著しく早くする。さっきまでの命のやり取りという緊迫した空気から一転、これでは恋愛青春ドラマ一直線だ。その段階に至るには、俺の心の準備が足りなさすぎる。


「お、おい日和!いきなり何やって……!?」


「いいから少し黙っててください!私がどんな気持ちだったと思ってるんですか!」


 いや、お前がどんな気持ちだったかなんて知らないし、そもそもここに至る状況が意味不明だよ!

と突っ込みたくもあったのだが、流石にそこまで俺は空気の読めない男ではない。

 言葉と同時に、抱きしめる腕にさらに力をこめる日和の姿を見てしまったら、このまま大人しくしておくのがきっと正しい選択だろう。おいしい展開であることは否めないわけだしな。


 お互いの息遣いだけが聞こえる夜の屋上。

 年下の女子に抱きしめられているなんて、この先もう巡ってこないかもしれないくらい美味しい状況だとは思うが、どうやらそろそろ脳内麻薬の方が切れてきたらしい。体の至る所が悲鳴を上げてきている。

 

 それも当然だろう、ドアを突き破るほどの力で突き飛ばされ、自分で起こしたとはいえ粉塵爆発の真っただ中にいたのだ。骨の一本や二本くらい折れていたところで何もおかしくはない。


「悪い日和、そろそろ離れてくれるか。体が少しきついんだ」


「す、すみません!そうでした、今すぐ怪我の状況を見せてください!」


 飛びのくように離れる日和。心地よかったぬくもりが離れてしまうのはやっぱり少し残念さを感じるが、その後すぐに腕や足のけがの様子を見始めてくれたのでプラマイゼロだろう。


 擦り傷や切り傷を消毒、打撲や捻挫のような個所に包帯をと、淀みなく治療をする日和の姿に、なんとなくムズかゆさを感じてしまう。

 つい数時間前まで明日はこいつと話をつけると勇んでいたというのに、いざ本人を目の前にしたら何も言えない。

 無言の空気感がどうにも居心地悪くてしょうがないので、気になることを聞いておくことにする。


「なぁ、あれってなんだったんだ」


 あんな得体のしれないものを一撃で倒す力に加え、こんな時間に学校にいることを考えれば、日和があれに関係していることくらい誰でもわかる。何より、人体模型が勝手に動き出すこと自体がやばすぎるのだ。とりあえずと言ったけど、実際本題といっても過言ではない。


「あれが先日からお話している“闇”です。正確には人体模型に“闇”が憑りついたと言った方がいいでしょうか」


 まあ、そうだろうな。

 実際に体験しなければ鼻で笑ってしまう話だが、今はもうそうではない。あんなとんでも現象だ。“闇”とやらは関係していませんなんてことになれば、そっちの方が驚きという物だ。


「この前の話だと、闇は事件の裏にいる黒幕みたいなもんだと思ってたんだけどな」


「正直なところ“闇”の詳細は不明なんです」


 裂傷が痛々しい左腕に包帯を巻きながら、日よりはそう答える。


「確かに黒幕として存在していたケースの方が多く確認されているのですが、今回のように誰かに憑りついていたという可能性も否定はしきれないんです」


「おいおい。それがほんとならだいぶやばいんじゃないのかよ」


 仮に“闇”が誰かに憑りつくのが可能だとすれば、まさにやりたい放題だ。例えばアメリカ合衆国の大統領にでも憑りついてみろ。即、核戦争だって起こせてしまうわけなのだから。


「今学校で何が起こっているんだよ?」


 もしあんなものが他にもいるとしたら。しかもそれが誰かに憑りついているとしたら。看過できない由々しき問題どころか、もはや一大事件となってしまう。

 今回俺が助かったのはたまたまといっていい。日和がいなければ今頃どうなっていたかもわからない。


「この数か月、私はそれをずっと調べてきました。校内に闇の影響が広がっているということは分かっていましたが、それがどういう影響を及ぼすかはわからなかったからです」


 腕と足の治療が終わると、日和は上着を脱がしにかかってくる。


「いや、そこまではいいから!?」


「そんなにボロボロの人が何を言ってるんですか。いいから見せてください」


 状況が状況なら嬉しいのかもしれないが、残念ながら今の状況にそんな甘さなど一欠けらもありはなしない。やむを得ず日和のなすがままに上着を脱ぎ、上半身をさらす。できれば脱がされるよりも、脱がす状況の方がよかった。付け加えるならベッドの上とかだと最高だった。

 そんな俺の心のうちなど知らない日和は、怪我がないかをチェックしながら話を続ける。


「“闇”の存在を確認しながらも動向がまったく不明でしたが、今日の出来事でその輪郭がようやく見えてきました」


 話しながら触れてくる日和の手が少しくすぐったい。丁寧に消毒をしながら処置をする手がなかなか動きを止めらないところを見ると、どうやら自分で思っている以上に怪我をしているようだ。


「人体模型が廊下を走る。学校でこのような話を聞いて一番最初に何を思い浮かべますか?」


「何って、そりゃ昔からよくある怪談話じゃないか」


 実際に追いかけられながらそんなことを考えていたのも事実。

 まだ小学生の頃に友達同士で話していたそんな話。まさか現実に起こるとは夢にも思わなかった。想像をこえるあの恐怖感は、この先しばらく忘れることはできないだろう。


「実は今、校内で怪談話がちょっとしたブームになっているんです」


「そんな話聞いたこともないぞ」


「それは千種さんが友達がいないのせいだと思います」


 人体模型にやられた怪我よりも、今の一言の方が何よりも痛かった。

 事実であることに間違いはないが、もう少しオブラートに包んでくれてもいいだろう。今の一言は俺の心にだいぶ突き刺さるどころか、さらに抉りこんでそこに塩を塗り込むくらいのダメージがある。

 自分でわかっていたこととはいえ、他人から指摘されるとなんて心に響くのだろうか。


いつも読んで頂きありがとうございます。

もし少しでもお気に召しましたら、ブックマークや評価を頂けるととても嬉しいです。

糧にして次回も頑張りたいと思います。

また次回もよろしくお願いします。

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