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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第12話~夜の校舎への潜入~

 ソファに座り込み、深くまで落としていた意識の底から浮上する。

 いつもならこの感覚が好きだったはずなのに、今は全くと言っていいほどそうは思えない。むしろ不快感が強いくらいだ。


「人の思考の中にまで現れるとかマジで勘弁してくれよ」


 学校から帰宅し誰にも邪魔されることないくつろぎの時間。

 自身の思考に沈み、余計な雑念から解き放たれる至福の時。

 だというのに、そこにまで現れるというのかあいつは。

 嫌な汗を背中に感じ、余計に不快感が全身を包む。冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出し一気に半分ほどを飲み干した。


「それを考えてるのは俺なんだから、別にあいつが悪いわけじゃないんだけどな」


 思考の海に潜るようになってから気付いたことなのだが、どうやらそこに沈みすぎると自身で思考を制御できなくなってしまう時があるらしい。

 もっともそれで何か不都合があるというわけではないのだが、制御できなくなった思考の世界には深層心理が混ざりこむ。いわゆる夢のような感じと言えばいいのだろうか。

 自分で構築していたはずの世界、現実離れをしながらもしっかりと秩序があった世界に急に現れる異物。考えすぎるあまり寝ているのではないかと思ったこともあったが、そんなときでも意識はしっかりとしているためどうやらそうではないらしい。

 いつもなら、今日も混ざったか、程度で済むのだが、今日のはいくらなんでもやりすぎだ。

 いい加減俺が日和のことを気にしているのは認めよう。

 しかしそれは恋愛感情だとかそういう俗物的なものじゃなく、俺の人生の中でも数少ない楽しい時間を与えてくれた人物に対する敬意からくるものだ。裏切られたと言われたらそれまでなのだが、とにかく気にしていることは間違いない。

 しかしまさかそれが自分の相当深いところ、無意識の領域にまで及んでいるとなるとこれはもう見過ごせない。


「明日あたり、一度話をしないといけないのかもしれないな」


 あいつが悪いことに関して疑いの余地などないが、俺も言い過ぎたのは事実だ。

 自分が納得するためだということは承知の上だが、このもやもやした気持ちをどうにかするためには、やはりあいつと直接話さなければ始まらないのだろう。

 無理矢理そう理由をつけたことがよかったのか、少しだけ気持ちも楽になった気がする。

 そうと決まれば早く寝てしまおう。どうせ今夜も両親は遅いか帰ってこないのだから、待っている必要も特にない。

 そういえば、最後に話したのはいつだっただろうか。

 再び余計なことを考え始めてしまった自分の思考にストップをかけ、自室に戻る。


「ん?」


 どうせ誰からも連絡などないのだからと、帰ってきてから机に放置していたスマホが、メッセージの受信を示すランプをともしている。

 十中八九メルマガだとは思うが、万が一ということもある。

 受信したメッセージの差出人は“伏見”。どうやら万が一のほうを引いてしまったらしい。


『夜遅くに悪いな。この前出された数学の課題なんだけど、提出明日になったみたいだからよろしく。伝えとくように頼まれたの忘れてたんだわ。確かに伝えたからなー』


 数学の課題が出たのは確か1週間前。

 日和と決別した翌日、どうしてか昼休みが終わってもいつもの場所から動くことが出来ず、五限目をさぼってしまった日だった。

 課題があることは聞いていたが、さぼっていた俺は提出期限まで聞いていなかった。もとより友人の少ない俺に、わざわざそれを教えてくれるお人よしもいなかったようで、唯一話す機会のある伏見にそのお鉢が回ってきていたようだ。

 しかしその伏見もわざとかほんとかは知らないが、提出日前日にそれを教えてくるということをしてくれたようである。聞いてなかったのは自身のさぼりのせいなのだから、教えてくれただけで感謝すべきなのだが、なんとなく釈然としないのはなぜだろう。

 きっと伏見だからだろうな。


 現在の時刻は二十一時を少し過ぎたあたり。

 課題はあらかた片付けているとはいえ、全部が終わっているわけではない。しかも学校の空き時間にでもやろうと思っていたため、課題の残りは学校のロッカーの中。


「これなら知らなかった方がましだったんじゃないか……」


 明日の朝早めに行くという選択肢ももちろんある。

 というよりそうするのが賢い選択な気はするが、残っている量を考えると朝だけで終わるかがなんとも心もとないのだ。しかも家であれば、いろいろと調べることもできるが学校ではそうもいかない。いっそのことバックレるというのも一手だが、先日のさぼりを控えめに見ても歓迎していない先生の心証をさらに悪くすることになる。

 後の学校生活のことを考えれば、それは悪手と言わざるを得ないだろう。


「行くしかないか」


 今から急いで行けば、日付が変わる前には帰ってこれるはずだ。

 そこから課題に着手すればなんとか深夜には終わるはず。変なところで無駄に真面目な自分の性格に少し嫌気を覚えながらも、手早く身支度を整え、学校へと向かうのだった。




 非常灯の淡い光と月明かりだけが照らす廊下を進む影が一つ。

今夜は満月とはいかないまでもそれに近く、月の光がいつもよりも明るくその影を照らす。髪を結んでいるリボンが歩く速さに合わせて小刻みに揺れている。


「今夜も空振りですか」


 悠然と歩きながらも常に周囲を警戒しながら歩く姿は、おおよそ小柄な体から受ける印象とまったく似つかわしくない。

 その姿勢はまるで狩人。

 一縷の隙を見せることなく廊下を歩いていく。間違いなくそこにいるはずなのに気配がまるでなく、足音ひとつ聞こえることはない。そして何かを探すその視線がとある教室の前で止まる。


 二年三組


 昼間は生徒で溢れている教室も、今は物音ひとつなく静寂を湛えている。その影は並べられた机の中のひとつに視線を止める。

 ほんの一瞬、机を見た影の緊張が緩んだ。


「いけませんね。どうにも感傷的になってしまうみたいです」


 緩む緊張と一緒に崩れてしまった表情を引き締め直す。

その一言の後には、もう緩んだ空気はどこにもない。影は再び暗闇に戻っていく。暗闇に潜む何かを探すため、自身も同じ暗闇に紛れていく。

 その背中はどこか寂しさに押しつぶされそうな、そんな小さな背中のようだった。




 夜の学校と聞けば、なんとなく侵入することなど容易に感じるかもしれないが、実はそんなに簡単なものではない。

 日中は空いているはずの入り口や窓はすべて施錠がしっかりとなされている。この段階で校舎への侵入など基本は無理だ。加えて昨今の学校は、どこも民間の警備会社のシステムを導入していて、下手に入り込もうものならあっという間に御用となり、明日の朝には校長室で大目玉を喰らうことだろう。

 しかも無駄に設備のいい我が西校は、ご丁寧にも監視カメラと巡回の警備員をセットでつけてくれるという大盤振る舞いだ。そんなことに金をかけるくらいなら、購買のメニューの値下げでもしてくれればいいというのが俺個人の意見だったりもする。


「確かこの辺だったかな」


 しかし、どんな鉄壁の防御壁をほこる要塞にも穴は存在するように、西校にだってしっかり侵入ルートはあるのだ。

 通常の正門からほとんど対極に位置し、普段ほとんど人目につかない場所。要は旧校舎側の入り口というわけだ。

 もちろんこちらにも監視カメラはあるし、警備システムもあるにはあるが、表ほど厳重というわけでもない。何よりその不気味さからか未だかつてこちら側からの侵入が起こったことはないのだそうだ。

 仮に侵入できたとしても、旧校舎と新校舎をつなぐ廊下は夜間になると扉が閉まり鍵がかかるようになっている。

 どうあがいても教室にたどり着くことは不可能に思えるが、やはりこれもそうはならない。これもまた抜け道が存在する。

 旧校舎側の道路に位置する門から二十メートルほど離れたあたり。金網のフェンスが一部ひしゃげた場所から敷地内へと入り込む。そこから見える旧校舎の外壁に沿って左に十五メートル進んだところにある窓に手をかけ、一気に横にスライドさせる。なんの抵抗もなく開いたその窓から、俺はいともたやすく旧校舎内へと侵入を成功させた。


「第一段階クリアと」


 もしここまでの工程で警備システムに引っかかってしまっているとすれば、すでに大音量の警報が鳴り響いていることだろう。それがないということは、ひとまず第一段階は無事に成功したということだ。

 しかしあまり悠長に構えているほどの時間的余裕はない。なぜならあくまで俺の目的は課題を回収し、速やかに家へと帰ることなのだ。

 しかもその課題を終わらせるところまでが、今夜俺に課せられているミッション。

 早足で歩きながらも、音をなるべく立てないように細心の注意を払いながら、俺は暗い廊下を進んでいく。

いつも読んで頂きありがとうございます。

もし少しでもお気に召しましたら、ブックマークや評価を頂けるととても嬉しいです。

また次回もよろしくお願いします。

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