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日常と非日常の境界線 ~闇と戦う少年の物語~  作者: ナル
第1章 学校の怪談編
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第11話~一人きりの屋上~

 夜の公園と聞けば連想されることにあまりいいイメージはない。

 身を寄せ合い、愛を確かめ合うカップルや、集団で群れる若者、行き場を失くした人の仮の宿。

 必要な理由がなければあまり近づきたいとは思わない。そんな場所にたたずむ影がふたつあった。


「首尾はどうなんだ」


 一人は長身の男。

 ピークを過ぎたとはいえ、未だ夜でも気温は20度に近いこの時期に、まだ数か月は季節が早い黒の外套を着込んでいる。年のころは30も半ばを過ぎたあたりだろうか。オールバックの髪に切れ長の目。お世辞にも人相がいいとは言えないその男は、向き合う形となっているもう一人にそう尋ねる。


「あまりいいとは言えません」


 問われた方が答えるが、その声にはまるで覇気が感じられない。

 制服に身を包んだ小柄な体は、本人の気持ちをそのまま映し出したかのように、実際よりもさらに小さく見える。

 人相の悪い男と女子学生が夜も遅い時間に公園で二人きりとなれば、どこか危ない気もするが、その雰囲気を見るにどうもそうではないらしい。


「もう時間は少ない。正攻法で無理ならば、多少強引な手を使ってでもこちらについてもらわなければ、被害はあの学校だけでは収まらないことになる」


「わかっています。ただ……」


「言い訳はいらない。何度も言っているはずだ。時間は待ってくれないと」


 男のその言葉に、女子学生はスカートを強く握る。

 言われたことに対して必死に我慢をしているのか、はたまた別の感情から来るものなのか。唇を噛み、俯くその姿は何か必死に耐えているようだった。


「お前が出来ないというのなら私が代わりに「待ってください」」


 男の言葉を遮るように女子学生が叫ぶ。

 その声は先ほどまでと違いどこか必死さがにじみ出ている。いや、この場合必死というよりもはや懇願に近いのかもしれない。


「私が、私が責任をもってやります。ですからどうかお願いします」


 その言葉を男はどう受け取ったのかはわからない。相変わらず表情は変わらず、そこからは何も読み取ることはできない。


「それならば好きにしろ。ただし何度も言うが時間はないぞ」


「わかっています……」


 一応の納得をしたのか、男は黙ってひとつ頷くと踵を返し、それ以上何も言うことはなく去っていく。足音もなく、ただ静かに己の存在を消すかのように。そしてそのまま夜の闇へと消えていった。

残された女子学生はしばらくその姿を見送っていたが、男が去っていた方向とは逆方向へと歩き始めた。


「ほんとにうまくいかないものですね」


 呟きは誰に聞かせるわけでもなく、自分自身へのただの嫌味。自嘲気味に吐いた言葉はそのまま夜の闇に消えていく。

 そしてそのまま女子学生もまた、夜の闇へと消えていった。




 十月も終盤となってくれば、いかに温暖化が進んでいると言われる昨今とはいえ、屋外で食事をとるには少し肌寒さも感じてくる。もっとも、これからの冷えてくる季節のために、屋上の小部屋を過ごしやすい環境にしたのだから、そこで昼飯を食べれば何の問題もない。

 今日もいつもと同じように、登校途中のコンビニで買ってきたパンとおにぎりをいつもと同じ場所で食べる。

 いつもと違うのは隣に誰もいないということだけ。

 いや、この場合元に戻ったと言った方が正しいのだろうか。

 あの日、日和と最後に話した日から一週間が経過しようとしていたが、日和がこの場所に現れることはなかった。普通に考えればあれだけのことを言われて堂々と現れる方がおかしいのだが、そのおかしな方に期待していた自分がなぜかいて、毎日昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るたびに落胆をしてしまうことが悔しかった。

 明確に裏切りの言葉を吐かれ、その上で決別の言葉を口にした。それにも関わらず繋がりがなくなったことを引きずっている自分がいる。

 未練がましいことこの上ない。


「楽しかったな…」


 今この瞬間にも屋上の扉が開いて、あの能天気で人のことを小馬鹿にした声が聞こえてくるのを期待してしまっている。

 たとえ偽りの時間だったとしても、利用されていただけだとしても、それでも楽しかったと感じていたあの時間は確かにあって、自身がそれを未だに欲しているのも事実。

 決して元に戻らないものをいつまでも羨む浅ましさ。

 覆水盆に返らず。元に戻らないのなら、いっそすべて忘れてしまえたらどんなに楽か。

 しかし人間がいくら忘却の生き物だとはいえ、そうそう簡単に何もかも忘れることなんてできやしない。


「しっかりしろよ俺。あいつが一体なんだっていうんだよ」


 自分で自分を鼓舞してみても、裏切られたのだということを強く言い聞かせてみても、結局は元の場所に気持ちは戻ってしまう。

 堂々巡りにしかならず、言いようのない感情が溜まっていくだけ。


「俺ってこんなに弱かったのかな」


 開くことのない扉にそう投げかけてみても、帰ってくるのは遠くから聞こえてくる昼休みの喧騒だけ。そして今日も昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 あいつの笑顔が今は無性に懐かしく感じた。


 


 相対する相手の攻撃を寸でのところで回避する。

 縦に振り降ろされた斧が、目の前のアスファルトに突き刺さった。こちらが距離を取ろうと後方に退こうとするその刹那、次の一手とばかりに勢いよく引き抜かれた斧は、相手が踏み込む足と同時に下から斜め上に振り上げるような形で襲い掛かる。

 その攻撃を半ばのけ反るようにそれを回避し、その力を利用してそのままバク転を決める。途中、振り上げた足を顎下にお見舞いしてやった。さながらサマーソルトキックみたいなものだろうか。

 一連の流れの中で、今度こそ相手から距離を取ることに成功した。もっともこちらの攻撃に対してさほどのダメージはなかったようで、いまだ好戦的な姿勢はまったく変わっていない。

 そろそろこちらからも攻撃を仕掛けるべきだろう。右手に握る短刀に力を込める。武器の射程を考えれば、向こうの手斧の方がそのリーチははるかに長い。加えて武器自体の強度でも相手が勝るはずだ。

 だがその分、一発の後の隙も大きいのは先ほどまでの攻防ですでにわかっている。スピードも体感的にはこちらが勝っているはず。となればやることはおのずと決まってくる。


 後の線からのカウンター


 こちらの考えがまとまるのとほぼ同時に相手も動いた。

 先ほどまでと変わらない、ありあまるパワーを前面に押し出した力押しの特攻。単純なようだが、実戦においてこれほど怖い戦術もないのではないだろうか。

 考えても見てほしい。

 こちらが戦略をたて、追い込もうとしている先から理屈も何もないパワーですべてを蹂躙される様を。圧倒的な力の前では大概の戦略は無に帰してしまう。

 しかし今は状況が違う。

 確かに力としては向こうが上であっても、絶望的なまでの差があるわけではない。なによりスピードではこちらが上回るのだ。いかに強力な力であっても、当たらなければ意味などないのだ。

 相手との激突まではもう瞬きの余裕すらない。それでもギリギリまでひきつける。


 あと少し。後一センチ。


 横なぎに放たれた斧を、ほとんど薄皮一枚当たるか当たらないかのところでかわし切る。すでに間合いはこちらの射程範囲内。短刀の切っ先が十分に届く距離。

 右手を相手に向け思い切り振りぬく。

 狙うはのど元。反撃の余裕すら与えず、一瞬で意識事刈り取る。

 相手の反撃は間に合わないばかりか、体重を攻撃に乗せていたため、回避もとることはできない。刃が急所を貫く感触が伝わってくる。


“殺った”


 勝ちを確信したその瞬間だった。


「闇は必ず脅威を引き起こします」


 今まで黒塗りのようだった相手の顔が急に鮮明に見えてくる。

 その顔は、今自分が一番見たくて、そして一番見たくない顔だった。

いつも読んで頂きありがとうございます。

もし少しでもお気に召しましたら、ブックマークや評価を頂けると幸いです。

すごくモチベーションになりますのでよろしくお願いいたします。

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