6話『身バレ注意報』
日曜日。
気がつけば時計の針は数字の7を指していた。
朝ではない。
夜だ。
「うっそだろこんな寝てたの!?」
相当疲労が溜まっていたのか、20時間近く寝ていたらしい。
「明日から学校なのに休み終わるじゃん……」
それに今まで何も口に入れてなかったから喉はカラカラだし腹もペコペコだ。
俺はカップ焼きそばを一つ取り出し、ポットからお湯を注いだ。
そして完成するまでの三分間、暇を潰すためにテレビの電源を入れた。
やっていたのはバラエティ番組で、最近人気のアイドル、「花園 花恋」が出演していた。
……いやまぁ、特に興味は無いのだが。
とにかくそのバラエティ番組をぼーっと眺めつつ、カップ焼きそばのお湯を捨て、それを口にした。
☆☆☆
さて、布団に入ったものの、寝すぎたせいで全く眠れないので昨日一昨日の復習をするとしよう。
ペルに出会ったのは一昨日、金曜日の学校帰りだ。
あの時ペルはボロボロで、なんかよくわからんバケモノに襲われたといっていた。
そして連れてこられたのが『世界の裏側』。記憶、感情、魂といった形のない人間を形成する概念が、人が死ぬと行き着く場所らしい。
そしてその概念が形作る物が二種類。
ペルのように知性があり、コミュニケーションが成立する『ファベント』。
ペルを襲った、知性のないただ暴れるだけの『アベルシオ』。
アベルシオにはサイズで呼び方が変わる。小型、中型、大型の三種類のようだ。車みたいだな。
ファベントは個体によって変わった能力を持っている。しかし、極稀にしか生まれず、生まれてもすぐにアベルシオに殺されたりするらしい。
そんなファベントが集まって作った組織が『アテルニス』。
俺はまだ受付しか行ってないが、エルフっぽいファベントのお姉さん、『ララ』さんはなかなか魅力的だった。あの人に会うためだけにあそこに通える。
アベルシオを倒すために、ファベントに選ばれた人間を魔法少女と呼ぶ。魔法のステッキを使って変身するのだ。
その名の通り、女の子が選ばれるのが基本だが、なぜか俺は例外で選ばれた。呼び名は魔法少女のまんまだが。
そしてそんな魔法少女にも階級があるらしい。ペル曰く、初級、中級、上級の三つのようだ。
しかし魔法少女の8割は初級らしい。その理由は、初級から中級まで上がるのに小型なら10万体、中型なら1000体、大型なら10体のアベルシオを倒さなきゃいけないからだ。まぁ、すぐには無理だな。
俺達が魔法少女をやる上でのメリットは一応ある。
金だ。
1匹当たり小型が10円、中型が1000円、大型が10万円貰えるらしい。既に俺は小型と中型を一体ずつ倒したから、俺の銀行の口座には1010円振り込まれているんだろう。これで生計を立ててる魔法少女もいるらしい。
「そう言えばペルが大人になっても魔法少女やってる人がいるって言ってたな……」
幼少期に魔法少女なった子たちは、大体大きくなったら辞めるか、大きくなる前にアベルシオに殺されてしまうかの二択らしい。だが、たまに大きくなっても続ける人がいるそうだ。といっても、年を重ねるにつれて魔力が減っていくからそんなに長くは続けられないらしいが。
「我ながらこの2日で凄いことになってんな……」
振り返ってわかるカオス。今でもこれは夢ですって言われても『ですよね!』って返せる自信がある。
さて、次は反省だ。
俺がフリフリの魔法少女衣装に変身した時、思わず表の世界で変身してしまい、ペルに怒られてしまった。流石にあの姿を人に見られるのは恥ずかしいし、ガチで気をつけなければ……
「あ、あとは魔法か!」
そう言えば俺が中型のアベルシオと戦った時、魔法と称して『メガ粒子砲』を放ったのだ。あれは流石に魔法少女として有るまじき行為だろう。今のうちにイメージを浮かべとかなければ。
「そうだな……炎とか水とかの方が良いのだろうか……いやでも、粒子砲が撃てたなら他の使い方も……」
そうブツブツ考えながら、気づけば夜が明けていた。
☆☆☆
『おはよー!』
『宿題やった?』
そんな仲良さそうな会話が飛び交う教室。そう、これでこそ現実だ。話す相手はいないが。
というか、
「(今日宿題あんのかよ……!!)」
土日は色々ありすぎてて宿題の事がすっかり抜けていた。
どうする……こういう時仲いい人がいれば見せてもらったり出来るんだけど……
と、その時、後ろから肩をつつかれた。
「ぬっわぁ!?」
「うわっ、びっくりした」
驚いて振り向くと、そこには後ろの席の男子生徒、確か名前は『鳴海 秀次』だったか。
「ご、ごめん驚いちゃって……どうかした?」
俺は平静を保ちつつ尋ねる。
「いや、金曜日のホームルームの時、五十嵐君上の空だったからさ。宿題のこと忘れてるんじゃないかと思って」
マジでか。上の空だったのか俺。
「そ、そうなんだよね、宿題やるの忘れててさ……」
「やっぱり?じゃあ俺のノート見せてあげるよ」
「えっマジで!?」
「いいよいいよ。俺、君と仲良くなりたくてさ、そのきっかけを探してたんだよね。ちょうど良かったよ」
すこし照れくさそうに言う鳴海君。神かな?
「わ、悪いね……いつか借りは返すよ」
「いやいいよこれくらい!」
とりあえず鳴海君からノートを借りて、急いで写す。幸い先生が少し遅れてきたため、授業までに間に合った。
☆☆☆
「いやー!本当に助かった!!ありがとう!」
「だからいいって!」
頭を下げようとする俺を止める鳴海君。
昼休みが始まり、俺は後ろの席の鳴海君と向き合って昼ごはんを食べていた。
鳴海君は家族が作ったであろう手作り弁当。対する俺はコンビニで買ったサンドイッチだ。
「五十嵐君ってサンドイッチしか食べないの?」
「まぁ、金がかかるからな。親に貰ってるとはいえ、無駄遣いは出来ないさ」
「親は作ってくれないの?」
「親が海外で共働きでさー」
これだよこれ。これこそが高校生活じゃないか。涙が出そうだよ俺。
「あ、話変わるんだけど」
不意に鳴海君がそう言った。
「一昨日五十嵐君ぽい人を公園のところで見たんだけど」
ギクッ
「見間違いかもしれないんだけど、すごいフリフリした服着ててさ。いやー、コスプレかなって」
「いやいやいや何のののこことかわからないないないな」
やっべぇ見られてた。俺の高校生活はここで終わるようだ。ご視聴ありがとうございました。五十嵐 輝介の来世にご期待ください。
と、思ったがどうやらセーフなようだ。
「だよねぇ!!やっぱり見間違いだよね!いやぁびっくりした!」
あぁ、コイツアホだ。詐欺とかにボロカス騙されるやつだ。
と、1人で生死の間を行ったり来たりしてる間に昼休みは終わった。
☆☆☆
今日はやっと前の席の五十嵐君に話しかけることが出来た。
俺、鳴海 秀次は帰路の途中、満足感に浸っていた。
「にしても、やっぱりあれは見間違いかぁ」
どうやら五十嵐君の家はあの公園から少し離れているようだし、人違いだったらしい。悪いことしたなぁ。
そんなことを考えていると、あっという間に家に到着した。
鍵を開けて中に入ると、靴がもうひとつある。あぁ、姉さんが仕事から帰ってきてるのか。今日は早いな。
俺は靴を脱ぎ、リビングに向かう。
「おかえり姉さん。今日は早いね?」
「たまたまねー」
ラフな格好でソファーにだらけているのは俺の姉、『鳴海 夏恋』だ。全く、こんな姿誰かに見られたらどうするんだか。
あ、そうだ。
「なぁ姉さん。俺一昨日そこの公園で魔法少女のコスプレした人見たんだけど、友達かと思ったら人違いだったっぽいわー」
俺がその話を姉さんにした途端、姉さんがソファーから飛び起きた。
「……なんだって?」
「え?いや、だから魔法少女の……」
「……ふぅん……」
「?」
「なんでもない。私ちょっと出かけてくるわ。晩御飯までには帰る」
「あっちょっと!!」
俺の言葉は届かず、そのまま外へ出ていってしまった姉さん。
なにかあったのだろうか。
「まぁいいか。晩飯作ろ」
俺は考えるのを止めて、晩御飯を作ることにした。