知らない反省文
―――遡ること6時間前―――
「お前、今日は本当におかしいぞ、大丈夫か?」
ゴリ松は廊下を歩きながら問いかける。
正直、ここでゴリ松に話してしまうのもアリだとは思った。
つい数時間前、公衆トイレにから出てきたら違う世界にいるっぽくて、顔も違う、周りの環境も違う。
だからここはどこなのかも自分が誰なのかも分からないんです、と。
でもそれを話してしまっていいのだろうか。
普通に考えてそんな電波発言したって「お、おうそうか」とドン引きされそうだ。
別にゴリ松だ。ドン引きされたって構いやしない。
けどそれは今話すべきではない、と踏んだ。
まだ確実に信頼のおける人物がいない。
とりあえず今日一日、この世界における福村優を演じて乗り切る。
もしかしたら明日になればこの訳の分からん世界から帰れるかもしれない。
うかつに敵を増やす行動は控えるべきだ。
とはいえ、ゴリ松は今明らかに異変に気付きかけている。こちらの福村優を演じ切るならばそれなりに筋の通った、それでいて話を逸らす返答をしなければ。
「ぶつぶつと何を言ってる、きこえとらんのか?」
「先生...実は俺、先生に憧れてたんだ」
「は?」
「今日先生が言ってた生徒への平等な指導...俺アンタ以外の教師でそんな漢気のある方針を持った人、見たことねえよ」
ゴリ松は目をぱちくりとさせてこちらを見ている。
「お、お前...」
次第にゴリ松の驚きにより丸くなった目からほろほろと涙があふれる。
「俺、あんたみたいな人間になりてえよ!先生!!」
「フフッ、お前もいっちょ前に言うようになったんだな...俺は嬉しいぞ、福村!!」
「先生!!」「福村!!」
二人は熱い抱擁を交わした。
さながらひと昔前のスポ根ドラマのワンシーンのように。
少し効果がありすぎたな...まぁこの場を収める為の一芝居だ。悪い展開では無いはず。てかゴリ松ちょろ過ぎだろ。
「福村、まさかお前がそんな真人間に更生しているなんて思いもしなかったぞ」
「え?ま、まぁ俺はやる時はやる男だから!!」
「よし、真人間に更生したお前のことだ!昨日お前に出した反省文はもちろん持ってきたんだろう!」
は?
さぁ、とゴリ松はキラキラとした瞳をこちらに向け手を差し伸べている。
ちょ、ちょっと待て、反省文?なんだそれは。
反省文なんてもちろん知らない。ていうか何の反省文だ。昨日の俺は一体何をやらかしてくれたんだ。
やばい...やばいぞコレは。汗がダラダラと額から流れる。
今の流れだと、どうぞ!と原稿用紙20枚ほどの反省文とやらをサッと鞄から取り出してやっとゲームクリアだ。
ここで反省文なんて知りませんなんて言おうものならさっきの熱い演技がただのゴリラとホモサピエンスの醜い抱擁になっちまう。
なんとかせねば...ん?鞄!
そういえばこの鞄まだ一度もあけてなかったな、もしかしたら昨日の福村優が反省文を仕上げて鞄に入れているというファインプレーが...!
肩にかけていた学生鞄をバッと開き、中を探ると何やら原稿用紙が何枚かファイルされていた。
キタ!!俺の勝ちだ!!!
ユウはガッツポーズを堪えてそのファイルを取り出す。
ファイルにはきちんと反省文と書かれていた。
「さぁ、どうぞ!!」
ユウは自信満々にゴリ松へそれを渡す。
「うむ、確かに受け取った!!お前のことだからやっていないだろうと思い今朝のことも含めて指導室でいっぺんに指導しようと思ったが...もうお前は大丈夫そうだ!」
あ、危なかった...そんなデンジャラスなモーニングタイムは勘弁だ。
「まぁ?俺の生徒とはなんたるか?男とはなんたるか?を情熱的に綴ったその..."結晶"?はきっと先生の期待を裏切ることはないぜ!」
ここぞとばかりに大口をたたく。自分でも何を言ってるのか分からない。
「ほほう、それは楽しみでならない!コイツは家に持ち帰りじっくりと鑑賞させてもらうぞ!」
え、いやなんか照れちゃうな。
「よし、今朝の事は不問にしてやる!お前はさっさと教室へ行ってHRの用意をするんだ!」
「ハッ!寄松教諭殿!!」
「良い返事だ!!」
すっかりご満悦のゴリ松は嬉しそうに来た道を戻ってドスドスと立ち去った。
なんとか嵐は去った。
っていうか反省文の中身確認しなかったけど本当に大丈夫なんだろうか。
今更になって不安になってきた...。
まぁ何はともあれ、現状からいえばこの世界の事を調べる必要がある中でゴリ松の指導で時間を浪費するなんて愚の骨頂。いわゆる時間の無駄ってやつだ。
ってそもそも教室ってどこなんだろうか。
そういや今朝ゴリ松が三等科生がどうのこうのって言ってたっけ。