知らない人
―――遡ること6時間半前―――
「特練...って?」
大真面目な顔で質問した。それが逆効果だったのかは分からない。
その後、職員室とよく似た部屋に連れてこられていた。
と言うより、無理矢理連行された。
よく似た部屋、というかまんま職員室。でも違う。
だって、なんかあるもん。
想像してほしい。
職員室だなんてどこの学校もだいたい一緒だ。
ガラガラっと引き戸をスライドさせて
「失礼します。○年○組〇〇です。〇〇先生に用があって来ました」
等と本当に必要なのか分からない呪文のようなセリフを吐かせる入り口。
中入ると引き出しが付いたグレーの机がズラッと横に並びそれを向かい合う形でもう一列。
机の上には大量の教科書やらファイルやらプリントがザワっと収納されてたり散らばってたり。
奥には教頭が座るであろうほんの少し大きめの机。
大体一緒だろ?
今実際目の当たりにしてる部屋もだいたいそうなんだよ。
だけどなんかあるもん。
何アレ。
なんか、こう...
うまく説明できないんだけど、しいて言えば...ワームホール?
なんか奥の方に教頭がすわるであろう机の横あたり。
そこらへんにワームホールみたいな黒いエネルギーみたいなのモヤモヤさせながらある。
そのワームホールみたいなのを目を点にして見つめてたらゴリラが後ろから喚いてるのに気付く。
「何突っ立ってる?早く入らんか!」
いやこええよ。近づきたくねえよ。
声に出して説明するのも難しいうえに謎の存在に驚いて完全に芋を引いてるユウにとって、それに近付く事も、その部屋に入る事すらとてもじゃないが難易度が高い。
いやいやと首を振りながら拒絶するユウを見てゴリラの額に青白い血管がふつふつと浮き出す。
「いつまでふざけてるんださっさと入れ!!」と強く殴られその勢いでその部屋に踏み込んでしまった。このゴリラ後でPTAに...いや動物園に突き出してやる。
ゴリラの雄叫びに反応してか中にいた教師陣がこちらに気付く。
「あら、あの生徒...」「駄目ですよ、あんまり見たら先生も...」
なにやらヒソヒソとざわついている。嫌な気分だ。
後ろでゴリラはため息をつく。
「ったく...どいつもこいつ...」
ははーんなるほど?ピンときた。
さてはこのゴリラあまりにもゴリラゴリラしすぎてるもんで、迫害されてるな?
それに気付いてしまったユウは突然そのゴリラが可愛そうに思えてきた。
「ゴリ...先生、大丈夫。俺だけはアンタの味方だよ...?」
ユウは少女漫画よろしく、瞳をキラキラと輝かせてはゴリラに愛情を注ぐ。
ゴンッ
「お前という奴は...」
さっき殴られた所をもう一回殴られた。
「大体お前、自分の立場分かってない訳じゃないだろう」
は?立場?
人間がゴリラに愛情を注ぐのは駄目だと言いたいのかこのゴリラ。
「さっきから注目を浴びているのは俺じゃなく...」
「寄松先生!貴方一体何をされているんですかッ!!」
ゴリラの言葉を遮ってパツキンメガネオバサンがユウとゴリラの間に割って入って来た。
ていうかこのゴリラ寄松って名前なのか...ゴリ松と呼ばれる為に生まれてきたのかな?
「あぁ、尾賀先生。何かまずい事でもありましたか?」
ゴリ松が何やら煽るようにオバサンに反応する。
「どうもこうもありません!!一体何を考えてそのような行為をはたらいていらっしゃるのか、と訊ねておりますの!!」
うわぁ...このオバサンなんとなく苦手だ...
てか教師がその髪色って...そもそも歳いくつだこのババア。
「私はこの生徒を指導する為にここへ連れてきました。これのどこに問題が?」
「貴方ふざけていらっしゃるの!?一刻も早くやめなければ貴方自身もただですみませんわよ!!?」
「私は!生徒達に対して平等な指導をしているだけだッ!」
「今はそんな綺麗事を並べてる場合じゃないのは寄松先生も分かっていうでしょう!?」
こりゃダメだ...お互い譲る気ねえよ...。
もう二人の背後にでっけえゴリラとでっけえ蛇が戦ってる映画みたいな幻想まで見えてきそうだ...。
「あ、あの~...二人共そろそろ...」
間に仲裁に来たオッサンがビクつきながら間に入る。
「「教頭先生は黙っていて下さい!!!」」
教頭と呼ばれたオッサンはしゅんとなって帰っていく。...教頭って偉いんじゃなかったっけ。
そんなゴリ松の顔にあるホクロの数と同じくらいどうでもいい疑問を浮かべていると。
「ここじゃ落ち着いて指導もできんッ!行くぞ福村!!」
ズンズンと足音を立てて職員室みたいな部屋に背を向け歩いてく。
「あ、ちょっと...」
すかさずユウもゴリ松に続く。
その際、嫌な視線を感じた。
何か、すごく嫌な視線だ。
その場に立ち止まり、首を少し回して目玉をチラリと視線の方へやる。
先程まではこっちには見向きもしなかったから感じなかったその視線。
ゴリ松と口論をしていた尾賀と呼ばれたあのオバサンが何ともいやらしい、人を人と思わない、汚物を見るような視線でユウを露骨に見ていた。
目があったユウはすかさず目を逸らし、逃げるようにゴリ松を追いかける。その視線達を背中全体で浴びながら。