知らない道
―――遡ること7時間前―――
知らない顔が映っている。
そいつは同時に後ずさる。
「誰だよお前...何で俺を真似するんだよ...!」
脳がグチャグチャになる事だけが分かる。
それ以外何も分からない分かりたくない分かろうともしたくない。
鏡から目を離すことができないまま、どのくらい時間が経ったのだろう。
先程まで鳴いていた騒がしいセミの声すら聞こえない気がした。
愕然と鏡と対峙している時、ブルブルと太ももに振動を伝える。
ハッと我に返り、ポケットの中で振動するスマホを取り出す。
「電話...?」
画面には『国市こはる』と表示されている。
登録した覚えはないが、こうして画面に名前が表示されているという事は自分で登録した名前だと言うことだ。
俺の事を知っている可能性は大いに期待できる。
画面を指でスライドし、恐る恐る耳に当てる。
「...も、もしもし!?」
恐怖と緊張と期待とで無駄に力が入り、素っ頓狂な声が出てしまったが、今は気にしている場合ではない。
「あっ!もしもしユウ?まだ学校着かないの!?」
これといって何の特徴もない返事。
電話番号を登録し合っている仲ならばなんらおかしくもない応答。
唯一おかしいのは、そんな仲であるはずの相手の声を全くと言っていい程覚えていない。記憶にない。
「お、おう!そうなんだよ、実は腹痛が収まんなくて、今から向かうところなんだ...ハハ...」
何故そこで素直に、お前は誰だと言わなかったのかは謎である。
もしかすると、昨晩観た映画の主人公が脳裏でちらりと影を見せた事が原因なのかもしれない。
「大丈夫なの?今ドコにいるの?迎えに行こうか?」
なんだコイツお母さんかよ!
「いやっ!大丈夫!大丈夫だから!すぐに向かうから!」
「そう?なら、早く来ないと私知らないからね!」
なんだか切羽詰まった感がすごかったが、はいはいと適当に返事を済ませて、電話を切る。
さっき、鏡を見たせいで絶望の淵に立たされた気分だったのに、電話で妙な強がりをみせたせいか、少し落ち着きを取り戻せていた。
「とりあえず...学校に行って様子を見てみるのもアリ...か?」
もうまともな思考回路ではなかったと思う。
でも、正直ユウの心の中には不安や恐怖と共に少しだけ、若干の悦があった。
鏡に映ったソイツは、確かに自分の顔ではなかった。
でも、いつもの見慣れたアイツより、少し、イヤ、結構、整った顔に見えたのが原因なのかもしれない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
学校への道はすぐに分かった。
まだ登校中の同じ学校の生徒と思われる奴らがちらほら確認できたからだ。
それより気になったのは、先程まで身を潜めていた公衆トイレは学校の目の前にあった為、公園を出ると目の前は見慣れた景色に佇む我が母校...かと思いきや。
公園から出ると、全く見覚えがない景色だった。
簡潔に説明すると、公園の目の前は大きな道路であった。
その学校は大きい国道沿いにあった為、公園を出てすぐ大きな交差点を渡って登校していた。
つまりは田舎にあるような山の中の学校ではなかったのだ。
それが一変して、コレ、どうよ。
公園を出ると坂道に出会った。というか坂道の途中でひょろっと曲がると公園がある。
この公園でサッカーでもやって道にボールが転がり込もうものならまぁ追いつくのに苦労するだろうな。
公園を出て、とりあえず周りの同じ制服の生徒と同じく坂道を登っていく。
そして坂道を登ること5分、左に大きな鳥居、右には更に坂道。
鳥居の先は階段が続いていた。正直ここまで登るのも結構な重労働であった。できればこれ以上登りたくない。
他の生徒はどうも右に歩いて進んでいる様子。おっし、階段は免れた。
とはいえ坂道は続く。
そして更に坂道を登ること5分。
「どんだけ...坂道のぼれば...気が済むんだ...よッ...」
完全に息切れしてゼェゼェと荒い息をたてていると、やっとこさ校門に着いたようだ。
「これは...堪える...!」
ぐったりとその場に座り込むユウはスマホで時間を確認する。
「8時30分、かぁ」
そういえばこの学校、ホームルーム何時からなんだろうか。
まぁ、周りの生徒っぽいのもまだ校門くぐってるし、遅刻ではないだろう。
そんな今更な疑問で自問自答を脳内で終わらせ、スマホの画面を切ると暗転した画面に何者かが映る。
んっ?と首だけを回し、後ろを見るとそこにはゴリラがいた。
「ぎゃあ!!」
思わず悲鳴をあげ後ずさる。
「ななな、なっなな何でこんなところでゴリラがっ!!?」
駄目だまさか異世界に来てゴリラに出くわすなんて思いもしなかった!!
するとそのゴリラ、二足歩行で近づいては俺を見下ろすではないか。
「おいお前いm...」
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴリラが喋った!!!!」
殴られた。
「いつまでゴリラゴリラ言うつもりだこのバカタレが!!!!」
おっと失敬ゴリラじゃなくゴリラによく似た人間だった。
そのゴリラみたいなゴリラはジャージを着て竹刀を持っている典型的な生活指導の教師のような格好をしたゴリラだった。
「まぁゴリラではないって分かっちゃいたけどあまりにもゴリラに似てたもんだからつい...」
殴られた頭をさすりながら謝罪する。
「全くお前という奴は...ってそうじゃない!!」
ゴリラがノリツッコミする世界か...
驚きと興味と合わさった感情できょとんと見つめる。
「お前今何時だと思っているんだ!」
「え...8時30分ですが」
「ならばお前がココにいるのはおかしいだろ!!」
おかしな事を言うゴリラだ。もしやコイツ俺をバナナかなにかだと勘違いしているのでないか?
「いやいや...まだ周りに生徒がいるじゃないですか?何で俺だけが説教を受けにゃあならんのだ?」
これだからゴリラは...とやれやれポーズをお見舞する。
「お前本当に言ってやがるのか...」
なんかゴリラがワナワナして切れそうやばい。
「えっ?だってまだ何人か登校してるじゃないですか!ホラ、あいつとか...!」
はぁぁぁっとゴリラがため息で会話を遮る。
「いいか?アイツらは一等科生だ」
何やらゴリラがゴリラ語を話しだしたぞ。
「そして、お前はまだ三等科生だ」
もはや聞く耳を持たん。ユウはその場を離れようとする。が、ほどなく首を掴まれる。
「そしてお前ら三等科生は、30分前から特練をしている時間だろうがぁぁぁ!!!」
「特...練...?」
聞き覚えのない言葉に困惑した。