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ぼくのなかにいる  作者: 人工的な深爪シール
序章:彼は現実を知る
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008:本末転倒

 僕の視線は男の右手に向かう。

 木を腐らせ、枯らしたその剣。

 今も液体が湧き出るように、刃そのものが濡れて月明かりを反射している、その剣だ。

 剣に張り付くことが出来なくなった水滴は今も剣先から滴り落ちている。

 じゅう、という音を発しながら。

 地面を灼いている。

 毒液、なのだろう。

 となれば、あれは毒剣とでも言うのか。


 僕の視線を感じ、男はひゅっ、と威嚇するように剣を振って言う。


「助ける、ね。その怪我でか。殺すぞ」

「なんで、殺そうとする?」

「ああ?」

「この子が、何かお前にしたのか? 殺す理由が何かあるのか?」


 思わず、聞いていた。

 いつもなら聞くはずのない、興味すら持つはずのないことを。

 そして――盗賊の答えは決まりきったものだった。


「はあ? その女は俺の邪魔をして薬をすっ飛ばしやがったし、お前は馬車をぶっ壊して邪魔した。それ以外に何がある」

「……それだけか」

「…………それだけだよ。盗賊に何聞いてやがる。俺はもとより暇だったから、退屈だったから人殺しをしたような人間だ」


 口を歪ませて、盗賊は言う。

 分かってはいた、こんな質問などする意味はない。

 分かりきっていることなのだ、殺そうとしている理由など。

 ただの――破壊衝動である。

 さながら魔王の如く。

 退屈だから壊す。

 退屈だから殺す。

 退屈は――人を、精神を殺す。


 そんな人間が、この世界には多く生きている。


「……救う価値なんてあるのかね」

「……ああ?」

「いや、別に」


 勇者を一生懸命召喚して――リスクを負ってまで召喚して。

 魔王を殺して、崩壊から救ってほしいと言われて呼び出された世界だけれど――果たして、そんなことをするだけの価値がこの世界にあるのだろうか。

 むしろ、一回リセットされてしまえとさえ思えてくる。


 そう考えた時、男の剣が振りかぶられた。

 攻撃時に発生する殺気が、僕の肌を刺激してくれたおかげでそのことに気付き、咄嗟にナイフで受け止めるが、思いのほか強く振り降ろされたせいで、手が痺れ、そのときに剣から振り落とされた毒液が振りかかる。

 激痛。

 麻痺していた痛みが再燃する。拒否していた痛みが、脳内に叩きつけらる。

 肉体のことなど無視するかのように毒液が肉の中を突き進む。ゆっくりと、嬲り、痛みを思い知らせるかのように灼いていく。

 それと同時にナイフが腐食する。


「ぐぅっ……!」

「死ね。壊れて――崩れろ!」

「……あんた」

「おかしいと思うか? 自覚してる。言ったろ。俺は――人殺しだ。わかるか?」

「――っ知るか!」


 なんとか刀身の峰に剣を押し当てて――腕と身体全体の力を使って剣を押し返す。

 会話が繋がってない。

 どこか――おかしい。

 頭がおかしいとかではなく――男の在り方に違和感を感じた。


 再度離れて毒剣を受けたナイフを見る。

 ナイフは刀身が半ばまで腐食しており、使い物にはならなくなっていた。八つ当たりとしてぶん投げるが、これを男は平気で避けた。

 やっぱり、力があっても、今の痛みを抱えた状態じゃ当たる気がしない。


「……ふー。さて、どうしようか」


 持ち物を確認して、身体を確認して。

 勝率が限りなく低いことを確認した。

 ……最悪だな。


 剣をしっかりと構える。

 先程まで喋っていた僕たちだけれど――もはやそんな空気は消えていた。

 雲散霧消していた。

 後に残るのは、肌を刺激する殺意のみ。

 僕はこれを頼りにあの男に勝たなくてはならない。


 一歩踏み出す。

 同時に、男は軽く剣を振って威嚇。

 まずはお互い牽制。

 男は警戒からか、あまり踏み込んでこない。軽い手合わせのようなものだ。

 本当に軽く、剣を振って隙を見出そうとしているように見える。力の入っていない、当てるつもりのない攻撃である。

 言うなれば、避けられることが前提の攻撃だ。


 けれど――その時点で僕はかなり必死だった。

 追い付くのが精一杯である。

 殺意が攻撃よりコンマ数秒早く伝わってくるからギリギリ避けられるだけで、反撃できるチャンスは見出せなかった。


 反撃の目処が立たないままに。

 剣筋は加速する。

 剣は、加速していく。


「づっ……!」


 しかし、加速するのは男の剣だけだ。

 僕は剣を受けてしまうと終わる。毒剣を受けてしまえば、腐り落ちて僕の武器は消えてしまう。

 武器を持っているのに、避けることでしか攻撃をいなす方法はない。

 既に劣勢だった。


 ピリッとした静電気のような刺激の後、すぐさま飛んでくる斬撃を必死に避ける。

 これだけの動作に、神経全てを使っている。

 それだけでも厄介なのに、気を付けないとならないのは剣だけではない。

 剣が振られた瞬間に飛んでくる水滴――毒液にも注意を払わなくてはならない。これが地味に避けるのが難しい。なんせ、これには殺意が乗らないので、僕の生命線である感覚が反応しないのだ。

 それが反応しない以上、受ける覚悟は必要だった。


 が、あまりにも飛来数が多い。

 攻撃は当たらないのに、雨のように次々と向かってくる毒液に打たれて肉を削られていく。

 幾度か喰らってみてわかったが、どうやら腐り落ちるのは斬撃を喰らったときのみのようだけれど、あまり意味のない情報ではある。

 毒液だけでも十分――致命傷だ。


「はっ、はっ、はっ、はっ……!」


 数分後には、毒液が侵食するときに発生する蒸気を体から発しながら、息を荒げている僕が完成していた。

 勝率が低いとは思っていたけれど――しかし、ここまで防戦一方になるとは予想してなかった。

 攻撃は出来ないが、攻撃は飛んでくる。けれど、その攻撃を防いでしまうと武器が使えなくなる。かと言って、全く構えないで避けることに専念すると毒液の餌食。

 何だこの無理ゲー。


「どうしたよ? 攻撃しなきゃ殺せねえぜ」

「じゃ、その剣止めてくれねえかなあ……!」

「止めて欲しけりゃ殺してみろ!」


 びゅっ、と空気を切り裂いて毒剣が顔スレスレを通り過ぎる。

 拍子に毒液が顔に降りかかって、肌を溶かす。

 痛ってぇ。

 けど、何度か食らったせいで慣れてきたぞこの野郎。

 それに、この感じからして毒って言うか……酸なのか?

 まあ、どっちでも一緒だ。

 どっちでも――対応策はない。


 このままじゃジリ貧だ。一方的に体力と肉を削られて、終わり。

 死亡。

 ここまで来て、何もせずに死ぬのは御免こうむりたい。

 出来ることならば……少女を守りきりたい、のだろう、多分。


「…………」


 自分が、よく分からない。

 考えがまとまらない。

 ごちゃごちゃしていて、気分が悪い。

 いや、そうではないのか――考えがまとまらない自分が、自分の存在が分かっていない自分が気持ち悪い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 未知の感覚に振り回されていると、男から声がかかった。


「なあ」

「……?」

「お前、何でソイツを殺すのかって聞いたよな」


 何故、そんなことを聞くのだろう。

 殺すつもりがなくなったのだろうか。

 それなら早く帰って欲しいんだけど。


「ああ、聞いたよ、それが?」

「じゃあ逆に聞くが、どうして助けようとする?」

「……」


 雰囲気からそんなわけではないことが伝わった。

 雑談、というわけでもないようだ。

 単純な、疑問。

 自分が意味もなく殺そうとする行為を止めさせようとする行為。

 自分とは真逆のことをしていることが、意味が分からないとでもいうような声だった。


「何で助けようとする。聞いた感じ知り合いでもない。が、()()の正義感から助けようとしてるって感じでもねえ」


 そこで一旦置いて、僕に言う。


「何で、助けたい。何で、助けようとする?」


 そんなこと。

 そんなもの。

 僕だって。


「知るかよ、そんなの」


 独り言のように呟く。

 今まで経験したことのない感覚で、感情だった。

 それらが気持ち悪かった。

 けれど、僕はそれらを無視してまでも助けたいらしい。そして、助けなくてはならないらしい。

 意味が分からない。

 自分は助けなくていいと思っていて、どこかで助けようとしていて。

 誰かが助けろと囁いて、死ぬなと叫んでいる。

 誰がどれで、何なんだ。

 気が狂いそうだった。


「……まあ、いい。理由なんかねぇってことか。俺も、お前も」

「…………かもな」


 理由なんてない。

 ただ、助けたくて、殺したいだけ。

 それだけ。


 息を吐き出して、大きく吸う。

 男は僕のその行動を見て構えなおした。会話は終了、ということらしい。

 終わったところで、僕は今の会話の中で、思いついていたことを整理する。

 否、思いついていたというよりは、やるつもりがなかったことを、やろうとしているだけなのだが。


 身体をどうでもいいと思えてしまう僕が出した、特攻法。

 決意が鈍らない内に、準備を整える。

 剣をいったんベルトにかかっている鞘に仕舞い込んで――駆け出す。

 男もすぐさま反応して、毒剣を振ってくる。

 毒液が撒き散らされる。

 その牽制は、今までなら避けていたのだが――僕はお構いなしに突っ込んだ。

 体に降りかかる毒液すら――気にしない。

 僕の行動を見て、男の牽制は、本気の剣筋に切り替わる。


 僕は自ら踏み込む。殺意をできるだけ避けるようにしながら懐に潜り込んだ。

 男の太い腕が迫って来る。

 無手相手にでも、躊躇いは感じられない。

 そこから繰り出される剣筋は、後ろに下がらないと避けることの出来ない軌道だ。

 今までなら、間違いなく後ろに下がっていたが――

 僕は、更に前に踏み込んだ。

 一瞬男は驚いたものの、すぐに対応して軌道を変えながら剣を振り下ろす。


 僕はその方向と、軌道を感じ取って、()()()()()()()()()

 至極当然だが、僕の腕は切り裂かれ、半ばまで断ち切られた。皮膚が溶け、肉が剥き出しになり、骨が肉の間から覗く。

 グロテスク。


「ぐぅっ……!」


 その斬撃の痛みは、言葉に言い表しようがないものだった。

 鋭い刃に肉を食われ、その切り口から毒液を流し込まれる痛みは、筆舌に尽くしがたい。

 あえて言うならば。

 ただただ――痛い。

 激痛である。

 痛い。

 痛すぎた。

 けれど、それはあまりにも許容量を超える痛みだったらしい。

 それのおかげと言っていいかどうかは分からないが、あまりの痛みに脳がそれを認識することを拒否した。

 つまり、完全に痛みという情報をシャットアウトしたのだ。

 人間、痛いだけで死ぬこともあるから今の脳の判断は非常にありがたい。

 感覚が死んでいくのが分かる。

 もはや、この左腕はまともに機能しない。治せるかどうかも怪しいレベルだ。もっとも、異世界だから確かなことは言えないのだが――


 が、そんなことを気にしている場合ではない。

 この距離感は、あまり保てない。


 僕は。

 腰に準備していた右手で剣を抜き放ち――思いっきり振り上げた。


 懐での斬り上げは、盗賊の肉を裂いて腹から肩まで一直線の傷をつくった。

 僕の渾身の一撃である。

 素人ながらの剣筋ではあったが、ざっくりと肉を抉った。

 血飛沫が舞う。

 僕は思いっきりその血飛沫を顔に浴びた。あまりにも近距離で、かわすこともできなかった。

 雨のような血を振り払いつつ。

 血液で視界が塞がって、その血を拭ったときに見たものは。


 男の笑みだった。


「――!?」


 男は笑う。

 純粋に、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 痛みなど感じていないかのような笑みだった。

 そのまま、斬られたことなどなかったのかと思うほどに流暢な動きで、僕の腹部を蹴り抜いた。

 嘔吐感が一斉に広がっていく。


「がっ……!?」


 流石に予想外だ。

 蹴られた勢いのまま、僕は数メートル転がった。

 流石に、勇者ほどぶっ飛びはしなかったものの、気持ち悪いことには変わりない。

 嘔吐(えず)きながら何とか立ち上がる。右手だけで立ち上がったので、少し時間がかかった。

 左腕はもう、機能しない。

 感覚がない。動かせるのは肩からしか無理だ。


 しかも左腕をそんな状態にまでしたのにも関わらず、戦果は芳しくない。

 男は、楽しそうに、嬉しそうに笑っている。自分の身体に傷などないかのような動きだ。

 これでも、足りないのか。

 ……はあ。

 異世界人というか、異世界にいる人間は丈夫なのだろうか。

 男や、僕もしかり。


 口の中に溜まった血を吐き捨てる。

 どこから出てきた血なのかは定かではない。僕の体の痛みはほとんど脳に伝わっていない。

 おそらく男も感覚が麻痺しているはずだ。だから、痛みによる動きの低下は見込めない。

 むしろ、そろそろアドレナリン等が切れるとするならば僕のほうだろう。


「……ふー」


 ……。

 考え方を変えよう。

 僕にあるのは、剣と、もうぶっ倒れそうな体のみ。

 僕には、技術も、経験も、道具もない。

 これで勝とうなどと言う考え方が甘かった。

 だから、切り替えろ。

 ()()()()()()()


 勝利ではなく、五分五分で。

 痛み分けで。

 引き分けに持ち込もう。

 この状況で引き分けというのは、相討ちという意味で。

 相討ちというのはつまり――両方死ぬということだ。

 命を捨てる覚悟をしよう。


 そこまでいかないにしても、相手が毒剣を持っている以上、そのくらいに思っておかないと攻撃が当たらない。

 仮に当たったとしても、おそらく致命傷にはなりえない。そんな中途半端では逆に致命傷を負う。

 だから――最初から致命傷を負う前提で斬りかかれ。

 あの毒剣を食らい、死ぬつもりで。


「……っとに」


 自問自答する。

 僕は一体、何をしてるんだ?

 勇者から運よく生き残ったのに。

 せっかく、生き延びられそうだったのに。

 少女のために、死んでいいのか?


「…………っは、だよな」


 吐き捨てるように笑う。

 呟く。

 本当――既にもう誰かに乗っ取られてるんじゃないのか、僕は。

 誰かのために死にに行くとか委員長のときだけのつもりだったんだけどな……結果は逆だったけれど。

 異世界に来て、本当に勇者にでもなってしまったらしい。

 僕は剣を握る。

 改めて、握り直す。


 ――なあ、あいつはお前の代わりに死んでいい人間じゃないって分かってんのか?


 ――お前より遥かに価値のある人間だってこと知らねえのか?


 その言葉は、僕の命の価値を随分わかりやすく示してくれた。

 僕の命なんて――誰よりも軽い。

 委員長とは、逆の価値だ。

 つまり僕は、死んでもいい人間なんだろ。

 なあ、灰沼。


 今まで色々考えてはいたものの。

 そうやってズバリ言われたことを思い出すと、頭が澄んだ。

 悩んでいたことが吹き飛んだ。

 覚悟が――出来た。


「――ぁぁあああああああああああああ!!!」


 咆哮。

 そして、突撃。

 僕は、おそらく、今までの人生で、もっとも大きい声を出したのではないだろうか。

 ヤケクソとも言う。

 そんな、僕の捨て身の特攻に――男は、少し失望したような表情をした。

 何なんだよ。

 お前は――僕にどうして欲しいんだ。


 かすかな疑問を振り払い、距離を詰めていく。

 男の剣は最初より遥かに加速して、避けるのは容易ではなくなっていた。

 しかし――()()()()()()()()()

 男の躊躇いのなくなった剣をスレスレでかわす。

 右に、左に、下に。

 足元の攻撃だけは、甘んじて受けた。

 避ける方法がない。跳んでかわしてもいいけれど、空中に浮かんだら動くことなど出来ない。二段ジャンプができるならまず間違いなくやっていただろうけど。

 今、動けばいい。

 逆に言えば、もう動かなくなってもいい。

 今、殺してしまえば――殺されてもいい。

 僕がやろうとしているのは、そういうことだ。


 何回か一方的に攻撃を受けて、ようやく懐にまで辿り着く。

 僕は、一瞬剣を引く。

 狙うは――喉。

 結界を除き、今までの盗賊へのとどめは全て首だった。

 だからだろうか、無意識に首を狙っていた。


 だが、距離が近いと言うことは、男にとっても同じことだ。

 男の毒剣が引かれ、数瞬早く僕に迫ってくる。

 刺突。

 僕はそれを、肩から振り上げるようにして上げた左腕で受ける。毒で脆くなっていた腕は、骨という障害物など存在しないかのように貫いた。

 なんというのだろう、鮎の塩焼きをキャンプでするときに使用する竹串のような存在とでもいうのだろうか、そんな状態になった――ちなみに、この場合の鮎は僕の左腕である。

 痛みはない。

 どろどろになって、肉なのか皮膚なのか骨なのかわからない状態ではあるが、毒剣を捕まえることに成功した。


 視線を戻し、今度は僕の番、というところで、頭全体に大きな衝撃を食らい、視界全体が真っ白に染まり――火花が散った。

 前頭部に、鈍痛。新しく出来た傷から、生暖かいものが伝っているのを感じる。


 頭突きだ。

 男は、僕にまたもや毒剣を捕らえられたと察した瞬間に、頭突きを繰り出していた。

 経験から繰り出される速い判断と、行動。

 その差が、僕の行動をふいにした。


 視界が判然としない状況で、首を狙うのは難しい。僕の構えていた剣は、喉を貫くことなくあっさりとかわされ――逆に。

 僕は、男に胸部を貫かれた。

 いつのまにか毒剣は左腕から解き放たれており、僕が頭突きによってふらついた隙に、突き立てられていた。

 それを僕は、妙に冷静な思考でこれを見ていた。


 あー。

 マズイ。


 痛い。


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い――!!!


 痛みが――再燃する。

 僕の神経細胞が活動をがっつり再開し、脳がそれを受け入れ始める。

 思考が、支配される。

 脳内が痛みという情報だけに染まる。

 完全に、僕の動きは硬直した。


 毒剣が僕の胸部を貫く。

 毒に塗れた刃が血肉を喰らう。灼けるような痛みが胸を焦がし、皮膚が爛れる。肉が溶ける。骨が混ざる。

 激痛という言葉でさえ易しく聞こえるような痛みが胸部に襲いかかる。視界がチカチカと白く明滅して自分がどうなっているかの判断が上手く出来ない。


 が――倒れなかった。剣も握ったままである。

 毒の痺れとかの効果もあるのかもしれない、とぼんやりと思った。

 頭突きと刺突のダメージから回復したらしい視界は、周りの状況を確認すると、僕は、なんとか立っているような状態であることが判明した。

 押せば倒れてしまうような状態だが――男は、何もしなかった。


「終わりだ」

「……」


 そう言った。

 だが――それは間違いだ。

 僕はまだ生きている。

 何故か、未だ腐り落ちることなく生存している。

 痛みは大丈夫。

 痛いだけだ。

 踏ん張れ。

 手を伸ばせ。

 体を捻れ。

 喉を狙え。

 首を――!


 ブリキ人形のような腕で、剣を、全力で持ち上げた。

 喉元まで、再び持ち上げた。


「…………」


 僕のそんな奮闘を嘲笑うかのように――男が駄目押しに、さらに剣を突き入れた。僕の剣を掻い潜り、毒剣を押し込まれる。切っ先が肉を抉りさらに食い込んでいく。同時に毒が侵食し内部から内臓を掻き乱している。ドロドロに――こねられている。

 そして。

 脆くなった背中から、刃先が肉を巻き込んで突き出された。貫通した瞬間、肉が溶けたようなものが地面に滴り落ちるのを音で確認した。

 空気が自分の身体の中を通り抜ける感覚。

 串刺し――だ。


「ぐ、あ」


 唸る。

 声が震える。

 それを見て――毒剣を握りながら、男は一歩下がった。

 一度貫かれて奥まで押し込まれた臓器が引き戻される感覚に吐き気を催す。

 駄目だ。

 ここで吐いたら、今度こそ終わりだ。


 歯を食いしばり、胸部から様々な器官を巻き込みながら剣が引き戻されていくのをただ耐える。

 そして。

 男は勢いよく――振りぬくように、僕から毒剣を引き抜いた。


 ぼたっ、と。

 何かが、落ちる。

 大穴が、空いている。


「結局、殺せねえのか――惨めなもんだ」


 そう言って。

 男は僕を見た。

 これ以上、何かをするつもりないらしく――僕が倒れるのを待っているようだった。


 手が震える。

 喉から首元へ。

 首元から――胸へ。

 剣先が徐々に下がっていくのを見るが、高さを維持出来ない。


 立っているのが奇跡だった。


 全てにおいて――限界だった。


 剣は届かない。

 ナイフはない。

 南京錠もない。

 ワイヤーは置いてきた。

 車輪なんざ知るか。

 薬もない。あったとしても役に立つかは微妙だ。

 本も――ない。

 本。

 本――魔法。

 魔法は、使えない。

 僕に適正はない。


 ――吸収魔法を除いて。


「ぁ、ぁ……!」


 唸る。

 僕はまだ試してすらいなかった――出来ればぶっつけ本番は遠慮したいところだったが。

 剣先がこれ以上下がらないように力を込める。喉まで持ち上げるのは無理でも心臓部ならあと少しは維持できるはずだ。

 最後の力を振り絞って切っ先を心臓あたりの高さで固定する。

 さあ、あとは使うだけだ。

 唱えろ。

 世界に祈れ。

 魔法はイメージ。

 思い込め。

 あり得ない事象などないのだと。

 これは起こり得る事象なのだと。

 僕になら出来るはずだ。

 全てを受け入れ呑み込んできた僕になら不可能じゃない。

 あり得ないものを――受け入れろ。


「――吸収魔法(アクセプト)


 思いのままに。

 頭に浮かんだ言葉を詠唱する。

 思いを――具現化する。


 瞬間の出来事であった。

 それは、あまりにも一瞬で、あっけなく。

 魔法と言うには、あまりにも地味だったが――僕の予想以上の戦果を残してくれた。

 僕の剣が、男を引き寄せ――心臓部を貫いたのである。

 むしろ男を引き寄せていた光景が、まるで自ら刺さりに行ったようにすら見えた。

 男は、距離などなかったかのように剣を鍔まで埋められていた。

 剣先が、背中から突き出されていた。


「っ……!」


 男は、その傷を見て。

 笑う。


「……何を、笑ってんだよ!」


 その時――僕の右腕に全能感が、今更ながら、唐突に、思いに呼応するように宿った。

 僕は特に何も考えずに、右腕を思いのまま振り上げた。心臓部に突き刺さっていた剣は、心臓や、肺や、鎖骨などを無視して、男の体を切り裂きながら脱出した。

 大量の血が、男の傷口から噴水のように溢れ出た。

 その血を、僕は――真正面から受け止めた。

 バケツでぶっかけられたような量の血液を浴びながら、振り上げた剣を降ろすこともなく、かと言って顔にかかった血を拭うこともなく、真正面から、受け止め続ける。

 何となく。

 僕には、今の力が。

 この光景が、勇者たちが蹂躙したような跡にも見えた。

 随分最近に見た光景に。

 戦場跡の死体たちに――酷似していた。


 男はその後――後ろにぐらりと倒れこみ、大地に身を投げた。

 ぐしゃ、と。

 あっさりと、自らの血の海に、大の字で倒れこんだ。


「……っは、ははは!」


 男は嬉しそうに、楽しそうに笑った。

 随分と――明るい声だった。

 少年が笑うような、そんな声だ。


「……ありがとな」

「……」


 こいつは。

 一体何を言っている。

 わざわざ自分は人殺しだと言って。

 生殺与奪について聞いて。

 剣を引き抜いても、僕に対して何も行動せず。

 そんなことを言ったら――まるで、死にたかったみたいじゃないか。

 まるで――僕がいいことをしたみたいじゃあないか。


 僕らは黙る。

 二人の荒い息だけが森の中で反響する。

 次第に聞こえる音は小さくなって行く。

 森は静まり返る。


「……はあ」


 男との戦いは、まるで納得もなにもない、達成もない、ただもやもやとした葛藤が募っただけの、中途半端な状態で、幕を閉じた。

 得れたものは、男の命を奪ったという、何か重いものだった。

 悪態も吐きたくなる。


 静まり返ったところで、僕はようやく、無理やり動かされていた糸が切れたように、魂が消えたように――地面に突っ伏した。

 顔面から行ったけれど、痛みは特になかった。

 というか、気にならなかった。

 全て――遠くなる。


 思い出したように。

 気が全て飛ぶ前に。

 何も聞こえなくなってきたところで、僕は頭だけを動かして、少女を探す。

 ちょっと、忘れていた。

 ちょうど、少女は起き上がったところのようだ。

 この惨状を見て、慌てて周りを見渡している。


「……助けた」


 呟いて、目を瞑る。

 人間、やろうとすれば存外できるものだ。

 限界など――ないのかもしれない。


 けど、もういいだろ。

 魔王は殺せなくとも――一人の女の子を守ったのだから。

 だから――もう、いいだろう?

 冒険者に、任せよう。


 敷き詰められたような、容量が食われたような、満たされたような。

 そんな感覚を最後に、僕は意識を手放した。


 あー。

 もうどうでもいい。

取ってつけたような一貫性のない性格と、情緒不安定っぷりを表現できているか不安です。

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