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ぼくのなかにいる  作者: 人工的な深爪シール
1章:彼は世界を知る
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037:嘘

 さて、安定の状況確認から始めよう。

 何事も自分のことを把握しなければ始まらない。

 今自分の身体がどんな状態か説明できるかと言われれば断じてNoだが、それは置いておこう。


 まずは基本的な情報から――暴走のことからだ。

 現在三箇所で暴走が起きている。

 村から離れた場所でゴブリン、村の傍でコボルト、そして反対方向であるこちらでオークが進軍中。

 戦力はコボルト側に偏っており、ここにいる冒険者二人プラス僕で百ものオークを抑えるのは不可能。


 そこで、カインさんの出した条件その一。


『俺がこれから言う奴を集めろ』


 そこで挙げられた人物、十数名。

 おそらく実力的にも選りすぐりの者を集めろという指示だったのだろうが、さて、何度も言っているので皆さんご存知ではあるだろうけれど、あえてもう一度言おう。

 僕はこの村で二週間無為に過ごし、人との関わりをことごとく避けて来た人間である。

 果たして、そんな人間が名前だけ述べられて集めることは可能なのだろうか。

 否である。

 無理である。

 故に、『集めろ』などとは言われたものの、実際に動いたのは冒険者二人組だったりするのは秘密にしておきたい。


 とは言え集めっぱなしで済むわけもなく、僕は流石に説明くらいはしなくてはならないと思ったので、集められた十数名の人間、獣人、魔族の方々に集合の理由を説明をしたわけなのだが。

 なんていうか、こう。

 訳ありの方々が多い気がした。

 羽が半ばから削れている人とか。

 魔族の証である角が半ばから折れていたりだとか。

 そんな、本当に戦って大丈夫かと問い質したい面々(僕が言うのも何だが)だったのだ。


 本人達曰く、


「それでも人よりは強い」


 と言うので、僕もそれ以上言うことはなかったが。

 どうも、魔族、獣人というのは素の力から――つまりは生まれつき人より力が強く、多少種族の力を失えど筋力運動能力等は失うわけではないらしい。

 まあ、戦えるというのならば僕から言うことは特にはないのだけれど――僕が言いたいことはそういうことではなかった。


 ――そんな状態で、精神は大丈夫なのか。


 いらぬ心配だったとは思うし、余計なお世話だとは思うけれど、昔のことでもう気にしてすらいないかもしれないけれど――そう思わずにはいられない。

 今でこそ平気な顔をしている傷を負った方々だが――僕は闇を感じずにはいられない。


 僕の知らぬ外側の世界の闇を。


「無茶はするなよ、トーマ君」


 ふと。

 説明が終わってさあ準備しようとしたときに待ったを掛けられた。

 声の主はなんとファルリアの父親、ルセダさんである。

 どうもこの人、昔そこそこの冒険者だったらしい。

 人の過去はわからないものだ。

 そんな彼が肩に担いでいるものは剣でも斧でもなく、棒であった。

 棒。

 多分鉄製。

 両先に刃物が付いているわけでもない、ただの鉄棒である。

 個人的な偏見ではあるが、異世界にしては珍しいと思った。

 果たしてどれほどの強さなのだろうと疑問に思いもしたが、まあ、一メートル超の鉄棒を平気で持っている時点で弱くはないだろう。


「無茶とは?」


 ともあれ、僕は聞き返す。

 無茶とは言うが、むしろこれでもカインさんに抑えられた方なのだけれど。


「ん……自覚無しか。うん、そうだな。君はどうも色々軽視しているというか、大事にしていない気がしてね。いや、大事にしていないっていうか――そもそも勘定に入っていないのか」

「何がですか?」

()()()が、だよ」


 そこで一旦言葉を切った後、こう続けた。


「トーマ君、君はどうも――僕らのことを薄情な人間だと思っていないか?」

「え」


 その言葉は。

 彼女と、同じだった。


 ――トーマってさ、私のこと凄い冷たい人間だと思ってない?


「やっぱり、そうか」


 ルセダさんは目を閉じてぼやくように言った。


「いや、正確には違うかな。君は君自身のことを考えちゃあいないが、それと同時に自分がどう思われているかも考えていない、そして僕らへの期待値も恐ろしく低い、かな」

「……そうですか? 自分への周りからの評価は冷静に下しているつもりですけど」

「それじゃあ言ってごらん。僕らが君をどう思っているのか――どう評価しているのか」


 と、言われたので。

 僕は素直に、ありのままにこう答えた。


「不審者」

「……それだけ?」

「はい」

「…………」


 なんだろう。

 物凄く外したような気がする。

 いや、決してウケ狙いだったわけじゃあないし、至極当然のことだと思っていたのだけれど、どうもルセダさんの反応からしていい受け答えが出来たとは到底思えなかった。


「いや、普通そうでしょう? 逆にどこから来たかもわからない常識もない僕を不審者だと思わずに置いておくほうがおかしいでしょう――」

「わかった、わかった、もういい、わかった」


 僕の言い訳じみた言葉を無理やり切り、頭を抱えるようにしてルセダさんは呻く。


「……はあ、なるほど。こりゃあ重症だな。ファルリアやカインはよく見てる」


 僕の答え、および態度を見てだろう、下を向いて盛大な溜息を吐いた後、そう溢した。

 そして再び顔を上げた彼の顔は――直感ではあるが、酷く怒っているように見えた。


「いいかい、トーマ君、よく聞け。そして訊かせろ。君はどうしてそう死に急ぐ?」

「――――」


 嫌に力の篭った声で言われた。

 まるで、責められているような気さえした。

 咄嗟の言葉に、声が出ない。


「カインを助けたのは善意からか? 違う、それにしてはカインへの要求が無欲すぎる。ファルリアを助けたのは惚れたからか? 違うよな、それはいつもの態度を見ればわかる。怪我をしてまで助けたのは自分が生きたいからか? それも違う、それにしては自らを大切にしてなさ過ぎる」


 矛盾を問い詰められる。

 僕の歪な部分が――暴かれる。

 歪で――継ぎ接ぎだらけの感情が露出する。


「今回一人でなんとかしようと思ったのは――一体何故だ?」


 僕がどれだけ――追い付いていないのかを。

 僕がどれだけ――壊れているのかを。

 自覚させられる。

 わからない。

 答えることができない。

 それが尚更――醜い。


「多分、君には答えられないんだろう。それも見てきたからわかる。だから今は答えなくていい。だが」

「だが、なんです」


 そこで、ルセダさんは表情を崩し、唐突に笑う。

 ごちゃごちゃになっているはずの僕を見て、笑う。


「だが、覚えておけ。僕らから君への評価は、仕事をきちんとこなし、借金を滞りなく返済し、上手くはなくとも接客を一生懸命こなしてきた不器用だが好感の持てる人間、だ」


 極めつけに、上からぐしゃぐしゃっと髪の毛を掻き乱された。

 だからクセッ毛の人間にそういうことをするのは――じゃなくて。

 はあ?

 なんで――僕がそんな評価を受けてるんだ?


「過大評価です」

「それは君から見たら、だろ。人間、いや、獣人だって魔族だってそうだけれど、普通、二週間も真面目に働いてさ、仕事をこなして、上手くはなくともそれなりの人間関係を築いて、一生懸命に生きている奴と過ごして――周りの奴らがそいつに()()()()()()()()と思うと、君は本当に思うか?」

「……どうでしょうね」


 それでも僕は、その言葉を肯定することはできなかった。

 なんせ、二週間どころか二学期後半まで過ごしていた連中に殺されかけたのだから。

 そんな奴らに、僕はことごとく否定されたのだから。

 まあ、もっとも。

 否定されていなくても――今と考えていることは変わらないだろうけれど。


「君が認められなくてもいい。だけど覚えておけよ。君は僕らからしたら()()()()()()()()人間だ。だから」


 だから。

 彼は――あのお人よしの男と同じ言葉を掛ける。


「無茶はするなよトーマ君。死んだら悲しむ人間は必ずいる」

「……善処します」

「……とりあえず今日帰ったら話し合おうか、な?」

「帰ったらしますよ」

「……そうか、ならいい。気をつけてな。準備が終わったら無理せず帰って来てくれよ」

「わかりました」


 僕が「帰る」という言葉をキチンと言葉にしたのが効いたのか、ルセダさんはそれ以上声をかけては来なかった。

 それを確認し、僕は残りの準備に向かう。

 死ぬな、と。

 二人に念を押された形になった。


 それでも僕は。

 いざ、僕一人の命でどうにかなるという場面に立ち会ったとき――死なずにはいられるだろうか?


 ――助けろ。


 ああ、わかってる。

 無理だ。

 助けずに生きていい資格は僕にはない。

 助けて生きるならいいが、見捨てて生きることは、()()許されない。

 言っていることが支離滅裂だ。

 やっていることが滅茶苦茶だ。

 僕は――本当に、どうしようもない。

 けれど誰がなんと言おうと――それは一種の呪いのように僕に付きまとうだろう。

 解かれる術は、ない。


「っは、はっ、はっ、はっ……」


 川の中流付近。

 あれから、およそ三十分。

 僕はそこに構えていた。

 簡易ダムによってもはやせせらぎすら感じられぬレベルの川の中流に僕はいた。

 ルセダさんのところに戻ることもなく。

 彼ら十数人と共同戦線を張ることもなく。

 僕は、僕なりの時間稼ぎをするためにここにいた。


 嘘を吐いた。

 だが、裏切るつもりはない。


 大丈夫、死なない。

 大丈夫、助けて生き抜けばいいだけだ。

 ああ、本当僕らしくない。

 そして本当に僕らしい。

 周りに流されて、そして押し付けられた義務を全うするあたり、やっぱり僕は僕である。


 ――助けろ。


 結局そっちを選択するのだ、僕は。

 全部全部――偽物だ。


「buoooooo……」


 唸りと振動とともにオークの軍勢は現れる。

 森から茂みをかきわけ、簡易ダムの影響で川とすら呼べぬ場所に進軍してきた百以上ものオークが僕一人に対し威嚇する。

 その怒りを、敵意を、殺意を受け止め、僕は『誰か』の力を借りて魔法を使用する。


「『(アース)(ウォール)』」


 シンプルな呪文名。

 感覚でなんとなく言っただけの魔法。

 それでも――借りた僕の魔法は、期待を凌駕する結果を導いてくれた。


 僕の背後から、オークを決して村に通さないように上流まで続く壁が顕現する。

 轟音を響かせながら、地面がめくりあがり、要塞の如く壁が立ち上がる。

 ごっそりと、僕の中にある何か――おそらく魔力がなくなり、立っていることすら辛くなる。

 壁の高さはおよそ四メートル――化け物のような魔力を使用し、僕自身が気絶寸前になりながらも僕には使えない、僕に出来るはずもない魔法が行使できた。

 僕の力ではない。

 『誰か』の力であって、本来なら僕にこんなことはできはしない。

 限定的。

 偽物。

 すぐになくなるであろう歪な力。

 それでも――僕によくしてくれた彼らを助けることができるならそれで良い。

 時間を稼いで、彼らの為になるなら無駄ではない。

 そのためなら、乗っ取られようが殺されようが使ってやる。


「ここから先は、通さない」


 カインさん到着まで、残り三十分。

どれが本当かわからない不気味さを表現できているか不安です。

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