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ぼくのなかにいる  作者: 人工的な深爪シール
1章:彼は世界を知る
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027:有償と無償

 まあ、ある程度予想できていたであろう事だし、そう何度も目覚めを見せてもあれなので描写は省くけれど、僕は激痛に悶えていた。

 目覚めてからじわじわと侵食するような熱を帯びた左腕は、尋常ではない程に傷付いていた。

 普通にこっちのほうが悪夢である。

 痛い。


「あー。あー。あー。痛い。痛い。痛い」


 口に出しても痛みが和らぐことはなく。

 ただただ、その痛みを享受していた。

 目覚めてからずっとこの状態である。

 他に何か気を紛らわすものがあればよかったのだけれど、残念ながら歩き回れるほど元気ではない。

 オークの突進による胴体へのダメージが思ったより大きかったらしく、まともに動くこともできず、ベッドに突っ伏していた。


「やっぱり回復薬もっと良い物にすればよかったんじゃ……」

「現状それ以上の回復薬はないって言ったでしょう。あるもので回復してもらうしかないわよ」


 僕の呟きに反応したのか、アーネットさんとリューナさんはそんなことを言う。

 この二人、なんと看病してくれていたらしい。

 わざわざ泊まる場所を見つけた上で、この待遇である。

 色々と良くして貰い過ぎて逆に怪しいくらいだった。

 本当に――怪しいくらいだった。


「いや、お気になさらず……そのうち治りますよ」

「それは、そうだろうけど。でも、トーマ君治癒力高いよね。昨日の夜に怪我して翌朝目覚めるって」

「治りが早過ぎて不気味なくらいね」

「…………」


 そして、驚いたことに、あのオークとの戦闘から数時間しか経っていないらしい。

 てっきり、三日くらい余裕で過ぎているものかと思っていた。

 これは僕がこの世界に慣れて強くなってきた、ということだろうか。

 いや。

 そんなレベルではないだろう――Cランク冒険者の彼女らが『治癒力が高い』と評するならば、きっとこの世界水準でも、僕の治癒力は異常ということだろう。

 つまり――『誰か』である。


 ――『誰か』をなんとかしない限り、君はその問題に苛まれ続ける。


 そうだ。

 この身体の頑丈さもそうだが。

 魔法だって――痛みですっかり忘れていたけれど、なんで急に使えるようになった?

 僕は確かに、王国で「お前は魔法は使えない」と言われた――言われたからこそ、今僕はこうしてこの村にいるのだし、それが全くの嘘だったとは考えにくい。

 そして、実際。

 僕は――火炎球(ファイアボール)は使えなかったのだ。

 動機は盗賊の死体を燃やそうとしたという極めて自分勝手なものだったが……今回とはどう違う?

 僕の身体はどうなっていて――『誰か』は僕をどう操ってるんだ?


 邪神もそうだが、こちらの問題もよほど解決できそうもない。

 その『誰か』が、どんな人物なのか、どこにいるのかさえ把握できていない今、何か対処できるはずもない。

 というか、そもそもこれをどうにかする必要はあるのだろうか――限定的とはいえ力が増えるのだし、言うほどデメリットがないように思える。

 いや。

 それこそ希望的観測と言うものだ――何より、つい昨日使えた魔法だって僕の左腕を巻き込んだんだから、やはりおいそれと頼っていいものではないだろう。

 乗っ取られる恐れもあるし。


「そう言えば、目が覚めたついでに聞くけどさ、トーマ君ってどこに住んでるの? ついあたし達のところに連れてきちゃったけど」

「…………」


 そして、ファルリアはそもそもここにはいないという事実。

 というか、あの宿ですらなかった。

 ここは彼女らが寝泊まりしている宿らしい。どうも、僕の事情を知ってそうなカインさんを昨夜のうちに見つけることはできなかったのだとか――まあ、暴走(スタンピード)騒動を解決しに行っているようなので仕方がないだろうけれど。


「あー、と…………」

「? どうしたの?」


 僕はファルリアの宿の名前を言おうとして、そこで言葉に詰まってしまう。

 …………。

 僕、あの宿の名前知らねえ。

 マジかよ。

 二週間働いててそれはないだろ。


「……ごめんなさい、泊まってるとこの名前わかりません」

「えー。それはないでしょ。普通自分の住んでるとこくらい覚えておくものだよ」

「返す言葉もないです……」

「じゃあ、そこの宿の店主さんとかの名前わかる?」

「えーと」


 あそこだと……ルセダさん、で、いいんだよな。

 念のために他の二人の名前も挙げておくか。


「ルセダさんと、メールさん、あとはファルリアっていう子がやってる宿なんですけど」

「…………また良いとこに泊まってるね、君」

「そうなんですか?」

「ご飯は美味しいし、雰囲気は良いし、高級ってわけではないけれど、良いところよ、あの宿は」

「へー……」


 そう言えばあそこの宿の評判とか気にしたことなかったな。

 確かにあそこはかなり繁盛していたし、それなりに儲かっているということだろう。そんなところに僕を派遣してくれたカインさんとヒルフさんのコネに感謝しなくてはならない。


「じゃ、早速連れていこっか」

「アーネット、一応怪我人なのよ? わかってる?」

「わかってるけどさ、やっぱり知り合いのところに運んだほうが滞りはないでしょ。ってわけで、それっ」

「っ痛!?」


 無慈悲に、なんの躊躇いもなくアーネットさんは僕を担ぎ起こす。ダメージの大きい胴体に内側から刺すような痛みが僕を襲う。

 内臓が想像以上に悲鳴を上げている。


「あ、やっぱり痛かった?」


 と、平然とした顔で言うアーネットさんの腹を殴りたいと思った。

 ……まあ、僕の腕力じゃあ攻撃なんか通らないだろうけれど。

 カインさんにもうちょっと鍛えて貰おうかなあ。


「じゃ、早速行こっか!」

「……本気ですか」

「もう一回ベッドに転がるよりマシでしょ」

「…………」


 僕に選択権がなさ過ぎないだろうか。

 僕が何か口を利く前に、アーネットさんは僕に肩を貸し、僕を無理やり立たせた。一応、この状態なら歩けなくはないようだが……しかし、前から思っていたけれど、どうもアーネットさんは僕に接触することに抵抗が全くないように見える。

 男性が苦手なんじゃなかったのか?

 それとも――それは嘘だった?

 何のために?

 頭を動かして後ろを見る。

 リューナさんだってそうだ。

 今思えば、登場から何まで随分とんとん拍子だった気がする。

 攻撃するほどに僕を警戒してた癖に、今となっては僕に警戒心すらない。


「じゃ、一応ゆっくり歩くから。がんばってね」

「背負ってくれないんですか」

「歩いたほうが治癒も早いと思うよ。ね、リューナ」

「……それもそうね。そこまで治癒力があるなら歩いたほうがむしろ良いのかもね」

「……そうですか」


 敵ではない。

 敵であるなら僕はとっくの昔に死んでいる――それこそ寝ている間に殺せるだろうし、もっと言えば魔法放った後助けなれば死んでいた。

 かと言って――味方であるとも言えないのだが。

 味方であるなら、もう少し僕の取った行動に何かあってもいいと思うのだ。

 別に、お礼が欲しいわけではないが。

 それでも、アッサリし過ぎじゃないか?

 なんとも言えないけれど……何となくだけれど、余裕を感じるのだ。

 カインさんと同じような――強者の余裕を。

 どうにでもできた、とか、そんな感じの余裕を、肌で感じるのだ。

 あの時は僕も割りと危険だったし、オークの殺意が強すぎてわからなかったけれど……。


 で。


 殺意と言えば。

 今の僕もそれに近いものを感じている。

 殺意って言うよりは怒りに近いものだけれど、肌がぴりぴりする――なんだか火で炙られているような感覚だ。

 まあ、原因は分かりきっている――目の前のファルリアだ。


「と、いった感じでした」

「ふうん……それで?」

「……?」

「私に何か言うことはない?」

「……ただいま?」

「違うっ!」


 まあ、そんなことを考えつつ僕はアーネットさんに肩を貸してもらい、ルセダさんが経営し、僕が寝泊りしている宿――『銀風見亭』に到着すると、帰宅早々入り口でファルリアに見つかって糾弾されていた。


「な、ん、で、また怪我してるの!?」

ゴブリン(G)狩りに行ったらオーク(O)がいたので戦ったら皮膚がズタズタにされて魔法使ったら制御できずに火傷しました(Y)

「……なにそれ?」

「真ん中の意味長すぎない?」

「アーネットは黙ってましょうか」


 …………。

 今、冒険者二人にアルファベットが通じた気がするのだが気のせいだろうか。

 気のせいだろ。

 多分。


「とにかく! 私が怒ってるのは、トーマが何の連絡もなく帰ってこなくて、しかも帰ってきたと思ったら大怪我してたこと!」

「へー……」


 しかし、ファルリアは随分とご立腹のようである――お前は僕の母親か。

 怪我した場合、そりゃあ僕という労働力が欠けるのは迷惑な話だろうけれど……怪我をしたこと自体に怒る必要はないだろう。

 その分のお金だって払うつもりだったし。


「へーって、わかってるの!?」

「うん、対応はちゃんとするつもりだから、今は見逃してくれ」

「……引っかかる言い方。本当にわかってる?」

「大丈夫。気を付ける」

「むー……まあ、立ってるの辛そうだし取りあえず入って」

「どうも」


 僕がアーネットさんに肩を貸されながら歩いてきたところを見て、取り敢えずの説教は一旦止める事になったようだ。

 僕は入り口からようやく宿の中に入る許可を貰い、すぐ傍にあった机に突っ伏した。

 あー、机冷たい。

 身体の熱が奪い取られるようだ。

 結構無理して歩いてきたことがわかる疲労度だった。

 僕を降ろしたアーネットさんは、何もなかったかのように「じゃ、また来るね」と言い、この宿から立ち去ろうとした――が、しかし、この宿の魔王はそれを許さなかった。


「ああ、そうだ。お二人にお聞きしたいんですけど、どうしてこんなことになったのか、詳しい説明をお願いします」

「あー、えっと、ね」

「え、と怒らないで聞いてくれると助かるのだけれど」

「それは対応次第です」


 にっこりと笑うファルリアに、微妙に笑顔が引きつった二人を、僕は突っ伏しながらも横目で眺めていた。

 勿論、僕に助ける気はさらさらない。

 言っておくが、今の二人の立場が今までの僕の立場だったのだから、少しくらい僕の気持ちを知ってもらうためにはこれくらいの罰は必要だろうという極めて道徳的な考えであって、決して痛い目に遭えばいいなどと言う自己中心的な理由ではない。


「あ、ちゃんとあとでトーマにも聞くからよろしくね?」


 ……僕もあとであの立場に晒されるらしいので、今のうちに休んでおこう。

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