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ぼくのなかにいる  作者: 人工的な深爪シール
1章:彼は世界を知る
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026:悪夢の対談

 言い忘れていたが、僕らは転移時に神様に会っている。

 日本からこの世界に来る間に、白い空間に招待され、そのときに神様らしき存在と対面し、様々な状況説明を受けた。

 まあ、状況説明とは名ばかりの、「君ら、異世界に呼ばれたから。魔王殺せば元の世界に戻れるかもね。ああ、力はあげるから。頑張ってね」とか、そんな一言二言だったのだが。

 神様とは、つまり、そんな適当な説明だけで僕らを異世界に放り込んだ張本人である。


「ご挨拶だねえ。君らには困ることのないくらいには力を分け与えられたはずだろう?」

「……ナチュラルに心を読むな」

「心くらい読めなくちゃ神様なんて名乗れないよ」


 心が読めないと色々な采配にも影響が出るしね、と言って、クツクツと笑う。

 癪に触る笑い方だ。

 それに姿もファルリアのままだから、尚の事違和感を感じて効果が倍増している印象がある。


「悪いけど、あんまり姿を晒すのは好きじゃあないんだ。だから、君の夢を利用させてもらってるよ」

「……夢?」

「そ、ここは君の夢の中だ。僕はそこに干渉してるだけ。だから姿だっていくらでも変えれるし、場所だって思い通りだ」


 ……ってことは、ここは完全に現実じゃないってことか。

 目に見える風景も、目の前のファルリアも、全て――夢か。


「それに、君にも都合が良いだろ?」


 と、神は言う。

 しかし、個人的にはそうは思えなかった。

 むしろ、目の前の存在が偽物だとわかって疑心暗鬼に陥れられたあたり、デメリットのほうが大きい。

 現状ファルリアが急に僕口調になって、僕を流し目で見てきているだけだからな。

 なんのメリットも感じられない。


「いや、そういうとこじゃなくてさ。君、今身体に痛みを感じるかい?」

「……いや」

「普通、腕をズタズタに引き裂いた上に大火傷を負ってあんな快適に目覚められるわけがないだろう? 本来なら快適に話ができるような状況じゃないのさ」


 そう言われて、左腕を掲げる。

 改めて神経を集中してみると、なるほど、確かに痛みが全くない。

 触っても、強めに握ってみても、まるで痛みはない――怪我なんてしていないかのような感覚だった。

 普通に、無傷の腕の感覚。

 夢だからこそ、か。


「……ってことは、現実で目覚めた場合、もっと痛いって解釈であってるか?」

「そうだね」

「…………」


 目覚めることでさえ覚悟が必要になるらしかった。

 いっそ腕が治るまでずっと寝ていたい気分である。


「……けど、別にそれはファルリアの姿を真似る理由にはなってないよな」

「ほら、僕ってシャイだし」


 答えになってないし知らねえよ。


「辛辣だね。でも知ってはいるはずだよ。君らは僕を見たことがあるだろう? あの、モヤみたいな存在自体があやふやな僕の姿を」


 あのとき。

 僕らが転移して、初めて神と会ったとき。

 神は、姿がぼやけていた――なんというか、そこにいることは分かっても、視覚でそこにいることを判断するには難しいような、そんな存在だった。

 まあ、神なんてそんなもんなんだな、とか思った記憶。


「軽いねえ。その程度で納得できるあたり壊れてるんだなあと実感するよ。そうそう、あのときは本当、君だけじゃない? 驚かず、状況を理解して、これからどうしようかなんて考えてたの」

「…………」

「それからの行動も相当にイカれてるよ。王国に濡れ衣着せられて拘束されて。脱獄して。馬車に乗り込んで。弱いと評されたのにも関わらず盗賊を殺して。頭を相打ち覚悟で屠って。魔物の首を口で食い千切って。左腕をオークの体内まで侵入させて殺して。オークの集団を焼き払った、君の神経は滅茶苦茶だ」


 酷い言われようだった。

 それらのことは別に僕がしたくて行ったわけではなく、そうすることでしか生き延びることができなかったための手段であり、そもそも目の前の神が、十二分に僕に力を与えてくれていれば王国の地下牢にぶち込まれることもなかったはずなのだ。

 ここに来ることも。

 なかったはず――だった。


「ま、そう言われちゃそうかもしれないけれどね。けれど、灰沼君達が力をいいように振るわなければ君もそうなってはいなかっただろうし……結局のところ運が悪かったとしか言いようがないよ、うん。君に力がないのも、灰沼君に力が与えられたのも、ね」

「神様が、運なんて言葉を使うのか」

「そりゃあ使うさ。僕にだって、できることとできないことがある。僕ができることなんてせいぜい、予知、予言、干渉、観測くらいのものだよ」


 それだけできれば大体のことできるだろう、とか――そんな目を向けても、神は態度を崩さない。

 あくまでも、全能ではないアピールがしたいらしい。


「全能じゃないからね。だって、そもそもの話、君らがここに――異世界に来たことだって、イレギュラーなんだぜ?」


 と。

 さらっと、とんでもない事実を言った。

 ……いや、ちょっと待て。

 僕らがここに来たことはイレギュラー、ってことは。

 転移させたのはこいつじゃないのか?

 じゃあ、一体、誰が――


「だから、転移させたのはこの世界の住人であって、僕は橋渡しをしたに過ぎないのさ。王国の人間が自分勝手に転移させたって解釈は間違ってないよ。むしろその通りと言うべきだね。先代の勇者が死んだから、早くも次を求めた――そういう次第だよ」


 先代の――勇者。

 僕らが呼ばれたのは、前の人間が亡くなったから、なのか。

 そいつは、日本人なのだろうか。

 家族はいたのだろうか。

 学生か、社会人か。


 どうして――死んだのだろうか。


「ま、先代の勇者が死んでしまったことに変わりはないし、代わりを求めるのは必然なのかもね。もしかしたら、君らが選ばれたことにも意味があるかもしれない――先代の勇者は君らに関係のある人物だったりしてね?」


 ファルリアの姿のまま、神は言う。

 ふてぶてしく――言う。


「……関係、あるのか」

「さてね」


 いちいち癪に触る返しをする。

 問い詰めるか考えていると、神は話を切り替えるようにこう続けた。


「関係あろうとなかろうと、既に死んでいることは確かだし、ここにいるのは君達だ。知ったところでどうしようもないよ。時間が巻き戻せるわけでもないしね」

「…………」

「君ができることは、これからの未来にしかない。過去は消せないし変わらない。やったことは無かったことにはできないのさ。あ、これからやろうとしてることの教訓にしてね?」

「……何しに来たんだよ」


 いい加減、何が言いたいかよくわからない神の言葉に振り回されるのは飽きてきたので、僕は話をぶつ切りにするつもりで神に目的を訊いた。

 先ほどの言葉を伝えに来ただけというわけではあるまい。

 わざわざファルリアに偽装し、その演技までする理由が、目の前の神にはあるはずなのだ。


「本当切り替え早いよねえ。何万年歳の年寄りにはキツイよ」

「それこそ知るか」


 というか神様に老化とかねえだろ。


「まあね。でも、君のところに来たのは言うほど理由はないよ」

「理由もないのに、王国に叩きのめされた僕のところに来たのか?」

「言うほどって言っただろ、せっかちめ。理由としては観測しに来たってところかな。さっき言った神様の能力の一つの観測。無条件に一方的にその対象を見ることができるんだけど、それだけじゃつまんないから、こうしてわざわざ二者面談の形式を加えて勇者達の様子を見ようっていう暇潰しだよ」


 ……それは目的もなく何となく来たのと同義じゃないのか。

 暇潰しと言う単語を使用している時点で、僕そのものに明確な理由を持って訪れたわけではないことは明白だった。

 馬鹿にしている。


「別に観測がおちょくりと同義ってわけじゃないだろう? 僕がしてるとそう見えるってだけでさ」


 自覚ありかよ。


「自覚してなくても君の心が言ってるし」

「…………」

「いや、まあ本当のことを言うとさ」


 僕が無言、いや、無心になったあたりで、ようやく神は本題を語り始めた。

 心が読めるとろくな事がなさそうである。


「ある程度の期間、転移後の勇者ってのは見てないといけないんだよね。特に()()()()()()()()は厄介だよ。そういった場合、神様が直接出向いて、その、何? 進歩状況……ていうか、その世界での貢献度とか、その勇者の幸福度によって対応は変わるんだけど、それである程度皆のバランスを取らないといけないんだよね」


 微妙に物事の本筋が見えない。

 説明下手糞か、神様の癖に。

 しかし。

 本筋を外れた勇者、ね。

 果たして――僕以外に存在するのだろうか。

 いや、多分いるんだろうな、言い方からして。

 明らかに異常な力を貰っていた奴だっていたし、一ヶ月以上経った今、どんな風に状況が変化していてもおかしくはない。

 特に……あれだ、いじめられていた奴が異常な力を持ったときなんて、どうなるのか目に見えている。

 ありきたりに言えば、復讐に走る奴だっているだろう。


「ご名答。君の予想通り、柊君が王国の手の届かない範囲に逃げているよ。ああ、名前忘れてそうだから補足しておくけど、いじめられてた子ね。うん、あの太ってて正直ビジュアルはそんなによろしくない子。うん。まあ、彼の能力ならあんまりビジュアルの優劣は関係しないけどね。その能力で一財産とハーレムを別の国で築いていたよ。完全に幸せそうだったから、バランスを取るために多少試練を与えたんだけど、あんまり意味なさそうだったなあ」

「……となると、僕は」


 王国に拘束され、勇者に殺されかけた僕ではあるが。

 しかし、カインさんやヒルフさんからの優遇は運が良すぎると言ってもいいだろう。

 だからこそ、わからない。


()()――()()()()()()()?」


 果たして僕は――幸か、不幸か。


「流石、話が早い」


 神はニヤリと笑う。

 やめろ、その笑い方。

 ファルリアとのイメージが乖離している。


「君はどちらかと言えば不幸だね。力を貸して上げよう……ああ、と言っても物理的なほうじゃなくてね、ヒント的なあれ。これから有利になる情報だね。君自身は、力自体はめちゃくちゃ持ってるもん」

「待て」

「ん?」


 君は不幸だと言われて、気持ち楽になったのは良かったものの、後半の言葉に引っかかった。

 僕が――力を持っている?

 ふざけてるのか?

 ゴブリンに苦戦する勇者が何処にいる?


「いや、大真面目だよ。確かに君は弱かった。でも、今は違う、強くなっている――強くなり過ぎている。だから厄介なんだ。イレギュラーが多いんだよ、君には」


 神は言う。

 しかし、僕に説明すると言うよりは、神自身が独り言のように呟いているかのような言い方だった。

 思いついた単語をそのまま並べているような。

 そんな説明の仕方だった。


「これは君自身の問題だよ。君だって気付いてるはずだ――その『誰か』をなんとかしない限り、君はその問題に苛まれ続ける。蝕まれ続ける。気付かないといけない。分かりきったことに目を背けることは許されないよ。無視したって――その事実は変わらない」

「…………」


 正直なところ。

 神による『誰か』についての言葉は、何を言っているのか、何を伝えたいのかさえわからなかった。

 まるで――既に僕が知っているかのようなことを言う。

 僕が、事実から目を背けているかのような。

 気付かないふりをしているだけ、とでもいいたげな台詞だった。


「ま、これは前振りだけどね」


 と、軽く雰囲気を切り替えるあたり、神の言う内容が重要なものかどうか判別しがたいが――しかし、実際『誰か』は何とかしたい問題でもあるから、一応心に留めておくことにした。

 解決できるかはさておき。


「じゃ、そろそろ神様のありがたい予言をあげよう」


 さっきのヒントだね、と、ファルリア姿の神は、華麗にくるりと一回転し、ポーズを決めて言う。

 そういうのはいいからさっさと話してほしい。

 いくら夢の中とは言え、ファルリアのイメージがこれで固定されそうで困るのだ。

 そんなことを不安に思いつつ聞いていたのだが――ファルリアの口から、神が言った言葉は、僕の不安を増長させた。


「この世界に邪神は存在する」


 端的な言葉ではあったが――その言葉の威力は絶大だった。

 現実味のなさ過ぎる一言だったが。

 現実味など、この世界に求めるものではないと思い知ってきた僕は――神がこんなところにいる時点で現実味もクソもないと思い出した僕は。

 僕はとある本を思い出す。

 馬車内で読んだ、邪神について描写されていた数々の本と、その内容を。


「そして――邪神は魔王より強い。君はこれからきっと、その邪神の手先に襲われる。君が気付かない間に、彼らは着々と準備を進め、君の知らない間に事態は進行している――今もきっと、ね。けれど、勇者である君らなら、最悪の結果は避けられる。無事に切り抜けられることを、祈ってるよ」


 ……。

 なんてはた迷惑な予言だ。

 というかそこまでわかってるなら対処法とか教えてほしい。

 ヒントとはとても言えたものではない。

 本当に全体のバランス考えてるのか?


「じゃ、頑張ってね。透君、いや――()()()()


 そんな感じで。

 唐突に。

 神は、僕に一言文句を言う暇も与えずに(心を読んでいただろうけれど恐らく無視されて)手を振った。

 もうこれでおしまい、とでも言うような感じで。

 目の前のファルリアの姿をした神の姿がぐにゃりと捻じ曲がる。

 景色が歪む。

 夢が、終わる。


 結局、神から得たヒントは、『誰か』を何とかしろ、ということと、邪神いるから頑張れ、くらいのものであった。

 無責任にも程がある。

 何一つ解決には導かれなかった。

 まさしく、暇潰し、か。


 ただ、これだけの情報のうち、一つだけ言えることがあるとするならば。

 きっと、この夢の目覚めはかつてない程に最悪だろう。

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