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ぼくのなかにいる  作者: 人工的な深爪シール
1章:彼は世界を知る
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020:僕の仕事

 仕事が終わり、夕暮れ時となった時間帯に僕はとある場所に足を運んでいた。

 時間軸としては、カインさんの借金かさ増しますよ発言の当日中のことである。

 いつもならこの後に訓練があったのだが、ゴブリン騒動でカインさんは忙しいため久し振りに自由の身だった。

 ……のだが、しかし、意外に暇だ。

 そのことに気が付いたのは、何時もの仕事終わりの素振りを、宿屋の裏でしていたときである。


 やることがない。

 娯楽という娯楽がない。

 見たところ酒と煙草と女と本くらいしか娯楽がないってどうなんだろう。もっと都会、王国とかならギャンブルくらいならあるのかもしれないが……思いのほか、カインさんの訓練によって充実した生活を送れていたらしい。


 素振りって結構暇潰しになるんだなあ、と思いつつ刃を潰した剣を振る。

 まずは中心に構えてそのまま振り下ろす。

 ひょう、と空気を斬った音が鳴る。

 最初はこれすらまともに出来なかった。多分、筋力量が圧倒的に足りていなかったのだろう。剣を持ち、正しく振るのがこれほど辛いとは思っていなかった。

 次に、少し角度を変えて袈裟斬りを数回。

 横薙ぎ。下段払い。突き。そういった決まった動作をしっかりと全力でやれば、かなり時間が過ぎるし、体力も使う。

 イメージとしてはラジオ体操を全力でやると滅茶苦茶疲れるみたいなアレ。


「っはあ……よし、終わり」


 規定回数をこなし、いつもの素振りを終える。

 練習期間は二週間。

 キッチリやっていたら意外と形にはなってきた。まあ、基本だけでまだ実践になるとまともに振れてはいないのだろうが、それでもゴブリンに通用するようになったあたり成長はしているらしい。


「……」


 成長している。それは確かにそうだし、間違っていない。僕の強さはゴブリン駆除程度。

 でも僕はあの時盗賊を倒せてしまった――倒してしまった。

 果たして、あの盗賊たちがゴブリンより弱かったかと聞かれれば絶対に否だ。剣速も、技術も、力も、何もかもが圧倒的に盗賊たちが強かった。

 だからあれは――「誰か」の力なのだろう。

 そして――誰かの声なのだ。

 僕の力ではない。

 発動条件もわからない。

 ただ、声は僕が非人道的な行いをしたときに聞こえる気がする。

 ……その割りには馬車の不法乗車や無断飲薬には反応しなかったが。

 「誰か」が、僕に力を送ってきている。


「ダメだ、わからん」


 剣を地面に突き刺し座り込む。

 時間が多いと色々考えてしまう。

 そして——思い出してしまう。

 委員長。

 魔物。

 勇者。


「……っくそ」


 手元にあった石を適当に投げる。ヤケクソ気味に。

 やっぱり、最近どうもおかしい。

 なんというか、落ち着かない。

 僕は落ち着いているのに、僕以外が落ち着いていないかのような錯覚を覚える。

 それも――誰かなのか。


「……」


 目的は分からない。

 何でわざわざ弱い僕に力を貸しているのか。

 勇者はどうなったのか。

 僕はなぜ生きているのか。

 考えても情報が足らなさ過ぎて、いつまで経っても答えに辿り着けない。

 ああ、もうだめだ。


「……身体を動かそう」


 暗示するように呟く。

 やはり忘れるためには身体を動かしていた方がいい。

 一番良いのはゴブリンを駆除することだろう。暴走(スタンピード)のこともあって一石二鳥のはずだ。

 しかし、もし集団に出会った場合為す術もなく殺される未来が見える。力を貸して貰えれば分からないが、僕は力を借りたくない。

 僕が力を貰う度侵食されていくような気がするのだ。

 何かが。


「さて」


 剣を引き抜く。

 どのみちやはり強くなるには実践しなくてはならないだろう。基礎練習だけでずっと強くなれるほど、この世界は甘くない。

 けれど、僕の力では一人では駆除に行くことも無理。

 ならばどうするか。

 そこで、ギルドである。


 丁度思考が終わった頃。

 目的のとある場所――冒険者ギルドに到着した。中に入るとすぐ横に壁に打ち付けられた大きな掲示板がある。一般的な黒板より一回り大きいくらいだから結構な大きさだろう。そこに、沢山の依頼が雑用から討伐ものまで雑多に掲示されていた。

 しかし、僕はこれを選び取る側ではなく、お願いして掲示して貰う側、依頼者の立場である。

 まあ、冒険者登録してないし当然っちゃ当然だが。


 だから僕は依頼のために受付に行こうと思っていたのだが、三つある受付は既に埋まってしまっていた。

 おそらくゴブリンの暴走(スタンピード)が原因だろう。その依頼が多数訪れているためか、受付はてんやわんやのようだった。

 しばらく空くことはないだろう。


「んー……」


 掲示板に視線を戻す。

 やはりざっと見たところゴブリン駆除依頼が多い。

 というか半分以上それだ。

 やはり、僕も微力ながら手伝うべきなのかもしれない。ここに来て正解だったか。


「あれ、いらっしゃいませトーマさん。今日はどのようなご用件ですか?」

「……依頼ですよ」


 依頼を眺めていると、ふと視界外から声がかかった。

 鈴を転がしたような声、って言うんだろうか。やけに澄んでいる声だ。受付やってると声が良くなるのかもしれない、となんとなく思う。


「どんな依頼ですか? またゴブリンですか? やめてください飽きましたから」

「……受付嬢がそれ言って良いんですかね」


 横を見ると、いつの間にかちょこんと、僕の隣に陣取っている女の子がいた。いや、実際の年齢的には女性という範疇らしいが。

 栗色の髪に、同じ色の目。

 そして外見は、うん、まあ。

 はっきり言ってしまえば子供である。

 子供。

 多く見積もっても小学高学年くらいにしか見えないあたり、業が深い。

 多分、普通の人間種ではないのだろう。

 このギルドで受付として働いている彼女は、あの宿の常連である――いや、宿というか酒場の方の常連だが。

 そこで接客したのが(子供が酒を飲んでいると勘違いして声を掛けたのが)彼女と話した最初であるが、何故か相談受けたり愚痴を聞いてたら仲良くなったという謎の関係である。

 しかも、この子に実際受付をやってもらったことはない。

 そして僕はこの人の名前すら知らない。

 なんだこれ。


「で? どんな内容です? お姉さんに話してご覧なさい」

「……お姉さん、ね」


 確かに歳上であることは色々な書類で確認済みだ、が。

 ちっちゃい。

 一部分とかじゃなくてちっちゃい。

 もうなんか全体的にちっちゃい。


「なんだその間は」


 言葉が荒くなった。

 敬語は受付モードの時だけのようである。


「なんでもないですよ。依頼内容は護衛のお願いです」

「……まあ良いです。それで? 強さのほどは?」

「ゴブリン二十匹相手に戦える程度で」

「うーん……」


 なんとか話を逸らして(見逃された感もあるが)依頼内容を伝えたものの、あまり反応は芳しくない。

 やはりこの状況での護衛依頼は無理があったか。結構パンク状態に見える。

 それに護衛などをするくらいならおそらくゴブリン駆除の方が冒険者としても楽だろう。


「やっぱ無理ですかね?」

「んーん。いるにはいるんですけれど、二十匹相手に戦える人って条件が厳しいですね。実力のある人は既に駆除に出向かれてますし……残りの方は問題がありますし。正直待った方がよろしいかと」

「まあ忙しそうですもんね」


 周りを見れば、スキンヘッドの筋肉達磨達が慌しく動き回っている。往来が激しく、人通りが多い。

 そのため掲示板に見向きもせず、ゴブリンを駆除してくるだけの人も多い。それほどに依頼が多く、いちいち受けていられないのだろう。

 結果、掲示板周りは僕と彼女だけの空間となっていた。


「というか、何で護衛なんですか? 何処かに行かれたり?」

「いや、ゴブリン相手に練習をちょっと。あと僕だと一人で森に入れないので」

「あー、検問ありますもんね」

「ですね」


 そう、カインさんのせいであまり危機感を持たなかったが、僕の思ったより事は重大らしく森の入り口に傭兵が検問を行っていたのだ。

 別に森なんてどこからでも入れるだろうと言われたらそれまでなのだが、やはり人の手が入った道があるのとないのでは危険性が違う。

 調子こいて適当に入り込んで強い魔物とあってばたんきゅーは流石に避けたい。

 森に入るためには、二人以上の冒険者、合計三名以上でなければ森に入ることは認められていない。そうでない場合は自己責任となる。

 借金背負った状態で死ぬのは、なあ。

 駄目だろ、色々。

 まあ、そんなわけで色々兼ね合いをした上で、護衛と言う依頼をお願いするわけだ。


「んー……どうしても森に入らないと駄目ですか? 正直余裕なくて冒険者渡したくないんですよねー」

「まあ、自分勝手な我儘な依頼だとは思いますけど……」


 依頼ってそんなもんだろ。


「しっかし、死ぬかもしれないのによく森に入りますよね。剣も持ってないのに……死にたがりですか?」

「……色々あるんですよ、色々」

「ふーん」


 借金とか借金とか借金とかな。

 ていうかそれしかない。

 あ、あとカインさんへの恩。

 ちなみに、剣は置いてきた。日本人的に、凶器を持ち歩くというのは心が落ち着かない。


「ま、いないなら仕方ないですね。正直に待ってますよ」

「何日後になると思います? 私は暴走(スタンピード)が終わるまでに一票」

「……受付嬢がそう言うってことは、つまりそういうことですよね」

「です」

「……」


 一週間後まで冒険者に余裕なんかねーよ。

 と、つまりはそういうことらしかった。

 大人しく宿で働くしか選択肢は残されていないらしい。


「……はあ、分かりましたよ。今回は諦めます。では」

「あれ、もうお帰りに?」

「そりゃそうでしょ。残ってたってやることありませんし宿に戻ります」

「じゃあ今度はお姉さんと一緒に飲んでくれると」

「あんたの絡み酒は面倒だから嫌だ」


 主にファルリアに怒られるんだよ。

 あと僕は前の世界では未成年だ。


「ケチ」

「ファルリアを説得できてから言うんですね」

「ですよねー。じゃあまたの依頼をお待ちしています」

「はいはい」


 結局、僕は依頼すら頼まず冒険者ギルドを去ることになった――はずだった。

 ギルドの出口に向かい扉を開けたところで、それは起きる。


「あれ、トーマ君!?」

「あら、トーマ君」

「げ」


 二週間くらい前に檻に閉じ込めてきたあの二人が、扉を開けた先にいた。

 二人揃っていた。

 緑色の液体があちらこちらに飛散して付着しているところをみると、おそらくゴブリン駆除の帰りなのだろう。

 僕は扉を閉め、そそくさとロリ受付嬢のところへ戻った。


「あら、お早いお帰りで」

「あー、いや。ちょっと忘れ物を」

「あれ、何か持ってきてましたっけ?」

「じゃなくて、いや、あー、その時間稼ぎを」

「時間稼ぎ? 何の?」


 話してたら誤魔化せないかなあ。

 とか。

 そんなことを思っての行動だった。


「トーマ君、何で無視したのかなあ?」


 肩を掴まれた。


「流石に失礼だと思うけれど」


 雷が指から迸ろうとしていた。


「……こういうことです」

「なるほど」


 背後に目を向ければ、とてつもなくいい笑顔をした、目の笑っていない二人――アーネットさんとリューナさんがそこにいた。

 二週間くらい前のファルリアみたいな表情だ。


「お久しぶりですね、お二人とも」


 果たして、振り向きながら二人に見せた僕の笑顔が自然なものであったかどうかは定かではない。

 また逃げたほうがいいだろうか、とか考えもしたのだが。


「そうだねー。ちょっとお話」

「しましょうか?」


 そんな僕の思考をあらかじめ予想していたかのように、僕らの周りに雷の檻が顕現した。

 今回ばかりは、どうやら逃がすつもりはないらしい。


「……あれ、なんで私まで?」


 巻き込まれたな。

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