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ぼくのなかにいる  作者: 人工的な深爪シール
序章:彼は現実を知る
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001:踏まれて蹴られて

 結果から言えば。

 僕は生きていた。

 いつのことかと言えば、あの五人の勇者に殺されかけた後の話である。

 冗談のような、はたまた夢のような話だが、僕は生き残ったらしかった。


 ……いや、そりゃあ自分でも色々と疑った。

 あり得ないにも程がある――四肢を失って贓物を撒き散らして剣がぶっ刺さって五人の武器や魔法が僕に殺到したにも関わらず生きている?

 いったいどんな夢落ちなのだろう。

 目が覚めるまで何度か寝直した方がいいのだろうか――いや、夢落ちじゃなかったら僕は死んでいたことになるので、その考えはすぐに捨てたけれども。


 しかし、だからと言って、夢落ちであるかと言われたら肯定できる自信はない。

 というか、現実の可能性の方が高い。

 何か証拠があるとすれば、まずは周りの景色。

 首だけ動かして周囲の状況を把握する――うん、気絶?する前と同じ景色だ。

 樹々は枯れ、大地はひび割れ、肉片や屍が何十と群がった地面に、空を見れば陽の光が届かぬ様な曇天……雨が降りそうだな。


 とにかく、そんな場所で僕は目覚めたわけだ。夢であるとは到底思えない。夢だったのなら、せめて天井のある場所で目覚めさせてほしい。

 知らない天井どころか天井すらないなんてどんな野生児だ。


「えーと……どうしようか」


 自らの体勢を確認すると、気絶する前と同じように、仰向けになっていることがわかった。まあ、場所も変わっていないのだし、よほどのことがない限り体勢など変わらないだろうけれど……。

 とにもかくにも、このまま寝転がっていてもどうしようもない。

 少し周りを見て回るために、僕は身体を起こす。


「……痛っ」


 そのとき、身体に激痛が走った。

 ズキズキと――()()()()()

 そこで、気付く。

 僕は、周りの景色をより把握しようと、手を使って身体を起こし、二つの足でしっかりと大地に立って、ようやくのこと、気付く。

 ()()()()()

 それだけではない。

 傷が――全て塞がっていた。

 ズタズタに引き裂かれ内臓が見えていた胴体も、切断された四肢も、胸部に空いていたはずの刺し傷も――全て、綺麗さっぱり、だ。


「……どうなってる?」


 意味がわからない。

 本当に――夢だった?

 ここに来たことは夢ではなくとも、勇者に殺されるのは夢だった?


「んー…………」


 かなり無理のある発想ではあるけれど、なにせ死にかけたことなんて久し振りだし。

 夢落ちではなくとも、僕の思い違いか勘違いか、または幻覚だったって可能性もなくはない……か?

 たとえば。

 勇者ではなく、滅茶苦茶に強い魔物に襲われて、それを勇者だと勘違いしてしまった?

 ……僕ってそんな勇者を恐れてたっけか。

 それに、そうなると雷の魔法を使うような化け物に五匹でリンチを受けてたことになるんだけれど。


「けどまあ、十中八九現実、だよな」


 改めて考えてみても、どうにもそんなことがあったとは到底思えない。

 それに。

 そうだとしたら、四肢切断が夢だったのだとしたら――服がちゃんと袖まであるはずである。

 ……まあ、つまり、今の僕は半袖半ズボンの、胸部がズタズタに裂けたシャツのせいで上半身裸に等しい姿で、随分とパンクな格好なのだった。

 一応言っておくが、ちゃんと冬服の制服だからな。

 長袖長ズボンの、制服だった。

 過去形。


 そしてもう一つ。

 あれらのことが夢ではないと言える理由はもう一つある。

 今の僕はほぼ半裸に近いと言っていい状態のため、自らの身体がどうなっているのか、服を脱がずとも把握することが容易だった。


 視線を、身体中に巡らせる。

 傷はない。

 出血はしていない。

 綺麗さっぱり、塞がっている。

 確かに、塞がってはいる。

 だが――傷痕は、しっかりと残っていた。

 これが現実であることを僕に示すように。

 見せつけるように――残っていた。

 出血こそしていないものの。

 ()()が現実である証拠だった。


「っふー……」


 ズキズキと痛む四肢は、今現在進行形の見ている景色が現実であることを知らせてくる。

 右腕は肩に、左腕は肘あたりに、右脚、左脚には太腿に傷痕が残っており、胴体には腹部と胸部には溶接したような傷痕が残っていた。

 ちょうど、勇者たちにやられた攻撃箇所と一致する。

 くっついたのか、はたまた生えてきたのかは定かではないが、一度失い、治るという経緯を経てこうなったのは間違いないだろう。

 どうして治ったのかは――まあ、考えたところでわからないのだけれど。


 わからない、と言えば。

 どうして勇者達がいない?

 いや、違うか――どうして勇者達は僕を生かしたままいなくなった?

 あんな怨恨を溜め込んでおいて、今更見逃すなんてことをするだろうか。

 殺しに来ておきながら、生死の確認もせず立ち去るのだろうか?


 僕の答えは否だ。

 あり得ないと言ってもいい。

 元クラスメイトに対する評価ではないが、立派な殺戮集団だった彼らが、みすみす僕を生かす理由がない。


 だが、実際は僕は生き残っている。

 となると、勇者達がそうせざるを得ない状況に陥ったと考えるべきだろう。

 何らかの原因で、僕の殺害を留まらなくてはならない状態になり、トドメも刺せぬまま、撤退した。

 その後、何らかが原因で僕の傷が塞がった……。


「……いや、無理があるな」


 殺害中断になるのはともかく、そんな状態に陥ったら僕は死んでいてもおかしくないんじゃないか?

 もしも、例え話だが、第三者の「誰か」がいたとして――その「誰か」が何らかの目的で僕を助けたと仮定したとして。

 勇者だけが追い払われて、僕だけが治療されたということになる……考えれば考えるほど現実味がない。

 現実味がないし、何より理由がない。


「あー、駄目だ。わからん」


 ぐちゃぐちゃと血のせいでぬかるんだクレーターを裸足で歩きながら考えてはみたものの、一向に答えには辿り着けなかった。

 なんつーか情報が少な過ぎる。

 勇者の行動。

 僕の負傷。

 行動を中断せざるを得ないほどの現象……どれを取っても不明瞭なものばかりだ。

 あと可能性があるとすれば、不確定要素。

「誰か」と、僕自身の能力。

「誰か」は先ほど説明した通り、理由さえ説明できれば納得できなくはない。

 まあ、実在するかどうかすらわからない妄想の類だが。


 死体の山を踏み越えながら、思考を続ける。


 次に僕の能力。

 この世界に来た人間にもれなく分け与えられた能力。

 つまり、勇者として異世界に来た僕らにそれぞれ一人ずつに異なる能力を分け与えられた能力のこと――いわゆるチート。

 灰沼ならば雷のように。

 僕にも、一応与えられている。

 これに関しては僕もいまひとつ理解が及んでいないけれど、僕らのクラスを勇者としてこの世界に召喚したらしい王族?の人間の判定からして『吸収魔法』なるものが僕に宿っているらしかった。

 随分と期待できる名前の魔法だが、説明を受けたところ、

「近くにあるものを引き寄せる程度で戦闘に活かすことは難しい魔法です」

 とか、なんとか。

 あのニュアンスから言って、恐らく大した魔法ではないのだろう――若干説明をしていた王女に嘲笑が混ざっていたような気がしないでもない。


 ――役立たず。


「…………」


 まあ。

 当然の反応か。

 あんな大規模の異世界からの勇者召喚がノーリスクなわけもないだろうし、そんなハイリスクの産物の内の一つが役立たずであれば追放したいのも理解できる。

 灰沼のように優秀なものもいれば、僕のような役立たずもいる――現実はどこへ行っても変わらないらしい。

 王国は、僕にそういった判決を下すのに躊躇はなかったようだ。

 それもそのはずだろう。

 クラスの人数は三十人強。

 代わりは――沢山いるのだから。


「さて、と」


 勇者もピンキリであるという話はさておいて。

 屍をや肉片を踏み潰しつつ(避けるほどの体力が残っていない)しばらく歩いた僕は、王国の国境あたりの森に辿り着いていた。

 追放しようとしていた王国にわざわざ戻るつもりもないし、勇者達に殺されたくもない僕としては、国を出るのが現状の最高策であろう。


 国を出るということは、勇者としての使命、『魔王を殺す』という与えられた使命を放り投げるに等しい行為ではあるけれど、追放しようとした側にそんな義務を押し付ける資格はない。

 それに、僕は魔王を殺すつもりもない。

 いや、殺せるはずもないと言った方が正しいのか。

 勇者同士にも勝てないのに、魔王になど勝てるはずもないだろうから。


 大丈夫。

 代わりはいくらでもいる。


 ――生きて。


「…………」


 死なず、生き残った。

 しぶとく、生き延びた。

 だったら、僕は無様であろうと、どれだけ醜かろうと、生き残るしかないだろう。

 ――約束なのだから。


 僕は国境となっている森へと歩き出す。

 やけに、四肢が言うことを聞かないというか――国を出ようとしたら抵抗するかのように動きが鈍くなった気がするけど、無視して歩く。

 この森さえ抜けてしまえば、他の国へ辿り着けるはずだ。


 空を見ると、いつ降り出してもおかしくない空模様だった。傷は開いていないが、半裸の状態で雨に打たれたくもないので、気持ち急ぎ足で移動する。


 重くなる足を、無理矢理に動かすように。

 後ろ髪を引かれるような、気味の悪い感覚を纏いながら。


 僕は、王国領を後にしたのだった。

遅筆です。

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